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黒猫

黒猫リンカの物語 -Another Fantasy 篇-


-2-

 アフィーレの話はこうだ。
 ヴォアサンは、前にも言った通り、ほんとに小さな国だ。力もない。
 血筋の良さだけで生き延びているが、だんだん世の中も世知辛くなっている。
 特に、ミシュロムのような、力で国を大きく発展させてきたような国は、血筋や伝統にそれほど頓着しない。大事にするのは、単に政治的に使える武器として見ているだけだ。そして、他国の事も自分達と同じような意識で考えて警戒する。
 ヴォアサン自体に力はなくても、他の、力をつけてきた国々と手を結んで対抗してくるかもしれない。形だけでも親族という扱いになっている王家が沢山あるのだ。
 今でも、ほとんど属国のような小国だが、出来れば、今のうちに何か口実を設けて完全に領地にしてしまいたい。王家の血を滅ぼしてしまえば、その時は回りから非難されるかもしれないが、結局はどこの国も自分が可愛いからいずれは丸く収まるだろう。
 その口実はやはり、ヴォアサンの方から戦さをしかけようとしてきた、という形にするのがよい。こちらは対抗して戦さを行っただけだ、という風に持っていきたい。
 16年前、ミシュロムの王ポルテ四世はそう考えていた。
 おりしも、ヴォアサン王妃に子供が生まれようとしていた時だ。
 その子が男の子だったら、事は成ったも同然。
 その王子がある程度の年に育ったら、適当な機会に殺してしまう。
 もちろん、わが国に攻め入る計画を練っていたというような証拠をでっち上げた上でだ。
 すかさず、それに報復してヴォアサンがわが国に対し戦さをしかけてきた、という事にして、前もって準備させておいた軍隊に攻め入らせる。
 これで、もうヴォアサンは手に入ったも同然。
 気の長い話だが、一国の王ともなれば計画というのはそんなものだ。
 四世は密かにほくそえんで王子誕生を待っていたのだが、その時生まれたのは王女。がっかりもしたが、とりあえず自分の十歳の息子と婚約させる。オジェの言った通り、人質のようなものだ。
 後で王子が生まれたらその時は最初の考えの通りにヴォアサンを滅ぼしてしまえばいいし、王女ならまた残りの王子達と婚約させる。
 とにかく、ヴォアサンが決してこちらに反抗できないように縛っておくのだ。
 「ヴォアサンの王様は、ミシュロムに逆らおうなんて思ってないんだろ?」
 「そうだよ、国民が平和に暮らせるようにと、そればっかり考えてるような人だ。よその国と手を結んで戦さなんて始めたら、もし勝っても人々の暮らしはめちゃくちゃになる。そんなことは絶対に出来ないと思ってるんだ」
 「ポルテは、そんな考えをする人間がいるなんて考えたこともないんだろうなあ」
 「まあ、生まれながらに大国の権力者で、そういう教育をされてきたからね、しょうがないんだけどさ」
 アフィーレも、一旦「秘密」を明かした後は気が楽になったとみえて、だんだん口がほぐれてきた。
 その秘密というのが。
 単純と言えば単純な秘密なんだが。
 実は、その王女様が、本当は男だ、というのだ。
 単純ではあるが、こんな恐ろしい秘密もない。
 王子を、王女と偽って育てていた。
 もしポルテに知られたら、それだけで口実にされて、あっという間に国は滅ぼされるだろう。
 なんでそんな事態になったかというと、
 「おれが余計な事をしちまったって気もするけど、あの時はなあ…」
 アフィーレは16年前、偶然ポルテ四世の考えを拾い、これはとヴォアサン王に忠告したのだ。王子が生まれたらいずれ国が滅ぼされる、と。
 「だからって、女が生まれたことにするなんて無茶じゃないか…」
 「それは、王様が考えたんだよ…おれだって止めたけど、じゃあどうするって言われたらその時はさ…」
 「まあ、四世が自分とこの王子と婚約させるなんて事しなきゃなんとかなってたかもしんないよな…女の子ならとりあえずは難癖付けらんないだろうし…」
 「そうそう、そうなんだよな。だから当時はいい案だと思ったんだけど…」
 肝心の王女様、いや、王子様自身の事は誰もまったく考えにないようだが、小さくても王家の人間なんていうのは、多かれ少なかれほとんど政治の道具みたいなもんなんだな。
 とにかく、その時はいい案に思えた「偽(ってのも変か)王女様作戦」だったが、こうして実際にお輿入れの日が近づいてくると、「なんであんな馬鹿な事考えたんだ」って代物以外の何物でもない。
