<-part12へ------ ジムカーナ復帰編”時たま思うことpart13 〜2004シーズンイン〜” ------part14へ->
日付内容
2004/3/29(月)  いよいよ、2004シーズンが開幕しました。
 ある意味今年は勝負の年と考えているのは前述の通り。そのシーズンを占う意味でも、非常に大事な第1戦でしたが、なんと、誰一人予想だにしなかったであろう、2位お立ち台をゲットしちゃいました(驚)。なにしろ、最激戦区27台エントリーのN4クラスでの結果ですから、自分が一番驚いています(笑)。

 オーバーオールタイムが1分27秒程度という長めのコース設定でしたが、第一ヒートはトップから遅れること0.2秒の4番手。しかし、パイロンで沈んでいるドライバーや大きなミスをしているトップドラを考えると、このままでは入賞も危うい感じ。
 今年のテーマは、「○○」なので、かんとくとも相談し、第二ヒートはその方針で行くことに決定。
 ところがそれが気負いとなったのか、1コーナーを抜けた後の右180度へのブレーキングがフルロックに(涙)。しかしその後は気を取り直して集中して走れたようで、前半セクションの遅れを後半で挽回出来、1'27"15とトップタイムを0.5秒更新してゴール。
 昨年最終戦の苦い思いがあるので、片手で小さくガッツポーズしながらパドックへ戻りますが、意外とみんなのタイムが伸び悩んでいる感じ。「もしかしたら、入賞できるかも?」と淡い期待を抱きながらそわそわと見ていると、ラスト5台となった時点でタイムは破られず、入賞決定。
 「勝っちゃうかもよ」と次々と声を掛けられ、その度に「終盤のシリーズランカーはそう甘いもんじゃないんだよ」と答える頭の中で微妙に期待している自分がいやらしいところではありますが(笑)、ここまでくるとJAF CUP権が欲しいと思ったのは正直な気持ち。異変(?)に気づいた仲間が少しづつ集まってくれ、みんなで終盤ゼッケンの出走を見届けます。
 その後も、微妙ながらもタイムは破られず、ラスト3の掛ちゃんが崩れた時点で、3位お立ち台&JAF CUP権決定!!!もう、半狂乱状態でした(笑)。
 続く宮嶋さんの走りに注目しますが、さすがです。中間を僕より0.6秒上回って通過し、やっぱりねぇ、と見ていると、珍しいことにターンミスしてゴール。あくちゅアナのアナウンスに耳を傾けると「1分・・・・・・27秒・・・・・・20!!!届かないぃぃぃ!!!」もう、お祭り騒ぎでございました。
 こうなると、究さん、お願いだから、今日だけはいいでしょ?って感じ(爆)。でもねぇ、崩れませんねぇ。0.2秒ほど中間を上回って通過し、きっちりとターンをまとめてゴール。タイムは「1分・・・・・・・26秒、」とためてアナウンスされた時点で、「やっぱりなぁ」って大爆笑。
 つか、何で笑うんだよ(笑)。

 こんな感じで、開幕戦にてあっけなくJAF CUP権が転がり込んできました。
 もうね、シリーズ順位が何位だろうと、出るよ、JAF CUP(断言)。関越での開催だしね。

 いやぁ、しかし、今回の1戦は、結果だけでなく、その戦い方とか狙いにかなり満足しています。
 シーズンオフの課題だと思っていた2点を試す最初の機会だった訳ですが、荒さがあるものの、それが結果として見事にうまく転がり、考えていたことは間違いではなかったと確信できたこの日の結果となりました。

 なんだか分からないけど、今は脱力感でいっぱいです。
2004/3/31(水)  正直言って、当日はもみくちゃにされた感じで慌しくて実感が沸かなかったんですが、衝撃の1日から一夜明けた頃から、じわじわと実感が沸いてきました。

 日曜日は予想外の展開に地に足が着かない状態で会場を後にし、テングになった鼻がウィンドーシールドに当たって邪魔しながらも(爆)ひたすら下道を走り、帰宅したのが22:30過ぎ。満載の荷物を降ろして、ビール(注:発泡酒ではない)を飲みながら、走行ビデオを20回ほど鑑賞し(笑)、その日は疲れ果てて寝てしまいました。
 一夜明けいつもの通り起きてエボ6で通勤渋滞中、いろいろ振り返りながら、ふと涙が出てきてしまいました(マジ)。

