第173回:「Overseas」(2003年8月30日)

藤原紀香初舞台ということで事前にマスコミでもとりあげられたこともあって興味をもち、去る8月24日(日)、渋谷のシアターコクーンで標記の芝居を見てきました。今回の芝居は、和田憲明の作、河毛俊作が演出を受け持ち、藤原紀香、河原雅彦、真中瞳、羽場裕一ほかの皆さんが出演していました。ちなみに会場に入るときには「カメラ・チェック」があり、カメラやヴィデオをもっている人は、そこで預けることになります。なぜだ? と思う方もあるでしょうが、出演者の肖像権がきっと厳格に運用されているためなのでしょう。なお、私が行った日は当日券も売られていました。

この芝居は、2年前に特別な意味を持つにいたった「9・11」を意識において、もっと昔に起きたもうひとつの「9・11」を私たちの目の前に提示して、何が正義かを考えるときにひとつの価値観だけで決めつけてしまうと落とし穴がある、だから難しいかもしれないけれど、できるだけ複眼的にみて考えよう、というメッセージが込められているようでした。では、もう少し具体的にストーリーを追ってみましょう。

1995年夏、日本人学生・剣持遥香(真中瞳)が卒論で取り上げる詩人について調べるため、単身チリを訪れ、そこに住む商社マンの妻・平尾紀美子(藤原紀香)と知り合います。紀美子の父親は、この商社の現地法人の発展に尽くした人物で、彼女の夫祐司(羽場裕一)は父の部下でした。そしていまでは、繁栄を築いた勝ち組日本商社の現地法人社長です。ちなみに、この国では1970年に人民連合のアジェンデが大統領の座に着きますが、1973年9月11日(そう、これも9月11日でした)、陸軍総司令官ピノチェットに率いられた軍隊と警察がクーデターを起こし政権を奪います。ちなみに、このチリのクーデターの背後にはアメリカの力があったとする見方も存在するといいます。1990年にその軍政は終わったのですが、祐司の会社はピノチェットに近い位置にいて栄えたのでした。遥香がチリにやってきた時期は、政局が不安定で、ある日、祐司は紀美子や遥香の目の前で肩を銃で撃ち抜かれてしまいます。狙撃犯はロベルトという若い男で、平尾夫妻宅にお手伝いさんとして女装して働いていた男、共犯は夫の部下の一人でした。紀美子は、なぜこんなことになったのかと悩み、ついに父親や夫がリベートを使って仕事を拡大してきたことを知ります。それまでの価値観がゆらぐ紀美子ですが、夫に対する愛情も失わなければ、危険を押してロベルトを探し出し、平和な日本で勉強しなさいと親身に勧めることもします・・・。こんな調子で舞台は進行していきました。

ただ、舞台から重苦しさはほとんど感じませんでした。藤原紀香は美しく品があって、スマートな演技をしていました。真中瞳も舞台初出演なのだそうですが存在感を感じて好感をもちました。そしてなんといっても羽場裕一の達者な演技とめりはりの効いた台詞は、舞台をひきしめていたように思います。

そういえば、この芝居の中では時おり関西淡路大震災(1995年)のことにも触れています。プログラムを読んで、真中瞳はじかにこの震災にあい、藤原紀香はその直後帰国して家族と無事を喜び合ったことを知りました。藤原の場合、2年まえの「9・11」のあとでアメリカに行き、ふだんは優しい知人でさえも、アフガニスタンの人々が敵だと思っていることを知り、それはアフガニスタンで暮らすとりわけ女性や子供にとっては辛すぎる正義だと思い、じかにアフガニスタンをレポートするテレビ番組を企画したともいいます。この芝居から悪い意味での軽さや安っぽさを感じなかった理由は、出演者たちのこうした体験や思いがあってのことかもしれません。

実は、東京での公演は8月31日(日)までで終わりになりますが、9月4日(木)〜7日(日)まで、大阪の近鉄劇場に場所を移して公演が行なわれます。震災を体験した人たちが多いはずの関西での公演、どんな反響があるのでしょうか? 知りたいところです。
(敬称は略させていただきました m(__)m )


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