ワンダフル・ライフ

―バージェス頁岩と生物進化の物語―

スティーブン・ジェイ・グールド (渡辺政隆訳、早川書房、1993)

 

5億7000万年前の「カンブリア紀の大爆発」によって多種多様な多細胞生物が登場したことは、広く知られています。このときの「爆発」で、現在見られる生物のすべての「門」(脊椎動物門、節足動物門、など)が出そろったといわれますが、本書はこの「定説」を覆すような大発見のドラマの紹介です。カナダのロッキー山脈にあるバージェスで1909年に発見された奇妙な化石動物群は、その半世紀後に始められた研究により、既存の動物分類体系のどこにも収まらない種を数多く含んでいました。それらの動物の形の奇妙さだけでも、見る価値があります。ただし、最近出版された『へんないきもの』(早川いくを著、バジリコ、2004)をみると、もっと奇妙な形の生物が今も生きていますが。

それはともかく、カンブリア紀の爆発後に誕生したこれらの生物は、その後に絶滅したのですが、今まで化石が発見されなかったのは、これらの種の多くが殻のような硬い組織を持たなかったからです。バージェスではそのような生物が奇跡的に化石となっていたのです。

この発見から、「断続平衡進化説」で有名なグールドは、生物進化に関するある種の見方を批判します。つまり、生物の進化は一つの必然的な道筋に沿って起こったと考えるのは間違いであり、進化の歴史をもう一度やり直すとしたら、現在見られる生物種とは全く異なった生物であふれたかもしれず、したがって原生人類(ホモ・サピエンス)のような知能を備えた種が出現する保証もない、というのです。カンブリア紀の爆発後に、何らかの偶然により、現在の生物につながる門の多くが絶滅し、逆にその時絶滅した生物の多くが生き残ったとしたら、地球上の全生命の歴史は全く異なったものになっただろう。

これはたしかに、「人間中心原理」の考え方にとって、大きな脅威でしょう。まあ、しかし、今ではそれほど強力な「人間中心原理」を信じている人は少ないのではないでしょうか。「訳者あとがき」にあるように「ともかくも、ご一読あれ、ただし、あなたの人生観がぐらついても責任はもてない」などというのは、やや大げさな気がします。しかし、バージェスの動物たちの興味深い生態を知るだけでも、けっこう楽しめます。

ところで、本書の物語の主人公である古生物学者たち自身による本書への批判は、「訳者あとがき」で紹介されている程度のものではないようで、サイモン・コンウェイ・モリスは『カンブリア紀の怪物たち』(講談社現代新書、1997)で「生命史のテープをリプレイしたら、全く異なる結果になるだろう」というグールドの見解自体を批判しています。また、リチャード・ドーキンスの『悪魔に仕える牧師』(早川書房、2004)にも、本書に対する厳しい批評が収録されています。

 

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