 優勝もしてないのに何言ってんだ、って怒られそうですが、僕にとってそのくらいインパクトのある結果でした。

 宮嶋さんと言えば、僕がサイドターンすらまともにできない頃にすでに関東トップ全日本レベルで君臨していたドライバー。
 その頃はまさかそんな方と地区戦で肩を並べて表彰台に立てる日が来るとは思っていませんでした。
 もちろん、腕の差は天と地の差ほどあることを日曜日も痛感させられましたが、全く戦えない訳では無い、と勘違いできるに十分な結果が残せた余韻にしばらく浸りたいと思います。
2004/4/8(木)  まだまだ、地区戦を振り返っちゃいます(笑)。
 この日嬉しかったのは、「ターンが良かった」と言った類の言葉を少なからぬ方々からかけて頂けたこと。きちんと解析はしていませんが、後半セクションでかなりタイムを挽回したことから考えても、関東トップドラに引けを取らないターンをしていたのかもしれませんね。
 シーズンオフに克服すべき課題の一つであったターンでこのような評価を頂けたことは勇気付けられますね。
 また、実際の区間タイムだけではなく、そういった印象を見ている人に与えられたことがなによりうれしい。魅せる走りを目指したい、という理想に向かってそう間違ったことはしてないのかな、とこれまた勘違いできる結構うれしい出来事でした。
2004/4/12(月)  でもね、今回の地区戦の結果は、たまたま僕の弱点が出ないコース設定だったことが要因、だと考えています。もちろん、そういったチャンスにきちんと結果を出せたことに対しては自信を持ちたいと思いますが、自分の弱点は自分なりに知っているので、次回の第2戦で似たような結果が期待できるかといえば、かなり難しいでしょう。
 時折今回の余韻に浸るため(笑)リザルトを見返したりしますが、どうひいき目に見ても僕があの位置に居ることが不自然で仕方ありません(笑)。ちょっと違和感を覚えますよね。
 自分なりに掲げた課題も克服できた訳ではありませんし、いろいろ自覚している弱点もありますので、もう少しスキルアップへ向けた取り組みを継続していこうと思っています。
2004/4/14(水)  前にも話したかもしれませんが、一昨年から昨年にかけて会う人会う人に「昔はうまかったのになぁ」、「へたくそになったなぁ」って台詞を幾度と無く聞かされました(涙)。ところが、昨年終盤から今年にかけて「昔に戻ってきたねぇ」と言ってもらえる機会が増えてきました。
 活動休止前がそんなにうまかったとは思えないんですけどね、時間が経って記憶が美化されているのでしょう。もしくは、以前は軽くてパワーのあるA車時代ですし、タイヤもエボ6に15インチという時代でしたから、もうちょっと派手な動かし方をしていたのかもしれませんね。

 その後、渡米のためジムカーナ活動を休止していたのはこれまでもお話したとおりです。
 渡米期間は丸1年。この間、マニュアル車はおろか、右ハンドル車に乗ることもありませんでした。また、この渡米前後の数ヶ月はジムカーナをやっているどころの騒ぎではありませんでしたから、ほぼ1年半完全休業していたことになる訳です。
 帰国後、ポツリポツリと走り始めたのが2002年のシーズン中盤から。すなわち、昨年終盤で、ようやく復帰後1年半が経過したことになります。

 実際ブランクを空けて復帰した経験を持つとある四駆乗りの方には、僕の復帰時に「元に戻るまで休んでいただけの期間がかかる」と脅されていました。
 今になって、意外とそんなもんなのかもしれないな、と、その方の言葉を思い出したところです。昨年までは、昔の自分を追っかけてたところが少なからずあったのですが、最近はそういうことを考えなくなりましたから。
 ま、今だって、ほめられるような走りはできていないと思いますが、先を見ている点が1年前と大きく違うところかな。
2004/4/20(火)  あの1年半振りのジムカーナで「1年走らないとこんなになっちゃうんだ・・・」とまじめにつぶやかれたあの日から、この2年ほどで何が変わったかって考えますが、あまりテクニック的なことは変化していないのかもしれません。
 今回のシーズンオフこそ、いろんなトライをしましたが、それ以外は自分の中にある良いイメージをひたすら追って感覚を取り戻そうとしていたに過ぎません。
 ですから、自分の中ではあまり進歩していないという思いを常に持っていました。ですが、今思うと確実に変わっているという気がします。ソフト面での話なので何が変わっているかってのは明確ではないのですが、少なくとも1年前の自分には絶対負けないな、と言い切れるくらい何かが違うことを確信できました。

