完全無欠のゴーストハンター

─ 12 ─

 相沢が1人暮らしをしてるって聞いたのは昨日のことだった。話のネタ元は、例によって清水だ。
 清水の話によると、相沢の家族は相沢が小学生の時に事故か何かで死んでしまってるらしい。
 その事故で相沢だけが奇跡的に助かって、中学まではじーさん・ばーさんと一緒に暮らしてたんだけど、その家からじゃこの学校が遠いからってんで、今は学校の近くのアパートに住んでるんだと。──ま、本人の口から直接聞いた話じゃねぇから、どこまで本当なのかはわかんねぇけど。
 だけどその話を聞いて、俺はようやく相沢の『抱えてきたもの』が何かわかった気がした。いつもあんな目をしている理由も、人となるべく接しないようにしている理由も……相沢に関する疑問を、すべて解くことができたと思ったんだ。
 だけどそれは、あくまで俺の憶測でしかなかった。本当のことは、相沢の口から直接聞き出すしかないんだ。
 俺は今回の、信じられねぇような出来事の中で学んだ『相沢とのうまい接し方』をもう一度思い出していた。──近づいてきた相沢の家を見据えて、「相沢の負担を軽くしてやれるのは、俺だけなんだ」と唱えながら。

 アパートは、決して新しいとはいえない建物だった。相沢の部屋は2階の1番右端で、当然のごとく表札なんてものはなかった。
 チャイムを押すと、鳴った音が外まで聞こえてきた。耳を澄ませてみたけど物音は全然しない。
「相沢ー」
 声をかけながらもう一度押してみる。……返事はやっぱりなかった。
(まだ寝てんのかな……)
 俺はそのまましばらくドアの前で立ちつくしてた。中にいるんだとは思うけど、どうやって入ればいいのか思いつかなかったんだ。
「まさか鍵かけてねぇとか……ねぇよな」
 呟きながらノブを回してみると──
(……あれ?)
 なんとドアは、あっさり開いちまったんだ。
「ウソだろ……?」
 あの相沢が、不用心にもドアの鍵をかけずにいるなんて。こういうことは、誰よりもしっかりやってそうなのに。
(……まてよ。もしかして、それだけ疲れてたってことか? ドアの鍵をかけ忘れちまうほど?)
「……お、おじゃまします」
 俺は小声でそう言って、音をたてないようにドアを開けた。──すぐに目に入ってきたのは、脱ぎ散らかしてあった黒の革靴で。
「相沢!?」
 それを見た途端、俺は勢いよく部屋の中に飛び込んでいた。そして、
「あっ、相沢!!」
 ベッドに倒れ込んだような体勢のままでいた相沢を見つけて、一瞬心臓が止まった。あわてて駆け寄り、体を仰向けにさせる。
 相沢は制服を着たままでいた。つまり、もう4日も眠り続けてるらしいってことで……!
(……よかった、死んでねぇ)
 軽く寝息をたてているのを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。顔色も、思ったほど悪くない。
「相沢」
 軽く体を揺すってみたけど、起きそうな気配はまったくなかった。
(でも、4日間何も食べてねぇんだよな)
 これは無理やりにでも起こして、何か食べさせてやる必要アリ、だな。
 俺はおふくろが梅干しを持たせてくれたことを思い出し、台所を物色にかかった。すぐに米袋を見つけ、(やっぱお粥だろ)と作るものを決めた。
「よっしゃ、始めるか」
 さっそく作り出そうとして、相沢をそのままほったらかしてきたことに気がついた。
(やべーやべー、これじゃカゼ引いちまうよな)
 俺は相沢のズボンのベルトを緩め、学ランを脱がしにかかった。こんなカッコのままじゃ寝返りも打てないだろうと思って。
「……あれ?」
 上半身を起こさせて、学ランを脱がせ終わったとき。相沢の首筋に傷跡があるのを見つけた。しかもけっこうデカくて──縫ったあとだってのがはっきりわかるやつ。
 そのときは(こんなとこケガするなんて珍しいな)くらいにしか思わなかったけど、お粥を作り出してふと気づいた。
(そういえば、直紀の中からあいつを取るとき、直紀の首筋に触ってたな……)
 そのあと手をかざした場所も、首筋の上だったし……。なんか関係あんのかな、首筋なんて。

