第108回 : 占領下の子ども文化<1945−1949>展(2001年5月22日)

この展示会の会期は5月27日(日)までで(つまり、あとチョットで・・・)、早稲田大学會津八一記念博物館で行なわれています。入場は無料で、時間は午前10時〜午後5時までです。主催は、早稲田大学、メリーランド大学、(社)日本図書館協会、(株)ニチマイ。そして今回展示された資料は、アメリカのメリーランド大学所蔵プランゲ文庫「村上コレクション」から来ています。展示会じたいのサブタイトルにも「プランゲ文庫<村上コレクション>に探る」とあります。まず、そのあたりの事情を、チラシに載った主催者の文章を読んでまとめておきましょう。

<プランゲ文庫>には、占領下(1945〜1949)に連合軍総司令部(GHQ/SCAP)によって検閲を受けた膨大な出版物やドキュメントが所蔵されています。これは当時GHQ参謀第U部の歴史部長をしていたゴードン・W・プランゲ博士の手により、アメリカに送られメリーランド大学に収められたものだといいます。同文庫の所蔵資料の中には、雑誌、新聞などのほかに児童書やく8000点が含まれており、その中には、もはや日本国内では見ることができない絵本、漫画、読み物などが多くあります。こうした児童書の整理と目録作製を手がけてこられたのが、同文庫のアシスタント・キュレーターであった村上寿代(むらかみ ひさよ)さんでしたが、惜しくも1997年6月に急逝されました。村上さんは同文庫の責任者として、雑誌、新聞の永久保存と公開にも精力的に取り組んでこられた方だったそうで、メリーランド大学では、それまでの労苦に報いるため所蔵児童書に「村上コレクション」と命名しました。今回の展示会は、この「村上コレクション」を中心に雑誌や新聞を加え、約500点余の資料によって、展示のテーマを追ってみようという企画でした。

会場の構成は、
    第1部  子どものくらし
    第2部  雑誌の世界
    第3部  絵本の世界
    第4部  検閲と児童出版物
    第5部  読み物の世界
    第6部  新聞の世界
    第7部  マンガの世界
となっています。私じしんは、特に第1部と第2部に興味を惹かれ、そのあたりはゆっくりと見ました。

第1部「子どものくらし」の最初のパネルには、『こどもの声』20号(1947年12月3日、東京、週間教育新聞社)に載った「体重も身長もこんなにへった」がありました。実際には図示されているのですが、1941(昭和16)年と1946(昭和21)年の12歳児童(男女平均)の、身長と体重についての変化を明らかにしています(数字の出所はわかりませんでした・・・)。それを表にすると、

1941(昭和16)年 1946(昭和21)年
身長 135.2cm 130.0cm
体重 30.5s 27.21s

私は知りませんでしたが、はじめにこうした内容を見せられると、考えさせられるものがありました。しかし、暗いイメージばかりもつ必要はありません。新しい日本をつくるのだ、という意気込みが多くの資料から感じ取れます。何よりも、戦争中は「欲しがりません勝つまでは」が標語でしたが、戦争が終わって、もうみんなが欲しがっていい時代に移ったのだとわかります(もちろん、モノがそんなに豊かにあったわけではないでしょうけれど)。そこで、衣食住にまつわるさまざまな、対象が描かれることとなります。そんな中でいんしょうに残った資料として「おやつのくに」を挙げることができます。これは、画面左手に滝と岩があり、それぞれ「うどんの滝」(子どもが箸を出して食べてます)とか「こっぺぱんの岩」と名付けられたり、画面中央に描かれた池が「しるこ池」(「おもちもあるよ」などと言って食べてました―笑―)、そのそばに「さつまいものベンチ」、それに「ケーキの森」というのもあったかな? うーん、特別ぜいたくな菓子類はありませんが、この絵には、あこがれが感じられます。ちなみに出典は『コドモ漫画』2巻4号(1947年5月20日、東京、川島書店)で、絵は倉金良行という人です。このほかにも、戦後まもない時期から、野球の雑誌(『野球少年』という雑誌があったのですね、知らなかった!!)なども出ていました。そうそう、それから私よりもう少し年長の先輩方にとっては懐かしいであろう、ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」を題材にした書物などもあって、主題歌を口ずさんでいる方もいらっしゃいました。

第2部「雑誌の世界」では、新しい時代を迎えた子ども向け雑誌の意気込みの一端を<創刊のことば>などから窺い知ることができて、じっくり読んでしまいました。それと、今以上に、東京や大阪などの大都会だけでなく、各地方で子ども向け雑誌が数多く出版された事実も知ることができて収穫でした。さて、ここで、『小國民世界』創刊号(1946年7月号、東京、国民図書刊行会)に載った「創刊のことば」を書き写して起きましょう。
  私たちは、戦争にまけました。
  戦争にまけた経験のない私たちは、いろいろなむずかしい問題にぶつかって、心配したり、苦しんだりしてゐます。
  しかし、一方で、私たちは戦争にまけたおかげで、今まで氣づかなかったことをたくさん知りました。まづ、世界がどんなにひろいかを知りました。科學の力がどんなにすばらしいかも、よくわかりました。私たちは、ひろい世界を知らなければなりません。あたまをはたらかせて、科學の力で、こまった問題をかたづけてみませう。
  さうすれば、きっと私たちの日本は、昔の日本とくらべものにならないほど、すばらしい国になりませう。
  さうすることは、みなさん方のしごとです。みなさん方のしごとを助けるのは私たちのこの雑誌のしごとです。
いかがでしょうか? 私は、この文章を何度か読み返して先に進みました。絵本や少年・少女小説に興味のある方は、この後の方でかなりの数の展示を楽しむことができます。また、児童書も例外ではなかったGHQの検閲の事例がパネルで展示されているのも、興味深い箇所ではありました。紙芝居もありました。なんでも紙芝居の検閲の実態は、いまでもあまり明確にわかっていないらしいです。新聞のコーナーは、一般新聞ではなく子どもたちが編集したものが展示されています。活字が組まれた新聞ができあがってきた時の子どもたちの気持ちは、嬉しかったんだろうななどと想像しながら見てきました。

会場の片隅に用意されたビデオからは、メリーランド大学の<プランゲ文庫>での仕事振りが紹介されています。私、一応業界のヒトですから、虎視して帰ってきました。紙の酸化が進んでしまった新聞を細心の注意を払って取り扱いながら、必要なデータをシートに記入したり、マイクロ化のための撮影をしたりするスタッフの姿は、同業者から見ても頭が下がる思いがしました。過去を正確に知るには、当時の資料を網羅的に蒐集しなければという考えがあるわけですが、紙の酸性化という現実の前では、今が最後のマイクロ化のチャンスだそうで、そのためのお金も要りますし、資料の劣化とマイクロ化作業との時間の競走もついてまわるのですね。

参考までに、メリーランド大学の<プランゲ文庫>のウェブサイトをご紹介して、終わりましょう。

ゴードン W.プランゲ文庫(日本語版)

プランゲ文庫(英語版)


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