 ブランクがあったことでつらい結果もあったけど、この一年いろいろ考えて悩んできたことは良い経験になりました。

 そんな訳で、気持ちを一旦切り替えて、再始動しようと思います。
2004/5/8(土)  なんとなく気合が入りきらないまま、明日、地区戦第2戦を迎えます。
 「現状ランキング2位」と言う未分不相応な事実に、「チャンピオンも夢じゃないじゃん」って台詞を幾度と無く聞きましたが、正直な話、自分では考えたこともありませんでした。

 だって、そんなんありえないから(笑)。

 シリーズ順位を狙うとしたら、好位置につけていることは確かでしょうが、今レベルの走りではシリーズランキングを気にするレベルには無いと断言できます。
 むしろ今やるべきことは何か?やはり、初心に帰り、今シーズン中にもう一度お立ち台を狙うことでしょう。シリーズ云々はもう一度お立ち台に立てた時に考えることにします。それまでは、とある地区戦チャンプの言葉を肝に銘じ、○○作戦決行です!!

 天候はおせじにもアドバン日和とは言えそうにありまえんが、なんとかドライで走れそうなので、安心しているところです。

 ま、一生のウチで二度と無いであろう出走順を明日は楽しんでこようと思います。
 なんつったって、あのM嶋さんより後にスタートするのよ(驚)
2004/5/15(土)  自治会の仕事とか本業も休日出勤になるほど慌しくてあっと言う間に1週間が過ぎてしまいましたが、地区戦第2戦が終了しました。
 結果は5位・・・。過去の自分を考えると上出来な数字ですが、あまりにもふがいないミスが重なった上での結果だけに、かなり悔しい気持ちで一杯です。「明らかなミスをしたセクション」を「普通に通過する」だけで1秒近いタイムアップが望めただけにねぇ・・・。第二ヒートに降り出した雨のため、第一ヒート勝負になってしまったのが残念なところです。
 しかし、今回はっきりしたのは、自分の実力を出し切ればそれなりに戦えると大いに勘違いできる状態にあるってこと。第1戦の結果は自分でも疑いを隠せなかったんですよ、完全フロックだろうって(笑)。でもね、今回で確実に勘違いできました(爆)。何しろ第1戦以降、今回の第2戦までどうも気合が入らなかったのですが、今は無茶苦茶燃えています。
 今回の第2戦を皮切りに、地区戦は1週間もしくは2週間置きにイベントが開催される過密スケジュール期間に突入します。恐らく、いちいち振り返ったり集中して練習したりする時間は無く、勢いで乗り切るような感じになると思われます。この、やる気満々になっているモチベーションを維持して、チャレンジする気持ちを忘れずに、一発狙ってやろうと思ってます。
 今は走りたくてしょうがありません。

 ちなみにこの写真、「えんどうくんが遠くて見えねーな」って感じで宮嶋さんにいぢめられているシーンです(笑)。
2004/5/25(火)  そして地区戦第3戦が終了。
 久しぶりの大玉砕となりました。
 めまぐるしく変わる天気予報に右往左往させられた週末でしたが、N4クラスの第一ヒートは完全ドライ路面に。雲行きや天気予報から第一ヒート勝負となることはほぼ間違い無い状況での一発勝負で、なんとミスコース・・・。
 公式戦3度目のミスコースを何も大事な地区戦の1本勝負でやらなくたっていいのにね。
 結局第二ヒートは完全ウェットとなり、せめてウェットベストを、と狙ったつもりが今度はスピン。ここまでやっちゃうとかえって清々します(苦笑)。

 この大撃沈にこの日はかなりブルーでした。久しぶりに人と話したくない気分でしたが、否応なしに突っ込みを入れてくるありがたい人たちばかりで(笑)。帰り際には意味ありげに嬉しそうな顔した宮嶋さんが飯に誘ってくれたので、謙虚に同行させて頂いて1日を終えました。

 この一日で、あることが判明しました(またかよ(笑))。
 それは、地区戦で戦えるかもしれないと思ったことはほんとに勘違いだったこと(爆)。

 理由はいろいろあるけど、「これができればあと1秒は稼げる」ってテクニックがあることを知っていながら、それを決められる精度が低すぎることが最大の理由かな。
 関東N4のトップと言えば、全日本でお立ち台に入る程のドライバーが参戦するクラス。そこに挑むのに、狙った走りも出来ないレベルで戦える訳がありません。確かに、第1戦のように、狙った走りがそこそこ決まればうっかりってこともあるのかもしれない。でもね、精度が低すぎるのよ、精度が。