「……青木?」
 相沢が目を覚ましたのは、ちょうどお粥ができあがったときだった。
「目ぇ覚めたか?」
 お粥を持ってベッドに近づくと、相沢は体を起こそうとした。だけど、4日も眠ったままだった体からは、完全に力が抜けていて。
「危ねえ!!」
 バランスを崩してベッドから落ちそうになったところを、間一髪で抱き支えた。
「急に動くなよ。びっくりすんだろ?」
 俺は相沢の体をベッドに戻すと、できたてのお粥を茶碗によそった。
「なんで……おまえが?」
「宮島に『様子見てこい』って頼まれてさ。相沢、4日も眠ったままだったんだぜ?」
「4日……」
「ハラ減っただろ?」
 れんげですくったお粥に息を吹きかけて冷まし、「ほい」と相沢の口元まで持っていった。それを見て、相沢は驚いたような顔をした。
「一人で、食べれる……」
「いーから。ほら、口開けろって」
 無理やり突きつけると、仕方なく口を開いた。
「うまいか?」
「……ああ」
「そーだろ。どんどん食えよ、いっぱい作ったから」
 有無を言わさぬ勢いで、ひたすら食わせる俺。相沢が「もういい」と言い出すまで、何度も同じ動作を繰り返した。
「なんだ、もういいのか? じゃ、あと俺が食っちまっていい?」
「ああ」
 半分も食わないうちにいらないと言ったのが気になったけど、無理に食わせてもよくないだろうと思い、残りは自分で食うことにした。ちょうどハラが減ってきてたし。
「うん、うまいじゃん。この梅干し、おふくろが漬けたやつなんだってさ」
 何気なく言うと、相沢は俺のほうを見て、
「……お母さん?」
 と聞いてきた。ああ、そっか。
「親父が再婚してさ。俺が中二の時に」
「……そう」
 この話は母さんとしただけだから、相沢は知らないんだっけ。
「相沢、あんがとな」
 俺はお粥を食いながら、なるべくさりげなく切り出した。
「……なにが?」
「直紀に取り憑いてたあいつのこと追い出してくれて。それと──母さんと、話させてくれて」
 あの日あんな別れ方をしたから、まだちゃんと礼を言ってなかったんだ。
「俺、11年前に母さんと最後話せなかったから……嬉しかった、話せて」
「……別に。当然のことをしたまでだ」
 いつものそっけない口調で吐き捨てるように言う相沢。だけど俺は気にせずに話を続けた。相沢がこんなふうにしか話せないってことは、もう十分知ってたから。
「ちょっと、聞いてもいいか?」
「……何を?」
「母さんは成仏したのに、どうしてあいつは浮遊霊になっちまったんだ?」
「──え?」
 まさかそんなことを聞いてくるとは思ってなかったらしく、相沢は俺の顔を見たまま硬まった。
「ほら、このあいだ聞きそびれたからさ。気になってたんだ」
 俺がそう言うと、一瞬口を開きかけて、迷ったようにまた閉じた。この間と同じで、本当のことを言っていいのかためらってるみてぇだった。
「教えてくれ、相沢。……俺なら大丈夫だから。本当のことが知りたいんだ」
 本気でそう思ってたから、俺は真剣に頼んだ。……いまごろは向こうで仲良くやってんのかもしれねぇけど……俺はどうしてもそのことが気になってた。
『もしかしたらあの2人は、一緒に死んだってわけじゃなかったのかも』とでも思ったのかもしれない。……いや、そう思いたかったのかもしれない。
 ……いまさらだけど……11年前に、俺の知らないところで何が起きてたのか、知りたくなったんだ。
「…………」
 相沢は俺の顔をじっと見てたけど、やがて決心したように話し出してくれた。俺も今まで知ることができなかったことを。
「11年前……青木のお母さんと彼は、ある集まりに参加して知り合った。彼は奥さんと離婚していて、そのときは独り身だった。2人はその集まりで何度か会っているうちに惹かれあって……やがて一緒になることにしたんだ。……彼女が離婚することを決意して」
