Last UpDate (10/09/15)
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容赦なく陽光が降り注ぐ夏の砂浜。
人気の海水浴場として知られるこの場所には、朝から多くの人々が訪れ、砂浜はすでにごった煮状態である。
日の光を直接浴びた砂の温度は優に40度を超え、不用意に素足で降り立った人々はその熱さに耐えられず、小刻みに飛び跳ねたりしている者もちらほら。
それでも皆が一様に笑っているのは、知らず知らずに惹かれる、海という場所の魅力だろうか。
「お姉ちゃん、こっちこっちー!」
その砂浜で、一際大きな声を上げる、銀髪に紺の生地が映えるスクール水着を着た少女。 全力で両腕を振り、それだけでは足らずに飛び跳ねて全身で存在をアピールしていた。
彼女の名前は九水ルミア。
欧州の魔王たるマリア・ヴラド・ツェペシュの、実母マリエスタと親子の絆を交わした、義妹にあたる。
大衆のド真ん中で自己主張をする彼女よりも、その傍らにいる美女……母、マリエスタのほうが周囲の注目を集めていたが、ルミアに大声で呼び賭けられ続けている「お姉ちゃん」にとっては、周囲の大衆など居ないも同然であった。
全身で自己アピールする妹のおかげで、マリエスタに注目が集まる中、その視線の先に目を移した者をそのまま釘付けにするほどの美女、マリア・ヴラド・ツェペシュ。
白い肌に豊かな胸と、美しいくびれの扇情的なボディラインに加え、抜群の容姿と漆黒の流れる水の様なポニーテールが一目見た者を離さない。
母とおそろいの少ない布地の白いビキニ、十字に入ったスリットが、男達の劣情をさらに誘った。
そんな彼女に、何人もの男達が声をかけたが、殆どが無視され、手を出そうとした者はその美しくも冷たい瞳に射貫かれ、遂に陥落させる者は居なかった。
美しく、人を魅了してやまない彼女だが、その佇まいから周囲に対して冷たい印象を与えいた。
しかし、妹の精一杯の呼びかけに対して終始無言だった彼女だが、決して無視していたわけではない。
実は彼女がマリエスタ達と暮らす様になって……ルミアと義姉妹となってから、未だ二ヶ月しかたっていなかった。
それに加え、生まれながらにして驚異的な力を持ち、高い地位にあった彼女は、魔王……王族であり、箱入りのお姫様のように、世間や人の動向に対し大きくずれてしまっている。
それ故に、ルミアの親しみを込めた声に対しうすれば良いのか、妹に対して、どう接すれば良いのかが解らなかったのだ。
***
二年前。遠い日に失い、長い年月の間求め続けてきた母、マリエスタと再会を果たしたマリア。
「魔」の頂点として、魔王として生きてきた身の回りを整理し、後のことを信頼できる部下にまかせ、二ヶ月前にマリエスタの元を訪れた。
ただただ、愛しい母と共に居たくて、暮らしたくて。
当然の如く、当初、マリアも関わるとある事件でマリエスタの娘として引き取られたルミアのことなど、彼女の眼中には全く入っていなかった。
しかし、何も言わずに突如現れた自分を受け入れてくれたマリエスタと暮らしているうちに、以前のようにマリエスタだけを見て、考え、ルミアを無視することなど出来ない事を知る。
マリエスタの生活の中心には必ずルミアが居た。
血も繋がっていない娘が、自らの母を母と呼ぶ感覚に、マリアは戸惑いを隠せなかった。
日に日に増していく不安。ルミアのように全身全霊で母に甘えることも出来ない。
娘として、家族として2人との間に隔たりを感じてしまう様になっていった。
そんなある時、マリエスタのパートに急な休みが入ったため、マリエスタに誘われて2人きりで外食へ出かけることになった。
ルミアは平日なので学校へ行っている。マリエスタの元を訪れて初めての2人きりの時間。
ようやく訪れたその時間に心は躍ったが、同時に、拭いきれない違和感をも感じていた。
話をする時、マリエスタだけではなく、自分もルミアの事ばかりと話して居たこと。そしてここにルミアがいない事。
マリアは初めて、自分がルミアを家族として認識していることに気がついた。
その思いを、ありのまま母に打ち明けると、マリエスタは「うん、貴女はお姉ちゃんなんですよ」と、頭を撫でた。
そして、2人でルミアの話で盛り上がる。
ふと、マリエスタが席を外した時、マリアはテーブルの上の広告に、<アンケートに答えると抽選で○○湾に家族旅行ご招待>と言う、懸賞付きのアンケートを見つけた。
「そういえば、ルミアがしきりに海に行きたがっていたな……」
マリアはアンケートを手に取り、名前と住所だけを書き込んで応募した。
アンケートがどういうものかも全く知らない彼女だったが、「応えて送れば旅行に招待される」ということだけは文面から理解出来た。
しかしこれがまさかの大当たりで、家族で旅行に行く事になるなどとは、当人も、この後戻ってきたマリエスタも、全く予想していなかった。
***
眩しい日差しの中、元気よく叫んでいたルミアが、まるで元気を全て使い切ったようになにやら表情を曇らせ、マリエスタに話しかけている。
何か怪我でもしたのか、何か悪いものでも食べたのか。 業者指定のホテルに到着するやいなや、海へと飛び出していってしまったルミアが、マリアとマリエスタが見ていないところで変な物を食べていても不思議はない。
心配ではあるが、走り寄り声をかける、その普通で考えれば簡単な、その一歩が踏み出せない。
魔王と呼ばれ、「魔」の頂点にあっても、家族には当たり前のコミュニケーションに対して、尻込みしてしまう歯がゆさになおうつむいてしまう。
いっそ自分は来なければ良かったかも知れないとすら思い出した。
しかし、
「マリア! いつまでもそこに居ないで、貴女もこっちに来て下さいな」
自分を呼ぶマリエスタの声に、落としていた視線を上げると、
「お姉ちゃん、ご免なさい。一緒に遊ぼー!」
先程の落胆が嘘のように全身でマリアに叫ぶルミア。マリエスタも一緒になり、何度も何度もマリアを呼ぶ2人。
その声には確かに心を感じ取れた。
一時でも2人の気持ちを、愛する母の気持ちすら疑い、来た事を悔やんだ自分が恥ずかしい。
思わず頬赤らめうつむいた表情には、すでに迷いはなく、口元は嬉しさに緩んでいた。
何度も何度も呼ばれ、綻んでしまう顔を何とか堪え、平常を装う。
「そ、そんなに何度も呼ばなくてもわかりますからっ」
周囲を気にして恥ずかしいのではない。
2人に、みっともない顔は見せまいと、彼女の最後の抵抗の言葉だった。
「ごめんなさい。でも、愛しい娘を呼ぶのに、躊躇いなんていらないでしょう?」
誰に恥じることなく、満面の笑みを向ける母に、
「そーだよお姉ちゃん。速く遊ぼー?」
邪気のない妹の言葉に、何の隔たりのない家族の絆をその胸に感じ、マリアの心にふっと暖かいものが溢れた。
「ありがとう」と、心の中で呟く。気恥ずかしくて、声に出来なかった。
そんなマリアの手と、ルミアの手を取ったマリエスタは、2人の娘の顔を確認すると、
「さて、家族集合しましたし、今日は一生懸命楽しみましょう!」
強く手を握って高らかに宣言した。 家族が集合した……その言葉にマリアは、たとえようのない喜びを感じ、マリエスタの手をしっかりと握り返すのだった。
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