 ですから、走ります。

 実は、車の調子はむちゃくちゃいいし、第1戦の結果に浮かれて今の状態をキープしたい、なんて甘えた気持ちが多少ありました。ですが、そんな大甘な考えでは地区戦で戦える訳がありません。10月エンドまで貪欲に練習に勤しむことを決心しました。だって、相手は僕の3倍長くジムカーナをやってる方々。3倍以上のペースで練習しなくちゃ追いつけませんからね。

 あとはね、気づかないフリをしてましたが、やっぱりプレッシャーとか感じてたんでしょうね、身分もわきまえずに・・・。別に、緊張はしていなかったんですけどね、どうもいつものように集中できなかったのは事実で、ミスコースはその結果の現れですね。このところ、「すっかり地区戦トップドラですね」なんて予想外のことを言われたりして、知らず知らずのうちに邪念が出てきていたのでしょう。でもね、トップドラはミスコース&スピンなんて戦い方しません(笑)。第1戦以降、いろんなことが頭の中を駆け巡っていましたが、今回の戦いで、なんだか少しほっとした気持ちがあったのも事実です。

 ぎりぎりでポイントに絡み続けて、「このままでも戦える」なんて勘違いをしたままなんとなくシーズンを終わらせるという最悪の事態になる前に、大事なことに気づくことが出来た気がするので、今回の戦いは今年のターニングポイントになってくれるのではないかと、ひそかに期待しています(笑)。

 3戦が終わって、ようやく自分のポジションを再認識することができました。ま、今までどおり、マイペースではありますが、まだまだ運ちゃんの基本性能を上げる自信はあります。JAF CUPまでにはなんとかレベルアップしたいところですね。

 で、表彰式の宮嶋さんの言葉。「あれっ?えんどうくんが居ないねぇ」。
 ・・・・・。
 もう少し時間をください(涙)。
2004/6/8(火)  日曜日に、とある練習会に参加してきました。
 何しろこのところの過密なジムカーナスケジュールのため、練習会に参加している余裕は無いのですが、これだけはなんとしてでも参加したいと常々思っている練習会だけに、懐に鞭打って(?)、参加してきた次第です。
 あいにくの雨だったんですけどね、結論から言いますと、今回の練習会もほんと行って良かった。たぶん、一人で練習していては2〜3回、いや、何度練習しても得られなかったかもしれないものが得られた気がする。

 今回の練習会には、あのM嶋さんもインストラクターとして参加。しょっちゅうお会いしているんですが、なかなか教えていただく機会が無かったので、もう、それを知った瞬間に同乗走行を希望しました。
 で、その印象ですが・・・、俺はこんな人と戦ってたのか・・・。
 少なくとも同じ土俵には居ないことを痛感させられました。恐ろしいほどにスムースなブレーキングと車を前に進めるテクニック、ミスをしたときの信じられないようなリカバリー・・・・。同じ地区戦で走っているはずの相手なのに、同乗走行を終えたときは、感動すら覚えるほどでした
 何が違うって、車が破綻するぎりぎりのところで常にコントロールできちゃうところが凄い・・・。たぶん、あと1ミリブレーキを強く踏んだらテールが飛んで行っちゃうようなところで安定して走ってる・・・・。
 浅間台の雨って、こんなにグリップするんだっけ?って、勘違いしちゃうほど違う。

 でもね、あのスピード域と挙動、視点を知れたのは大きいよ。何しろ運転の精度が違いすぎて、同じ速度と姿勢でコーナーに入ろうとすると、とてもじゃないがオンコースで居られないんだけど、うまく姿勢を合わせられるとなんとかクリアできることもある。運転の精度が低くて、そのおいしいところに車を常に乗っけていけないことは明白。
 それでも、徐々に感覚が掴めてきた気がする。こういう時にはもっともっと走りたいね。
 幸い、翌週はチームの基礎練習があるので、この体で感じた感覚を自分のものにすべく、練習に励もうと思います。

 それにしても、いい経験させてもらいました。ありがとうございました。

 考えてみると、浅間台のウェットを練習するのって、エボ6でも初めてなんじゃないかと思えるほど経験が無かったんだよね。この一日で、ウェット勝負でもがんばろうって気になれたことは収穫かな。

