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Times Garden

……たぶん君は、この「時」が来るのを待っていた
僕は彼女を知らないはずだった。
しかし僕のなかには、彼女をよく知るもうひとりの
自分がいるらしい。
時のたまり場であるタイムズガーデンを巡る2つの物語。
現代ファンタジー(読み切り) A5変形/52page/300円





    TAKUTO/PM10:00

 最近、時が経つのがやけに早い。
 そんなことを考えながら、僕はとうに中身を飲みほしてしまったワイングラスをもてあそんだ。そのグラスごしに目についたのは、マホガニー製のカウンターに置かれたコースター。
 白い円形のそれには、小豆色のインクで『TIMES GARDEN』という店の名前と、文字盤のない時計のイラストが描かれている。しかし時計はダリの絵のように歪んでいて、上下の区別さえ難しい。
 ……時間の分からない時計は、はたして時計と呼べるのか?
 ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
「そういえば。大人と子供では、一日の長さが違うって話を聞いたことがあるよ」
 あれは小説かなにかで読んだ話だったろうか。
「十歳の子供と六十歳の老人とでは、当然それまでに生きてきた年月が違う。年をとればとるだけ、その人生における一日の比率が少なくなるってことらしいけど」
 つまりこの先も、僕は加速していく時間に取り残されないよう、息を切らしながら日々を過ごさなければならないのだろう。そう考えるとぞっとする。
「……それで?」
 とがめるような口調が、僕を暗い未来から引き戻した。ひややかな視線を感じて顔をむけると、案の定、右隣のスツールに腰掛けていた少女が僕をにらんでいる。
「いや、だから。最近、時間があっという間に過ぎていくような気がしてさ」
 少女は大人びた顔立ちをしているが、おそらく十七、八歳だろう。つまり僕より十は年下だということになる。正確な年齢も、名前すら知らない少女と僕は初対面のはずだった。
「拓人。それ、本気で言っているの?」
 しかし少女は教えた覚えのない名前を呼び捨てにして、僕の顔をのぞきこんでくる。
「まさか時間の長さは常に一定で、誰にでも平等に流れているなんて錯覚、真に受けているわけじゃないでしょうね」
「……長さが違っていたら、いろいろと大変だろうなあ。誰かと待ちあわせをしても、相手の時間と自分の時間が違っていたら、永遠に出会えないわけだろう?」
「だからあなたは、あたしの名前も覚えていないのよ」
 冗談のつもりで返した答えは少女の気に障ったらしく、不機嫌そうに眉をひそめてしまう。僕はネクタイをゆるめるふりをしながら、円形をしたカウンターの内側に立つバーテンダーへと視線を流した。
 客の姿もまばらな中、僕と同い年ぐらいの男は時間をもてあますようにグラスを磨き続けている。少女の声は鈴の音のように響いていたから、彼には僕の状況が分かっているはずなのだ。
「人も動物も植物も、それに地球だって常に動いて変化していくものなのに。時間だけが変化しないわけないじゃない。ううん、この世の中で、時間こそが一番変化していっているのよ」
 だが彼は同情的な視線を投げ返しただけで、僕に救いの手を伸ばしてはくれなかった。
「時間なんてね、その気になればいくらでも長さを変えられるものなのよ。そのことに、ほとんどの人間が気づいていないだけ。なのにあなたみたいに『時が経つのが早い』とか愚痴って、本当に時間を早く進めてしまっているのよ」
 そして少女が唱える理論は、とてもじゃないが僕に理解できる代物ではない。



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