「……」
「だが、自分たちの恋愛は周囲を傷つけるだけだと考えて、死を選んだ。誰にも祝福されなくても……それでも一緒にいたいと思ってのことだったんだ」
「……やっぱり、一緒に死んだんだよな…」
「……ああ」
「……そっか。……それじゃ、どうして離れ離れになっちまったんだ?」
「それは……彼が、どうしても地上から離れられなかったからだ」
「え?」
「人間は死ぬと、必ず一度は天上界へ連れていかれる。正確にいうと地上と天上の境にだが。
 そしてそのあと、49日間だけ地上を自由に見て回ることができる。思い残すことなく天上界へ入れるように。──一度天上界へ入ってしまえば、無断で地上には来れなくなるから」
「……へぇ……」
「だが、49日経っても地上に未練がある奴らは天上界へ行かない。一応監視員が説得に来るが、それに応じない場合は浮遊霊や地縛霊となってしまう。
 彼は地上で彼女と一緒になりたいと思っていた。だが、一緒に死んでも、その49日の間は会うことが許されない。だから彼女が天上界へ行こうと思っていたことも、彼は知ることができなかった。それで彼だけが浮遊霊となっていたんだ」
「……そうだったのか……」
 だからあいつは11年間も、母さんが向こうへ行ったってことを知らずにこっちをさまよってたんだ。
「それで、去年から俺の所へ来るようになった母さんを見つけ出して……直紀に取り憑いたのか」
「……そんなところだろうな」
 相沢の話はすべてつじつまが合っていて、俺はようやく納得することができた。
(なんだ……あいつもずっと、母さんのこと好きだったんじゃねぇか)
 そう思ったら、少しだけ(許してやってもいいかな)っていう気になった。
「あの2人、向こうではずっと一緒にいられるのか?」
 お粥をたいらげて、茶碗を片づけながら、気づくとそんなことを聞いていた。
「……これからしばらくは離れたままだけど……その期間が過ぎれば、あとはずっと一緒にいられるだろう」
「期間? 何の?」
「あ──……自ら生命を絶った人は、たとえどんな理由があっても定められた期間は内省しないといけないんだ」
「……ナイセイ?」
「自分のしたことをもう一度よく考えるということだ。自殺したってことは、言い換えれば現実逃避してきたってことだ。どんなに辛くて苦しいことがあっても、それを受け入れられるだけの忍耐力がなくては、転生したとき──生まれ変わったとき、同じことをしかねないから。
 その期間が解ければ、あとは普通の霊と同じ生活ができるけど」
「そんなのもあるんだ……。あ、だから母さんも、去年から俺の所に来れるようになったのか?」
「そうだ」
「ほぇー……。いろいろあるんだな、死んでからも」
 あっけらかんと俺が言うと、相沢はちょっと拍子抜けしたような顔をした。そんな話を聞いたら俺は気が抜けたようになるんじゃないかと思ってたんだろう。だけどそんなことはなくて、むしろ逆にいつもの調子を取り戻してた。
 気になってたことがわかってほっとしたせいかもしれない。……それと…母さんが、今度こそ幸せになれるんだって思えたから。
(……さて、あとは相沢のことだけだ)
 最大の難関は──『相沢の心の負担を軽くする』こと。俺の、最終目標。
(相手に話させるためには、やっぱ自分のことも話すべきだよな)
 自分の中で眠らせていた記憶を呼び覚ます。……ガキのころ、自分がいつもどんなことを考えてたのか思い出すために。
 そして俺は、唐突に話し始めたのだった。


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