21世紀の我々の「豊かな暮らし」は、おそらく1870年頃よりおきた第二次産業革命にその原点があります。20世紀の文明の中核であり象徴でもあった電気やエンジンに関わる技術革新は、ほとんどがこの時代に行われ、鉄鋼や化学工業に関する技術もそこに加わり、工場の姿は根底から変革されました。
第二次産業革命と呼ばれる工業の大変革は、第一次産業革命と比較すると著しい特徴があります。まず工場が大規模になったことです。そのため起業には巨大な資本が必要とされ、一投資家が一人で負担できる金額ではなくなりました。資金は銀行が融資したり、広く資産家から株式という形で募集されました。結果として銀行資本が大きな力を持つようになりました。
巨大企業が規模の優位によって競争相手を倒し、市場を独占するようになると、競争が失われ、商品の価格は高騰し、労働者の賃金は下がりました。労働者の不満はつのり、労働運動が活発になり、社会主義思想に可能性を求める人も出てきました。
社会主義思想は、資本主義経済の発展にともなって起き始めたさまざまな社会問題、たとえば都市の環境汚染、子供の長時間労働、貧困層の拡大などに目を向けるなか、資本主義経済の仕組みにこそ、その原因があると考えた人びとによって提唱された思想です。
工業の新しいうねりは新しい原料を必要としました。また、機械化された巨大工場で生産された商品は国内市場だけではさばききれず、市場がよりいっそう海外に求められるようになりました。こうして第二次産業革命により世界は互いに結びつきを強め一体化していきました。
この世界の一体化も第二次産業革命による技術と資本によって進められました。特にイギリスは、この頃には製品を作って売るよりも、資本を投資してそこから利益を得るようになっていました。世界中に鉄道を建設し、工場を建て、資源や商品が運ばれました。投資された資産やイギリス人を守るために、イギリスの軍隊は世界中に展開しました。世界への進出を国家が政策として推進する帝国主義の時代へと時代が変わっていきました。
イギリス以外の国々もやがて帝国主義政策をとるようになると、再び植民地争奪戦が始まりました。この頃、世界の各地域はおおよそ次のような状況にありました。そして、紛争は植民地化が進んでいなかった地域から起こりました。