完全無欠のゴーストハンター

─ 11 ─

「相沢……相沢…?」
 軽く呼んでみたけど返事は返ってこない。溜まっていた涙が目を閉じたときに流れたらしく、透明な液体が白い頬を濡らしていた。
 それを指で拭っていると、ぴくっとまぶたが動いた。
「相沢?」
 もう一度声をかけると、相沢は少しずつ目を開き始める。そして真上から覗いてる俺に気づき、ゆっくり口を開いた。
「……あお…き?」
「ああ」
「…お母さんと……話せたか?」
「ああ。びっくりしたよ──急だったから」
「……そうか」
 そう言いながら、さっそく体を動かそうとし始めた相沢。俺はあわてて相沢を引き止めた。
「だめだ、まだ休んでなきゃ。顔色悪いぞ?」
「大丈夫だ。まだ、平気……」
「そう見えねぇよっ」
 ふらふらと立ち上がった相沢を、力づくで押さえつける。こんな状態で帰したら、途中で倒れんのがオチだ。
「一時間でもいいから、ここで少し横になってったほうがいいって」
「だめだ……そんなことしたら……本当に、動けなくなるから…………」
「え?」
「さっき、言っただろ? 力を使っても、すぐに疲れたりするわけじゃないんだ。今のこれは、長い時間霊と話してたせいで……眠いだけなんだ」
「……霊と話すと眠くなるのか?」
「普通の人と話すときみたいに、口で会話をするときはそうでもないんだけど……心で念じながら話すのは、力を使うから……」
「じゃあ、わかっててなんで口で話さねぇんだよっ!!」
 相沢が強く言い返せないのをいいことに、俺は本気で怒鳴りつけた。
「……あんまり、見られたくないんだ。霊と話してるところとか……」
「そーゆう問題か!! もっと自分の体のこと考えろよ! ムリしたらどうなるか、自分でわかってんだろ!?」
「……」
「そりゃ、気持ちもわからなくはねぇけど……でも、エンリョなんかすんなよ。自分のやりやすいようにやれよ。周りに気ぃ使ったりすることねぇんだ。俺たちはお前の力のことなんて全然わかんねぇんだからっ」
「…………」
 そこまで一気に言って、(ちょっと言いすぎたかな)と思いチラッと相沢を見た。相沢は立ったまま、じっと床を見つめていた。ぼんやりしてるわけでも、にらみつけてるわけでもない。──あえて言うなら「困惑してる」って感じだった。
(こいつ……)
 さっき母さんは、相沢が『心にいっぱい傷を持ってる』と言った。オヤジもこいつのことを『大きな負担を抱え込んでる』って言ってた。『奴の負担を軽くしてやれ』とも。
 もしかして相沢は、人とまともに話したことがねぇんだろうか。今の俺みてぇに怒鳴る奴が、周りに1人もいなかったんだろうか。だから何て言い返せばいいのかわからなくて、困ってる?
「相沢──」
 俺はもう一度相沢に話しかけた。なんでか急に、相沢とちゃんと向き合って話し合う必要性を感じたんだ。俺が一方的にものを言うんじゃなくて、相沢も俺に言い返しながらの「会話」ってやつを。
「あのさ、相沢……」
 だけど相沢は、俺のそんな考えを拒絶した。
 声をかけた俺を振り返らず、突然ドアに向かって歩いていって、
「──用は済んだ。……帰る」
 それだけ言うと、さっさと部屋を出て行っちまったんだ。しかも、俺に追う間を与えないくらいすばやい動きで!(さっきまでよろよろしてたくせに、そんなのを感じさせないくらい早かった)
 俺はぽかんと口を開けたまま、きっちり閉められたドアを見ていることしかできなかった。
「…………なんでだよ」
 そこに残されたのは、うんうんうなってる直紀と、あまりの事態の早さについていけなかった俺の2人だけ……だった。


4.

