第143回 : シェイクスピアの『夏の夜の夢』(日本大学藝術学部内シアターNAP)


日芸付近4月1日(月)〜10日(水)まで、日本大学藝術学部構内にあるシアターNAPを会場にして、シェイクスピアの『夏の夜の夢』が上演されました。公演は、一つには日本大学藝術学部(う〜ん、日芸と略させていただきましょう)にある8つの学科の共同創作研究プロジェクトの初の試みとしての意味と、今回の構成・演出・美術を担当するばかりかパック役として大活躍した串田和美氏の新しい試みである、Kushida Working のVol.1としての意味を併せもっていました。西武池袋線江古田駅北口の商店街に最近目立ったフラッグは、今回の公演の宣伝に一役買っていました。

私がこの公演について知ったのは3月に入ったころだったと思います。演目そのものが面白そうだと思いましたし、これまで見たことはなかったけれど、いつか見たいと思っていた串田和美の演技と演出が、自宅から歩いて5分ほどの日芸で見られるなんて、これを逃す手はありません。というわけで、私が観に行ったのは7日の日曜日。会場の客席数はざっと見たところ、200以内と思われました。私は、最後列から1列手前のど真ん中に着席したのでが、このキャパですからとっても観やすい。ラッキー \(^o^)/

無粋だと思われるかもしれませんが、まず、元の戯曲の構成をみておきましょう(小関によるメモ)。今回の公演は、ちくま文庫に収められている松岡和子訳が使われていましたので、そのページも参考までに。

ページ 内容
T 9 ■シーシアス公爵のアテネの宮廷■
@シーシアスとヒポリタの婚礼が近づいている。
Aイジーアス、シーシアスを訪問。イジーアスはディミートリアスを娘ハーミアの婿に迎えようとしているが、娘はライサンダーと相思相愛。シーシアスはハーミアに父親の言うことを聞くようにいい、従わない場合は死刑か一生独身だと申し渡す。
Bライサンダーはハーミアにアテネから駆け落ちすることを説き、翌日の夜、アテネの森で会うことを約する。その相談後、ハーミアは通りがかった幼馴染のヘレナに秘密を話す。ヘレナは恋い焦がれるディミートリアスに知らせる決意をする。
26 ■[アテネの(たぶん)街中のどこか]■
@アテネの職人たちが集まっている。公爵の婚礼で行なおうとしている田舎芝居のキャストを決める。次の日の夜、アテネの森で稽古をすると決めて別れる。
U 32 ■[アテネの森の中]■
@パック登場。
A妖精の王オーベロンと女王ティターニアスが鉢合わせて、けんか別れ。
Bディミートリアスとヘレナ登場、森の中で言い争い。オーベロン、これを見ている。
Cオーベロン、パックに浮気草を取ってこさせ、ティターニアスとアテネの男の目蓋にしぼりつゆをかけるよう命じる。
50 ■[アテネの森の中]■
@パック、ティターニアの目蓋にしぼりつゆをかける。
Aライサンダーとハーミア登場、離れて眠る。パック、ライサンダーを命じられたアテネの男と思いこみ、目蓋にしぼりつゆ。
B通りかかったヘレナ、ライサンダーを起こす。事件の始まり。
V 63 ■[アテネの森の中]■
@職人たちの芝居の稽古。これを見たパック呆れかえり、ボトムの頭にロバのかぶりものを。職人一同、その姿を見て逃げ出す。
Aティターニアが目覚め、ロバ頭のボトムに一目ぼれ。
76 ■[アテネの森の中]■
@オーベロンとパック好首尾を喜び合っているが・・・。
Aハーミアとディミートリアスをライサンダー殺しと非難。オーベロン、パックが別人にしぼりつゆをつけたことを知る。ディミートリアスが眠った隙に、件のしぼりつゆをつける。
Bライサンダー、ヘレナを追う。目を覚ましたディミートリアスの目に最初に映ったのがヘレナ。ヘレナは二人の男から言い寄られる、そこへハーミアも登場。ヘレナ、3人が組んで自分をからかっている誤解。ドタバタの絶頂。
W 112 ■[アテネの森の中]■
@ティターニアとボトムの蜜月。哀れを催したオーベロンは魔法を解く。さらに2組の恋人たちを元の鞘にもどすように仕掛けて、退場。
Aシーシアス、ヒポリタ、イジーアス登場。ハーミアとライサンダー、ヘレナとディミートリアスがカップルに。
Bボトム起きる。ロバのかぶりものはなくなっている。
127 ■[アテネの森の中]■
@ボトム、職人仲間のもとへ戻る。
X 131 ■[アテネの森の中]■
@シーシアスとヒポリタ、2組の恋人たちの婚礼。
A職人たちの田舎芝居。これが終わって夜も更け、一同退場。
Bかわって妖精たち登場。踊りあり。
Cパックの口上で幕。
           (『夏の夜の夢・間違いの喜劇(シェイクスピア全集4)』松岡和子 訳(ちくま文庫 1997)

