第132回 : CD『お雇い外国人の見た日本』(2002年1月18日)

お雇い外国人の見た日本というような言い方からは、明治期に日本に滞在した外国人が描いた油絵や水彩画、あるいはカリカチュアなどを想い起こします。では、音楽ではどうでしょうか? 私自身は、これまでにろくすっぽ聴いたことがありませんでした。ところが、昨年の秋、キング・インターナショナル(tamayuraレーベル)から『お雇い外国人の見た日本〜日本洋楽事始』が発売されました。先日「私の本棚」でご紹介した『ブラスバンドの社会史』のある箇所を読んだとき、聴いてみよう、と俄然思ったのでした(笑)。次の曲が、すべてピアノで演奏されていきます。

お雇い外国人の見た日本 〜 日本洋楽事始
KING INTERNATIONAL KDC-1)  ¥2800(税抜き)
フランツ・フォン・シーボルト
(1796-1866)
日本のメロディ
シャルル・ルルー
(1851-1926)
扶桑歌
シャルル・ルルー 日本および中国の歌 第1巻
シャルル・ルルー 日本および中国の歌 第2巻
シャルル・ルルー 日本および中国の歌 第3巻
シャルル・ルルー 小娘
フランツ・エッケルト(1852-1916) 東京の思い出
ルドルフ・ディットリヒ(1861-1919) ニッポン・ガクフ(全17曲)
ハインリッヒ・ヴェルクマイスター
(1883-1936)
フモレスク
ハインリッヒ・ヴェルクマイスター フモレスク II
ハインリッヒ・ヴェルクマイスター フモレスク III
演奏 前田健治(ピアノ)
三森茜(≪小娘≫の3手連弾部分)

お雇い外国人による絵画はどんなに西欧流の技法を使って描かれていても作品を見れば、日本の風俗や文物が描かれていますから、「ああ、いにしえの日本なのだな」とわかるのですが、音楽の場合は必ずしもそうした言い方が当てはまらないようですね。

シーボルトは、あの「シーボルト事件」で有名な人物で、お雇い外国人に数えるのは無理です。彼は音楽の素養もあって、日本で聴いた音曲を採譜してオランダに戻り、同郷の作曲家ヨーゼフ・キュフナー(1776-1856)がピアノ用に編曲。そうして誕生した曲集が1836年にライデンで出版されたのだそうです。明るい第1曲「アレグレット・ヴィヴァーチェ」に続いて、第2曲「ポコ・レント」には”かっぽれ”が使われていると明記されています。ただ、あとは何のメロディが用いられているのか私にはさっぱりわかりませんでした(グスン)。ヨーロッパ風に洗練されてしまったのか、全7曲のうちには特に日本の旋律を使っていない、いわば繋ぎ的な曲も混じっているのか、どこに日本の旋律が隠されているのか、もっと何度も聴かないと、あるいはいくら聴いてもわからないかもしれません・・・(トホホ)。

シャルル・ルルーは、1884(明治17)年に陸軍軍楽隊の指導者として着任した音楽家。制度改革と本格的な教育訓練を開始した人物として知られています。先ごろ読んだ『ブラスバンドの社会史』の第3章「軍楽隊と戦前の大衆音楽」によれば、
  日本では明治中期から「越後獅子」「鶴亀」「六段」「千鳥曲」など長唄・箏曲の人気曲や
  「高い山」「かっぽれ」などの俗曲軍楽隊で五線譜化されて、定番のレパートリーとなって
  いた。

とあります(p.106)。当時、軍楽隊用というわけではないのですが、俗曲を五線譜化して市販される楽譜がけっこうあったようです。先の図書には、
  日本滞在中のルルーが作曲した「日本と中国の歌」のなかにも、「高い山」や「九連環」「紗
  窓」「抹梨花」の旋律が使われている。

という記述があるのです。CDに収録されている≪日本および中国の歌≫第3巻がまさしく該当する曲です。≪扶桑歌≫は、年配の方は軍楽隊の演奏を想起する曲のようですが、このCDではピアノで洗練された演奏が聴けます。

エッケルトは1879(明治12)年、海軍軍楽隊に着任したお雇い外国人です。≪東京の思い出≫というタイトルからセンチメンタルでゆったりしたテンポの曲を想像しては大間違い。これ、マーチです(笑)。

このCDに収められたディットリヒの17曲は、ディットリヒ自身の手によってピアノ編曲されたのだそうです。この人は1888(明治21)年、東京音楽学校に来た外国人教師です。作曲ならびに編曲、さらには指揮、ヴァイオリン、ピアノの演奏でも活躍し、多くの日本人音楽家を輩出しました。そして、この人の孫が俳優の根上淳さんだということを、私は、今回初めて知りました(何年か前にテレビの番組で取り上げられたそうですから、ご存知の方も多いのでしょうね)。ライナーノーツには、その根上さんのエッセイも載っていて、興味深く読みました。

ヴェルクマイスターといえば山田耕筰も師事したことのある東京音楽学校の外国人教師で、チェロを教えていたのですが、作曲もしていたのですね。≪フモレスク≫のIからIIIは、≪私の日本の鞄から(Aus meiner japanischen Mappe)≫に収められた作品だといいます。

ちなみに演奏者の前田健治さんは大分県立文化短期大学音楽科を卒業して、現在、東京藝術大学器楽科3年に在学中の若手だそうです。どうですか? 幕末明治期のこれだけ多くの外国人が日本滞在を機に産み出した作品の数々をまとめたCDって、けっこう楽しいですよ。


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