第179回 : 映画『パリ・ルーヴル美術館の秘密』(2004年1月19日)

新年早々、ある雑誌でニコラ・フィリベール監督の「パリ・ルーヴル美術館の秘密」(1990年、85分、カラー)という映画があることを知りました。私は展覧会にはときどき行きますが、美術館のいわば楽屋裏までは知りません。ルーヴルという世界最大級の美術館という限定がつきますが、興味をそそられ、上映館である東京・渋谷のユーロスペース2( http://www.eurospace.co.jp/newsmov.htm )に行ってきました。

映画がスタートすると、深夜と思しきルーヴル美術館の、真っ暗な部屋の中に飾られた絵画の一部に淡い光があたり、人物の顔が浮かびあがりました。表情が強調されますから、ちょっと気味が悪いくらいでしたが、さすが絵画作品のことを考えて照明を抑えたのかと思いました。それにしてもなんとショボイ照明だろうと思ったのですが、なんとその正体は「懐中電灯」だったのです(笑)。会場で買ったパンフレットで監督のインタビューを読むと、ふだんの映画撮影の際に使う照明はいっさい使っていないと言い切っていました。さすがです。また、見ていくうちに気付いたことは説明がなかったことです。なんと驚いたことに全篇(音声でもテロップでも)解説やコメントの類がまったくありませんでした。ですから、見る人によっては(というか、かなり多くの人がそうではないかと思います)、いくつかの(といっておきましょう)シーンは何をしているころなのかわからないまま通り過ぎなければならないこともあるのです。監督の意地悪かといえば、決してそうではありません。

この話を進める前に、まず、この映画の成り立ちについて簡単に触れておきましょう。1987年の終わりごろ、現在のグラン・ルーヴルに向けての大工事が始まっていました。そして、ある大掛かりな展示をすることになったのをきっかけに、そのできごとを記録するためにフィリベール監督は1日だけ撮影を依頼されたといいます。こうして監督はその仕事に行ったわけですが興味が刺激され、翌日もまたその翌日もカメラを持って出かけていったというから驚きです。そして館内のいろいろな場所で、いろいろな仕事をカメラに収めたのでした。3週間が経過したとき、このままじゃマズイ、と正式に撮影許可を取るべく当時の館長に会い、OKを貰ったというのですね。できたんですね、こんなこと(笑)。

こうした経緯をへてできあがった映画は、教養番組などでよくあるように、学者が画面に登場して芸術について話したり、また有名な作品の全体や部分をゆっくりと写し出すなどして学識豊かに説明することもなく、美術館の来館者すら写さないという特色を持つものとなったのです。監督にいわせると、興味をもったのは仕事であり、動きであり、態度だったといいます。この映画が撮影された当時のルーヴル美術館は、さまざまな職種をあわせて約1200人のスタッフを擁していたのだそうです。当然、仕事は多岐にわたり、出入りする業者なども多いわけですね。その一端が垣間見られます(先日「朝日新聞」に載ったこの映画の批評では、現在の同美術館は約2200人のスタッフを抱えていると書いてありました!)。さまざまな職種の人たちが、それぞれの持ち場の仕事を丁寧かつ誠実にこなしている様が伝わってきて、しかも初めて知ることがほとんどでしたから、納得して帰宅しました。

少し具体的に書いておきましょう。私たちは、この映画で多くの美術作品が搬送される場面(それは手馴れていますが、同時にきわめて慎重です)や美術作品を修復している場面にでくわすこととなります。もともと城だったルーヴル美術館の曲がりくねった職員用廊下を若い男がローラースケートで移動する場面も、同じ廊下を荷物運搬の車が通る場面も目にすることができます。さらに一人の女性が天井に向けて銃を何発か発射している場面にもでくわします。この場面など、何だろうと「?」がいくつもつくのですが、先に述べたように解説がいっさいありません(多少救われるのは、会場で800円也で購入できるパンフレット。ここに監督のインタビュー記事などがありますから、少しはわかるようになります)。有名な美術作品が展示されている、その手前のガラスを黙々ときれいに拭いているスタッフの姿や、館内の掃除の担当者が管理部門の職員と思しき人物から細かいことまで逐一注意を受けている様なども映し出されます。彫刻の掃除の場面などもありましたっけ。ただ、わからないシーンの時に眠くなってしまった箇所もありました。だから、実際にはもっともっと多くのシーンが見られるはずです。

興味のある方は、できれば途中で居眠りなどすることなく見られるといいですね。なお、ユーロスペースでの上映スケジュールは、冒頭に示したHPで確認していただければと思います。


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