実際の舞台は、元の本の構成に少し手を加えていました。始めにパックを登場させ、次に職人たちの田舎芝居、そしてようやくシーシアス公爵とヒポリタという具合に。これだけにとどまらず、まだいくつかあったと思います。想像するに、シェイクスピアが芝居を打った劇場は、構造上、メインの舞台のほかに小さな舞台があったようですね。そうした劇場ならば本の通りの構成で芝居をしたとしても、この複数の舞台をうまく使って、たとえば職人の田舎芝居は観客にもエピソードとして受け止められるでしょうし、次にメインの舞台に照明を移せば、そこはアテネの森の中とわかる、といった具合に展開できるのでしょう。でも今回は劇場のつくりが違います。事情は、そればかりではないかもしれませんが、パックがどんな性格なのかを観る側に伝え(都合3回ほどありました)、田舎芝居は練習も含めてやはり3回ほどありました。それらが、ちょうどいい中仕切りとなって芝居の時間的な推移もハッキリつかめて、ドタバタの盛り上がりなども思う存分愉しみました。

アテネの公爵シーシアスと妖精の王オーベロンは清水コウ治[コウの字は偏が糸、旁が宏]、ヒポリタと妖精の女王ティターニアは國井麻理亜、ハーミアの宝生舞、ヘレナの山ア広美、ライサンダーの降矢地歩、ディミートリアスの松島浩平、クウィンクスの内田紳一郎をはじめとする職人たち等々、そしてパックの串田和美、これらの皆さんの芝居も充分に堪能しました。國井さんのティターニアは美しいプロポーションと適度のお色気と魅力あふれる台詞回しで魅惑されましたし、ディミートリアスを一途に追い、やがて幼なじみたちからからかわれていると誤解してパニクっていく、そんなヘレナを演じた山崎さんは、まさに適役だったと思いました。ハーミアを演じた宝生さん、1年半ほど前に放映されたテレビ・ドラマ(『OLビジュアル系』って言いましたっけ?)で見せられた演技は、棒立ちでしかも棒読みという印象があって、ご本人の問題なのか演出の問題なのか図りかねていました。今回見て後者の方だったに違いないと確信しました。ライサンダーとラブラブながら、父親の結婚の許しが得られず、恋人と駆け落ちしようとした矢先、ライサンダーにパックが薬を塗ってしまったものですから、話がこんがらがってしまいます(おかげで面白い芝居が観られるわけですけれどね)。当惑するハーミア、怒れるハーミアを宝生さんはしっかり見せてくれました。さて、清水さん、さすがに余裕の演技とお見受けしました。ところどころアドリブを効かせて、たとえばパック役の串田さんに命令をだしたあとで、ぼそっと「白髪が増えたなっ」などと言うところ、受けましたね。私も大笑いしてしまいました。串田さんのパックはお見事の一言につきます!

さて、舞台の下からパックがずぶ濡れになって登場したときはビックリしました。恐らく私一人ではなく、観客席の多くの皆さんが同じ思いだったと想像します。公演の中盤から後半にかけて、水は多用されました。舞台の上には池に見立てたしかけがあって、本で言えば第3幕第2場のドタバタで4人の登場人物がケンカ状態に陥ったときなど、4人が交代交代にそれぞれの相手を池にたたきつけます。ほかにも「水」で愉しませてもらった場面は数多くありました。これって、日本の歌舞伎なども夏の演目で水を多用すると聞いたことがありますけれど、「夏」を意識した演出なのかな? と考えながら見ました。

この芝居は、ほとんどがアテネの森を舞台に進行します。時おりバックに流れるサウンドが鳥の鳴き声で、それに赤ん坊の声がいっしょに聞こえてきました。生命が宿る場所という意味でしょうかね。舞台上はシンプルなもので、ここが森の中だと思わせる大道具なども特には用意されていませんでした。それだけに、このサウンドが森を効果的に演出していました(電車の音をサウンドに入れたりもしていましたが、その理由は私にはわかりません)。

春の日の午後なんとも楽しい夢に付き合って、今週の私は、まだその余韻に浸っています。
【2002年4月10日】


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