2001年 Photo&Poem特集 No.4 8月号

















迷いの森

                nonya




息を押し殺して

手のひらでそっと囲んだら

金色の鱗粉を残して

忽然と消えた



紫色の残像は

一瞬だけ切なく薫った後

押し寄せる後悔の波に

さらわれていった



視界の端をくすぐるように

妖しく翻る紫色の斑紋に

鼻先の好奇心を引きずられるまま

深く分け入った森の中



計ることも

比べることも

何も意味を成さず

あらゆるものが

ただ在り続けようとするこの場所で

自分の存在の頼りなさに

たじろぐばかりの僕は

やみくもに出口を探していた



踏みしだいた草から立ち上る

青臭い悲鳴に眩暈がする

けもの道をさまよう不安が

蝉時雨となって全身に突き刺さる

けたたましく降り注ぐ鳥の声に

見上げれば空は高く遠い

汗ばんだシャツが冷たく張りついた

背中に五感の囁きは届かない



磁石よりも風のにおいを

地図よりも山の面立ちを

そんなことすら忘れた者に

道標などない



ここは

迷いの森
















2001.8.10


 作者のHP http://www.interq.or.jp/rock/nonya


















優しい時間

                    かのっぴ





林道を歩き 森の奥へ

沢を伝い 山の奥へ

石の川原で一休み

セミの鳴き声 鳥たちの声



気がつくと 僕の心に

川の流れが 涼しい音を立てる

眠っている僕を溶かすような

優しい時間に包まれる



優しい時間は さりげなく

タイムリミットを仕組んでいて

それ以上僕はここにいられなくなる



それは僕にとっても自然なこと

僕はただ呼び寄せられ また帰るだけのこと

僕自身すら気付かないうちに
















作者のHP http://www11.u-page.so-net.ne.jp/sc4/kano-i/index.html#contents






























緑の記憶
                   nonya




森へはもう帰れない

木霊の気配を感じ取る

尻尾をなくしてしまったから



いつのまにか石の道を歩いていた

鮮やかな色の蝶を

追いかけ回してばかりいたから



額の裏側に埋め込まれた

緑の記憶は

微かな葉脈だけ残して

緩やかに欠け落ちていく



綺麗なデスクに置かれた

名前も思い出せない観葉植物から

吸い込んだ緑の霊気は

空しく背中をすり抜ける



与えられた罰は

緑に焦がれる病

色の無い壁に囲まれると

息が詰まりそうになる



滑らかにうねる川面に

おそるおそる浮かべた

笹舟は何処へ消えた



とろけそうな木漏れ日の中

無心で吹いた草笛の

余韻は何処に消えた



なくしてしまった尻尾を

まさぐるように

目を閉じて自分の暗闇を

引っ掻き回すけれど



見つかるはずもない

欠け落ちた緑の記憶



もう二度と

森へは帰れない




















作者のHP http://www.interq.or.jp/rock/nonya/