Last UpDate (10/07/23)
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「お姉ちゃん、こっちこっちー!」
焼けた砂浜の上を、元気よく飛び跳ねながら、満面の笑顔でビート板を振り回すルミア。
海から上がりたてのスクール水着と、脚まで伸びた長い銀髪から飛び散る水しぶきが、蒼天と陽光を反射してキラキラと輝く。その姿はまるで、夏の砂浜に現れた人魚のようだ。
そんな風にはしゃぐルミアの傍らで柔らかに微笑む、グラマーな肢体の美女、マリエスタ。
ルミアにお姉ちゃんと呼ばれても全く違和感はなく、二十歳そこそこにしか見えないが、ルミアの義母であり、お姉ちゃん――マリア・ヴラド・ツェペシュ――の実母である。
「うわーい! うわーい!」と大きな声で元気いっぱいに走り回り、ひとしきり注目を集めた人魚のような少女の行き先がそのグラマーな美女であったため、必然、この浜辺に居た大半の男性達の視線が彼女に向けられた。
せめて、ワンピース、いや、もう少し布地が多い水着だったなら……。
ふと間違えばこぼれ落ちてしまいそうなほど露出度の高いビキニ。それに加えて、股間に近い、かなり大胆な所に空いた十字のスリット。
更に整った容姿からこぼれた笑みと、惜しげもなく晒された白い肌が、ルミアの上げた水しぶきによって艶っぽさを帯びる。
浜辺の、大多数の男性達はその破壊力に撃沈され、前のめりの奇妙な格好を余儀なくされた。
それと同時に、この一帯の女性達に殺気めいた空気が流れる。
「お母さん。お姉ちゃん、ずっとこっちに来ないけど……」
マリエスタとその後方、マリエスタと年齢的にそう変わらない美女との間を交互に視線を動かしながら、満面だった笑みを少し曇らせ、眉を寄せるルミア。
マリエスタと合流してから、声をかけたり、手を思いっきり振ったりしているが、なかなか近付いてこない姉に、不安と不満を募らせているのだ。
現にその姉は今も、少し離れた場所からルミアとマリエスタを、睨むような視線で見つめ続け、相変わらずルミアの挙動に応える様子はない。
しかし、彼女は全く意図していないが、ルミアの「お母さん」発言で、一帯の殺気が心なしか和らいでいた。
「ルミア。少し聞いてくれる?」
マリエスタはルミアの手を取り、少しかがんで目線を合わせると、
「マリアは初めてこういう人の多いところに来たから、戸惑っているの」
言い聞かせるように、ルミアの眼をじっと見つめながら、それでも優しい声音で、微笑みながら、
「だから、私達がちゃんと側に居て、彼女を支えてあげなくちゃ、ね?」
最後に、目一杯の笑顔になるように顔を傾ける。
反して、「う、うん」と苦笑い気味に返すルミア。マリエスタの言葉に秘められた事に心当たりがありすぎて、眼をまともに見られなくなっている。
今回の家族旅行の行き先が海になってから、ルミアは久々の海へと思いを馳せ、日常がおろそかになっていた。
「魔」であるルミアの本性は、海を住処とする超上級の悪魔。
しかし彼女の現在の住居は小江戸川越市……海無し県の一つとして名を馳せる彩珠(サイタマ)県である。
海への想いが人一倍以上に強いのはいわずもがな。
故に今日、その想いが爆発した。
海へ着いた途端、光の如き早さで水着に着替え、沖へと行ってしまったのだ。
……いつもの彼女なら、服を脱ぎ捨て全裸で海へと駆けていっている所だが、それを予測して、服の下に水着を着込ませていたマリエスタはMVPものである。
しかし、これでは折角の家族旅行もいまいち。まして、今日は他にもう1人、未だ「家族」としての生活に溶け込めないでいる娘が来ていた。
それが今も遠目にルミアとマリエスタを見ている娘、マリア・ヴラド・ツェペシュだ。
実は今回の家族旅行は、彼女がファミレスのアンケートに答えて当選した、懸賞に頼ったものだったりする。
そのマリアと、マリエスタの存在をすっかり忘れて海へと走ったルミア。
彼女と長い付き合いの母であるマリエスタならばともかく、ほんの二月前から一緒に生活しているマリアにとっては、さぞ面白くなかったに違いない。
マリエスタとおそろいで露出度の少々高いビキニ姿、凛として立つ佇まいは人々の視線を集めたが、マリエスタと対照的な冷ややかな眼と冷たい態度の所為か、周囲の男性達も声をかけられずにいた。
家族のことを気にかけず海に夢中になっていた自分の失敗に気がついたルミアも、その流れに流される様に声がかけづらくなってしまった。
しかし、
「マリア! いつまでもそこに居ないで、貴女もこっちに来て下さいな」
ルミアから振り返り、声を上げるマリエスタ。
ルミアが自分の失敗に気がついてくれたことを、その表情から読み取り、落ち込み暗くなりかけた空気を、バッサリと振り払ったのだ。それは、すぐに正せる過ちだと教えようとして。
マリアが醸し出す、近付きがたい雰囲気などお構いなしに満面の笑顔で手を振った。
気まずい気持ちの所在に未だ少し戸惑い、マリエスタを見つめるルミアに、ウィンクして「大丈夫だから」と応える。
母を信じ、意を決し、
「お姉ちゃん、ごめんなさい。一緒に遊ぼー!」
気まずさを全身全霊で吹き飛ばすように、マリアに向けて、声を上げ、手を振った。
2人に大きな声で手を振られ、恥ずかしかったのか、それともただ、日差しが暖めたのか、顔を少し赤らめながら、先程まで近付くことの無かった距離を少しずつ縮める。
その間も「おーい」とか、「やー」とか、名前つきで連呼するマリエスタとルミア。
「そ、そんなに何度も呼ばなくても、わかりますからっ」
到着までに顔を真っ赤に染めたマリアは、普段の冷たさがにじみ出るような口調とは違う、熱の入った言葉で、2人を止めた。
「ごめんなさい。でも、愛しい娘を呼ぶのに、躊躇いなんていらないでしょう?」
満面の笑みで言うマリエスタ。
「そーだよお姉ちゃん。早く遊ぼー?」
先程までの落ち込みを見せずに、眼を輝かせるルミア。
マリエスタと共にマリアに声をかけているうちに、すっかり気を取り直したようだ。
「さて、家族集合しましたし、今日は一生懸命楽しみましょう!」
何か言いたそうなマリアとルミアの手を取り、話すマリエスタ。
ルミアは変わらずニコニコと眼を輝かせ、マリアは「やれやれ」と嘆息をつきながらも笑い、マリエスタの……2人の母親の手をぎゅっと握り返した。
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