 もちろん、アフィーレもずっと何もしないでいたわけではない。
 王子様を本物の王女様にしようと、いろいろ術を試していた。
 「だけど、やっぱ駄目なんだよ」
 見かけを変えるだけでは、ほんの数分しかもたない。
 だからと言って下手に根底から手を出すと、記憶がなくなるとか、廃人になりかねないのだそうだ。
 「王女様として育てられてるし、幸い可愛い子だったから、ドレスを着てればほんとに女の子にしか見えないけど、結婚となるとそうはいかないからなあ」
 「当たり前だろ、いくら政略結婚だってやることはやるさ」
 「子供も作らなきゃならんし」
 「で、とにかくおれにどうしろってんだよ?こんなギリギリに呼ばれたって、いくらおれだって出来ることと出来ないことがあるぜ」
 さすがのオジェも男を女にしたり、その逆というのはやったことがなかった。
 僅かの時間、人間の見かけを変えるくらいの事は経験がある。それだけなら別になんてことはない術だ。オジェの腕なら、数時間、いや、数日間はもつだろう。だが、一生王女様の傍について術をかけ続けるわけにもいかない。
 アフィーレの言ったように、性別を変えるというのはその人間の体の根底に関わることだから、下手にいじると取り返しのつかないことになる。
 「だから、こうなったらある程度良心に逆らう事をやっても仕方ないって事なんだよ」
 「おまえ、良心なんてあるのか?」
 「おれのじゃなくて、王様のだよ」
 「ああそうか…」
 ヴォアサン王は、とにかく平和を愛し、信心も深い優しい人柄の人で、自分の国が属国のように扱われたり、娘(いや、息子なんだが)が道具のように扱われても、国民が平和に暮らすためなら構わなかった。
 「だからさ、おれは術がどうも上手く行かないとわかった時から、王様に忠言してたんだよ、なんとかこの婚約をなくする方策を立てなきゃって」
 「まあ、それが筋だよな」
 「だから、事情を知ってる大臣達ともこっそりいろいろ相談してたわけ。王女様が死んだことにしてどっかよそにやるとか、じゃなきゃ身代わりを立てるとか」
 「まあ、その辺が順当なとこだな」
 「だけど、駄目なんだよ」
 「なんで」
 「だからさ、王様の良心が」
 信心深い王様は、いざとなると人を騙したり、嘘をつくことに耐えられず、
 「大いなる方が必ずなんとかして下さる」
 と言って案を取り下げさせてしまい、ずっとそんな調子で今日まで来てしまったのだ。
 「神頼みで16年かよ…」
 ここに至ってやっと、このままじゃ娘、つーか息子はその場で首を切られて国は滅ぼされるってことに気付いたわけだ。
 「もうちょっと早く気付いて欲しいもんだよなあ…で、どうするって?」
 「それなんだよ」
 やっとアフィーレは本題に入った。まあ、状況をちゃんと説明しておかないと、いきなり、ミシュロムみたいな大国の王宮の結界、それも王太子妃の部屋の結界を破れと言われて黙ってやる人間はいないと思う。
 作戦はこうだ。
 王女様実は王子様、いや、もうややこしいから名前でパウラ姫と呼ぼう。
 パウラ姫自身の変身は無理だから姫君には何も細工しない。
 まだ体つきも中性的だし、幸い声も変わっていない。ドレスを着ていればその気品や仕草は姫君以外の何物でもない。だから昼間は何も問題はない。
 問題は、着替えや湯浴みの時の召使い達の目と、それにもちろん夜の営みの時だ。つまり、自分の部屋にいる時と、婚約者の前にいる時ということだ。
 言いかえれば、その時だけ、完璧に女性の体に見えていれば問題ないということだ。もっと成長した時とか、子供とかの問題はまた後でゆっくり考えるとして。
 「じゃあ、その部屋と、相手の男に目くらましの術をかければいいってことだ」
 「そうそう。だけどこんなややこしい術だと遠隔でってわけにはいかない。行った事もないとこだし、妖精を送って媒体にも出来ない。どうしても結界をかすめて入り込まないとならない、ってわけであんたを呼んだんだよ」
 「まあ、おれならなんとか出来るとは思うけど初めての場所ってのはなあ…あ、ちょっと待てよ、ここにちょうどいい[木馬]がいるじゃないか…」
 オジェは、いやぁな目つきでオレを見た。



-to be continued-

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