 でもねぇ、基本性能が違いすぎるよ、運ちゃんの。冗談抜きに、まともに勝負できるまでには年のオーダーの時間が必要っぽい・・・。
2004/6/21(月) 早いもので、地区戦も4戦を消化し、今週末には第5戦が開催されます。
開幕戦こそ2位に入ったものの、第2戦と第4戦では完全ターンミス。第3戦ではミスコースと、この3戦は不安定な天候のため1本勝負が続いたのですが、大事な1本勝負に全て大きなミスをしでかし、すっかり肩を落としていました。
実は今年に入って少し車に不安を抱えていたのですが、何せ、それほど自分のドライビングに自信を持ってないもので・・・。
これは俺の運転が悪いに違いない、と、信じ込む毎日を送っていました。
しかし、前回の第4戦では、明らかに動きがおかしい・・・。
さすがにこれは運ちゃんだけの問題じゃないだろ・・・ってことで、意を決して緊急メンテをお願いしたところ・・・。
今までの苦労はなんだったんだ、って程の変貌を遂げました、私の車(驚)。
主として、ブレーキ周りの変更や調整だけなんですけどね、最新スペックのパーツをきっちりセッティングしてもらったおかげで、土曜日のテストでは、にやけが止まらない状態でした(笑)。

さすがに今回、メンテをお願いした時は、「そう言うときはすぐに言ってよ!!」って念を押されてしまいました(反省)。
実は今まで車の不具合を口にしたことはなかったのですが、さすがにそこそこの位置で走っている訳ですから、これからはもう少し自分の運転や感覚に自信を持ってやっていかなくちゃいけないなと気持を新たにしました。

まぁ、2〜4戦は無駄にしてしまいましたが、良い経験にはなりました。ここからが再スタートのつもりで、残りの6戦を攻めて戦ってきます。
はっきり言って、不安要素が全く無くなりましたからね。少なくとも走りに集中できそうなので、お楽しみに。
2004/6/23(水) 今年は結構衝撃的な出来事が起こっています。
第1戦の予想外のお立ち台&JAF CUP権ゲットもその一つですね。
最近も、ちょっと、というか、はっきり言っちゃうと腰抜かす程俺はびびった出来事があったりして、これをどうとらえたらよいのか気持の整理をするのにかなり苦労しました(笑)
自分にとっては地区戦お立ち台なんて吹っ飛ぶほどの衝撃なんですが、そう感じるのは僕だけ?

今はそのうれしさをしみじみと感じながら晩酌の毎日です(爆)。
2004/6/24(木) 地区戦第4戦ですが、なんと申しますか、走り終わってから表彰式が始まるまでリザルトを見に行かなかった程、落ち込んでました。
結果そのものは6位入賞なんですが、内容が最悪。ま、たらればを言えば悲観する必要は無いのかもしれませんが、それにしてもひどすぎます。
少なくとも、最悪の内容となった原因ははっきりしたし、その対策もようやく終えてテストの結果も良好でしたので、次はきっちり悔いのない走りをしてきたいところです。
なんつっても、超遠征の胎内ですからねぇ。帰路を短く感じるためにも、思い切ったドライビングをしてきたいところですが、久しぶりに走る気満々になってるので、楽しく走って来たいと思います。

で、例によって宮嶋さんにいぢめられてるシーン(笑)。
2004/6/30(水)  超遠征の胎内ラウンド、地区戦第5戦が終了しました。
 結果はまたもやびみょーな6位・・・。
 第一中間はほぼベストラップで通過したものの、第二中間までの左270度とゴール前の右270度でロス。結果、トップと0.9秒弱の差でゴールとなりました。いずれも進入速度がわずかに速かったことが原因で、走りながらターンへの進入の時点で「こりゃやばいっ」って明らかに感じられたミスでした。ぎりぎりの線を越えると大きなロスになってしまう胎内の路面の特徴を、イベント終了後に思い出しました(涙)。
 これだけのミスをしながらも入賞に絡めていることが不思議ですが、非常に悔やまれます。

 その一方で、課題はほぼ明確になっており、そこさえクリアできればもう一度お立ち台に立つことも不可能ではない、との甘い見通しも出てきました(笑)。車両面の不安が無くなったことで、バリエーションは少ないながらもいくつかの走り方を使い分けられることを確認でき、アドバンテージを稼げそうなセクションも見えてきています。