「青木ー、今日ヒマかぁ?」
「あ?」
 憂うつな気分で1日をやり過ごしてとっとと帰ろうとしていたとき、担任の宮島が声をかけてきた。
「ちょっと頼まれてほしいんだが」
「あ──……何を?」
 ハナっから断るつもりで、それでも一応聞いてみた。
(オヤジんとこでも寄ってくかな……)
「相沢の家に行ってみてくれないか?」
「いや、今日はちょっと──え?」
 反射的に断ろうとして、思いがけないことを言われたのに気づいた。
「なんだ、用事があるのか。じゃあ他の奴に──」
「いや! 全然ヒマ!! 俺が相沢ん家に行けばいいのか!?」
「……どうした? 急に元気になって」
「別に、どーもしねーよっ。んで? 俺は何をしに行けばいいんだ?」
「いや、ただ様子を見てきてほしいだけなんだが。電話しても出ないから、どうしたのか気になってな」
「わかった。んじゃっ」
「あ、おい! おまえ相沢の家知って──」
「知ってるよっ。まかせとけって」
 俺はカバンを引っ掴むと、猛スピードで走り出した。
(いい口実ができたぜっ)
 会いに行きたいとは思ってたけど、理由もなく行ったってどうせ居留守使われちまうだろうとわかってたから、仕方なくあきらめてた。でも、担任に頼まれたって言えば、しぶっても会ってくれるだろう。
(まだ寝込んでんのかな、相沢……)
「とりあえず1回家へ帰って……」
 俺はママチャリに乗りながら、これからの予定をざっと考え始めた。

 例の騒ぎがあった次の日。相沢は学校を休んだ。
 直紀はバリバリ回復して、そりゃ元気なもんだった。どうやら取り憑かれてたときの記憶が全然ないらしく、俺に抱きついてきたことや、相沢に嫉妬(?)したことなんかを話してやると、全身に鳥肌立ててたけど(当然だろう)。
 相沢が言った通り、時間差で疲れがきてるのかもしれねぇと思ったから、見舞いに行こうかって考えたけど……あんな別れ方したし、なんだか気まずくて行けなかった。それに、ちょうどその日は土曜日で、次の日もう1日休んで月曜日には出てくるだろうと思ってたんだ。
 でも、相沢は月曜日も来なかった。そして今日……火曜日も。もう4日も休み続けてる。
 力の使い過ぎなのか、それとも……俺に会いたくないからなのか。とにかく原因が何にしても、4日も休まれれば気になって仕方なかった。
 ……それに、気になる話も聞いちまったし……。

「ただいまっ」
「あら、おかえりなさい。──どうしたの? そんなに急いで」
 店の入口から中に入ると、焼き上がったばかりのパンを並べていたおふくろが目を丸くして俺を見た。
「これからでかけるから。クラスの奴の見舞いに行ってくる」
「まぁ、お見舞いって……そんなに悪いの?」
「わかんねぇ。けど、もう4日も休んでるから担任が心配してさ」
 店と自宅がつながってる俺ん家は、店の入口が玄関になってる。俺は店の中を突き抜けて急いで2階の自分の部屋に入ると、着替えだけしてまた1階に下りた。その間わずか1分!
「じゃ、行ってくっから!」
「あ、航平、ちょっと待って」
「へっ?」
 外に飛び出そうとしたとき、突然おふくろに呼び止められた。何事かと振り返ると、おふくろは小走りで俺のあとを追っかけてきて。
「これ持っていきなさい。今焼き上がったばかりなの」
 そう言って、店の袋を俺に持たせてくれた。確かに袋があったかい。
「サンキュー。親父、悪ぃな!」
 奥の調理場にいる親父に怒鳴ると「おう」という返事が返ってきた。店に並ぶパンは親父が毎日1人で焼いている。店を出してまだ4年だけど、常連客もけっこう増えて、経営のほうはまずまずといったところらしい。
「これだけで足りるかしら」
「十分だよ。そいつ、1人暮らしだっていうから」
 そう、俺が聞いた気になる話ってのはそのことだった。もちろん情報源は清水だ。
「あら、それじゃちゃんとご飯食べてるか心配ね。具合悪いなら、自分で作れないだろうし……」
 おふくろはそう言って、「ちょっと待ってて」と奥へ入ってっちまった。今度はいったい何だってんだ?
「これも持っていくといいわ。今日出したばかりなんだけど」
 戻ってきたおふくろが持っていたのは、梅干しの入った瓶だった。
「これ使ってお粥作ってあげるといいわ。たぶんうまく漬かってると思うから」
「サンキュー、おふくろ」
(そりゃあグッドアイデアだ!)
「んじゃ、行ってくるっ」
「行ってらっしゃい」
 おふくろに持たされたパンと梅干しをチャリのかごに入れて、俺はさっそく相沢の家へ向かった。昨日のうちに住所は調べておいたから、間違いなく行けるはずだ。
(あいつ、ちゃんとメシ食ってんのかな……)
 相沢があんなに細いのは、もちろん体質がそうだからなのかもしれねぇけど……ちゃんと食べてないからじゃねぇのかな。
(もしかして、4日間何も食べてなかったりして──)
 そう考えると、ペダルを踏む俺の足は自然と早くなった。頼むから、飢え死になんかしてんなよっ!


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