天才と分裂病の進化論

デイヴィッド・ホロビン (金沢泰子 訳、新潮社、2002)

 

30年ほど昔になりますが、ある新聞記事に「科学と芸術の領域で最も偉大な業績を残した天才を40人ほど選び出したら、精神病と無縁と思われるのは3人だけだった」という趣旨のことが書いてありました。まさに「天才と狂気は紙一重」です。

科学や芸術の世界の天才といえば、きわめて個性が強く、世間の常識にとらわれない、気難しい人物が想像されやすく、精神病と関係がありそうだというのも、何となくわかります。しかし、本書の著者(英国分裂病協会の医療顧問)によると、政治・経済・軍事・宗教などさまざまな社会的活動において、並み外れて優れた能力や指導力を発揮する(つまり、周囲の人々の尊敬と信頼を集める)人々の家族・家系にも、実は驚くほど精神病患者が多いそうです。

一方、人類の歴史を通じて、ほとんどすべての社会で精神病、なかでも精神分裂病(統合失調症)の発症率は、ほぼ一定であると考えられています。これは、分裂病の発症に関して、(個々人を取り巻く環境は別にして)その社会のあり方が影響を及ぼす度合いはきわめて低いこと、また分裂病が人類誕生後の早期から遺伝的に規定されたものであったことを示しています。もっとも、原始的な社会では一般的にその症状はかなり穏やかなものですが・・・

現生人類が他の高等霊長類と肉体的に大きく異なる点の一つは、厚い皮下脂肪です。これは食物の違いに関係があります。そして、人類に特有の高い知能と豊かな創造性は、この食物の変化に対する適応の結果だったのです。

精神分裂病発症のメカニズムについては、近年さまざまなことがわかってきたようですが、著者はその根本原因を「脳内の脂質代謝に関与する複数の酵素の遺伝子異常」と説明しています。そしてこれは、天才的な能力を生み出す原因でもあるのです。つまり、分裂病はまさに人類の人類たるゆえんであって、これをなくすことはできない。

しかし、分裂病の症状を、ふつうの社会生活に支障のない程度に穏やかなものにすることは可能です。そう、鍵は「食事」なのです。分裂病が「悲劇」ではなくなる日も、そう遠くないかもしれません。

 

厳選読書館・関連テーマの本>
なぜ彼らな天才的能力を示すのか
喪失と獲得