 気が付けばシリーズも折り返しを過ぎようとしているにもかかわらず、毎回納得の行かない走りでストレスがたまり気味ですが、第4戦でのどうしようもない状態での6位と、トップとの差を計算できる今回の6位では、内容は雲泥の差。少なくとも残りの5戦でもう一度お立ち台を狙ってやろうと思えるようになりました。

 それにしても悔しい・・・。
2004/7/2(金)  しかし、久しぶりの胎内遠征でしたが、無茶苦茶楽しかったです。
 なんででしょうね。
 やはり、あの雰囲気なのかなぁ。
 あれだけの遠征なのに、ビリだって経験してるのに(爆)、帰り際には、必ず次回も来よう、と思える、何かがあるんですよね、あそこには。
 やっぱりね、主催者の熱い思いってのはエントラントには必ず伝わるっていう良い例だと思いますね。帰り際に、事務局長にあれだけ多くのエントラントが挨拶をして帰るイベントはなかなか無いですよ。あぁ、神奈川にもありますね。たぶん、同じ空気を持ってます。主催技術云々ではない、情熱の証なのかもしれません。
 胎内に来ると、なぜかほっとする、ちょっとほろっと熱いモノがこみ上げてくるような思いを毎回感じます。
 語弊の無いように言っておきますが、この両チーム、ありえないくらいの主催をします。僕なりに主催側に関わったこともありますが、その大変さは想像を絶するものでした。その僕らが主催側に回ったときには思いも付かない、時間が無いから出来ない、と言ったことを笑顔で当然のようにこなしてきます。
 えらそうな言い方になってしまい恐縮ですが、ここまでの主催は出来なくても誰も文句は言わないと思います。たぶん、妥協とかが許せないんだと思いますが、もう少し手抜いてでも長く続けて欲しいなと思います。このチームが、そして元名物アナが会場に現れる限り、僕も胎内には足を運びます。
2004/7/5(月)  今回は、胎内への遠征ってことで、意を決して積載車を借りることにしました。レンタカー屋で積載車の値段を調べてもらえば分かる通り、半端じゃない金額がかかりますが、車の消耗やオイル、タイヤの消耗、そして人間の消耗を考えて、レンタカー費用の半分くらいは元が取れるんじゃないかという、全く持って都合の良い結論を出し、決意したわけです。
 結論から言うと、積載車での移動ってこんなに楽なのか、と感じました。なぜでしょうね?エアコン付だし、広いし、視点が高くて疲れないし、乗り心地も悪くないし、アクセルや路面に神経質にならなくていいし、いろんな要素があると思いますが、とにかく、驚くほど疲労が少なかった。胎内ってこんなに近いんだっけ?と思えるほど。
 特に、毎回サポートをしてくれているかんとくにとっても威力は絶大だったようです。行きも帰りもずっと寝てましたけど(爆)。

 さすがに、値段が値段だけに、しょっちゅう借りる訳には行きませんが、今回のような遠征や暑い時期は積載車の利用をまた考えてもいいかな、と思いました。

 あぁ、それと、競技車両を積んだ積載車で移動していると、競技やってるって実感を一般道でも感じられることも結構嬉しかったりしました(笑)。
 病み付きになりそうです。
2004/7/12(月) 地区戦第6戦が終了しました。
結果はまたもやびみょうな5位・・・。
僕自身の基本的な運転技術レベルの低さに起因するミスで結構なタイムロスをしていることが明確になりました。とにかく、こんなレベルで運転しているようでは、もう一度宮嶋さんを焦らせることなど不可能です。すぐにどうこうなるって話ではないのですが、何もしなかったら進歩はありえませんからね。とにかくなんとかしますよ、必ず。だからもう少し待っててください。
 その一方でですね、一応明るい兆しも見えてきていると思っています。具体的なところは内緒ですが(笑)、僕自身が割と昔から一つのバロメータとして気にしていたところが復調(?)の兆しを見せているからです。些細なことではあるのですが、こういったことが小さな自信になるのは事実で、一つ一つ積み重ねて上位陣に挑みたいと思います。
<-part12へ------ ジムカーナ復帰編”時たま思うことpart13 〜2004シーズンイン〜” ------part14へ->

ジムカーナ復帰編のメニューへ戻る

last modified : 12/Jul/04
yasu@e.email.ne.jp