『インドの事−その3−』

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 事務所が『渋谷』から『川崎』に移転した。
川崎のオフィスは大きいので、社員食堂がある。社員食堂では好きなものを選んで食べる。これはきっとどこも同じ。
ラーメンだったり、カレーだったり。てんぷら定食や、鳥の唐揚だったり。
Kさんのお気に入りは鳥の唐揚。焼き魚や、親子丼、新しい日本食には常に果敢に挑戦し、ことごとく克服する。
時間はかかったが、納豆も克服した。不思議なもので、納豆を克服した後は、昼食時に必ず納豆を食べるようになった。
「納豆はおいしいですか?」
「納豆は、身体に良いんですね。」
「はい」

 日本の習慣にも慣れようとしているから飲み会にも必ず参加する。異文化に触れ合ういい機会だ。宴会自体も盛り上がる。
酔っ払った仲間が、『日本で仕事するなら、酒も少し飲めるようになった方がいい』と薦める。
彼はもともと、全く酒を飲まないのである。それでも最近はビールをコップ2〜3杯は飲めるようになった。
肌の色が黒いので酔っているのかどうかは顔には出ない。態度もなんら変わりない。
本当に酔っていないのか、それともこっちが酔っ払っていてそれに気づかないのかも知れない。

 居酒屋に行くと、それまで彼が食べたことも無いような、酒の肴がメニューに並んでいる。
彼がおそらく食したこと無いような食べ物を選んで食べてもらい、その時の彼の反応を観る。
決してからかっているのでは無く、Kさんも数多くの日本食に触れることをとても喜んでいるし、それに纏わる漢字を覚えることも楽しい。
「Kさん、あそこに置かれているお酒のビンに書かれている字は何と読みますか?。」
「『春』ハルと、『雨』アメ。アメはrainですね。『ハル・ウ』じゃないですね。この前勉強しました。。。『ハルサメ』ですね。」
「正解」

「『海月』これは読めないでしょう」
「なんだ、こりゃ、俺も読めない」
別の日本人の酔っ払いも、読めない。
「『クラゲ』です」
「なんで!?」その酔っ払いが突っ込むのを聞いて、Kさんが笑う。
「『クラゲ』はJerry・Fishですね?」
「そうです」

「これは、『アンキモ』って言います。『鮟鱇』って言う、深海魚のレバーです。」
「魚のレバーですか?。。。うん、これは美味しいです。」
「そうか、『アンキモ』は簡単にクリアされちゃったなぁ」
少々面白くない。
「これは、どうだ。。。『サザエのつぼ焼き』。。。」
「上の方は美味しいですが、最後の黒っぽいところはムズカシイですね。ここは食べないです。」
「ハハハ、そこが美味しく食べられるようになれば、通だな。」
「そこは、マズイ。俺は日本人長いことやってるけど、サザエの肝は駄目だ」
これは、さっきの酔っ払い。
「よし、サザエはこれぐらいにして次行こう。これは食ったことあるかな?」

『クラゲ』が読めなかった酔っ払いが覗き込む。
「どれどれ。。。これは、俺も食ったこと無い。よし、これ頼もう」
出てきたのは、『マツタケのお吸い物』
「よし、俺が先に喰う」
未だ、食べたことが無いと言う酔っ払いが、先ずは香りを楽しむ。
「うーん、中国産だな。よくわからねーけど良いにおいだ。」
そして、音を立てて、一口すすった。『ズズッー』
「うめー」
「よし、Kさん『マツタケ』行ってみよう。」
「マツタケですか?」
 Kさんは、楽しそうに眼を輝かせて、吸い物が入った、お椀を受け取った。そして、さっきの酔っ払いと同じように鼻を近づけてにおいをかいだ。
「これは、ちょっとムズカシイですね」
と、言うとなんとも言えない、いたずらっ子のようなニヤーッとした微笑をのこすと、口をつけることなくお椀を置いた。

 後になって気付いたのだが、外国人には『マツタケ』のにおいは、『ウンコ』の臭いと共通するものがあるらしい。
どうやら、彼の『ニヤーッ』とした反応は正しくそれだったに違いない。

 職業柄、外国人とのコミュニケーションを通じて物の考え方とか、文化の違いに気付くことは良くある。でも、嗅覚についても、いい臭いだったりそうでなかったりすることは私にとって大きな発見だった。

 もしかするとこれは、「外国人だから」では無く、あなたの隣の人は同じ『マツタケ』のにおいをあなたとは全く別の臭いとして嗅いでいて「うーん,いい匂いだ」と言っているのかも知れない。
誰もが、同じ物を同じにおいとして感じているかどうかなんて誰にも証明できないんだから。
人それぞれ感性が異なることを全人類が理解しあえれば平和な世界が来る。キット来る。
『マツタケ』が世界平和の鍵となるその日まで。。。


(2005.11.29):『インドの事−その3−』で終わりかと思ったら、最近新しい話を入手しました。でも、これは『インド』では無く『セネガル』なんです。そういう意味では『インドの事−シリーズ−』では無いけど。。。ご期待。
(2005.11.30):昨日、書き上げたんだけど、最後が気に入らなくて、今日また書き直しました。少々哲学的にまとめて見たけど。。。そうでもないか?!
「インドの事−その1−」「インドの事−その2−」