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黒猫

黒猫リンカの物語 -Another Fantasy 篇-


-1-

 夏も終わりに近づくと、シプレの村は、それまで毎日のように大騒ぎしていたのが嘘のように静かになる。
 これから秋の収穫期で、どんどん忙しくなるその前に少々体を休めておこうって感じだ。
 とにかく、この夏はいつも以上に大騒ぎの夏だった。春にケチな金貸しのサフィックスが死んで、どうにかその一件が落着したと思ったら、続いてまた変な事件が起こり、人々は、オレも含めてさんざんかき回されたんだ。
 まあ、その話は次にでもすることにして、今日はのんびりと昔話でもしたい気分なんだ。悪いけどちょっとつきあってくれよ。

 これはまだ、オレがオジェと暮らしてた頃の話なんだ。
 知っての通り、オレの名前はリンカ。
 闇術師のオジェが造り出した人工生命体だ。
 頭脳は人間で体は大人になりかけの黒猫。年は、誕生してからはまだ5年しか経ってないんだが、頭の方は人間にしたら、そうだな、そこらの間抜けな大人連中よりは相当気がきいてると思うぜ。

 オジェとオレはリューナって国のメロナという小さな村の、山の上で暮らしていた。そこは、夏には山羊を放牧するために登ってくる人々がいて、そのための小屋がいくつかあるが、冬は全員下の村に降りてって誰もいなくなっちまうような、そんな土地だった。
 オレは、夏はともかく、冬は雪で外に出たらすぐ死んじまうようなこんなところは好きじゃなかったんだが、オジェのやつは闇術師で人嫌いだし、というより、オレの秘密も含めて、人に見られると困るような事が多かっただけなんだが、それで、とにかく食い物やら暖かさの心配は全部術で片付けていて問題無かったから、このへんぴな山の上の暮らしがお気に入りだった。
 性格はともかく、とにかく腕は立つやつだったんだ、オジェは。
 よその国の闇術師仲間から手助けを求める連絡が来たのもその腕のせいだ。

 ヴォアサンって小さい国がある。小さいお城で王族と騎士達が暮らしてて、その回りにいくつか村、っていうか集落がある程度の、そんな国だ。
 王家は古くからの家柄で、そのおかげでろくに資産もない小さな国でもやっていけてるらしい。ヴォアサンの係累につながる事が一種の箔付けになるからだ。
 今現在も、ヴォアサン王家の一人娘の王女様は、生まれた時から隣の大国ミシュロムの二番目の王子と婚約している。それでずっと経済的に援助してもらってるって寸法だ。ま、そういう事は全部この時になってオジェに教えてもらったんだけど。
 王女様は今年16になろうってとこで、いよいよお披露目を兼ねてミシュロムのお城に移ることになっていた。
 「ま、ていのいい人質ってとこだよな」
オジェと仲間の術師は、ヴォアサンの村の外れ、と言ったって村ごと外れてるようなもんなんだが、とにかくその森の中の小屋で一杯やりながら話をしている。
 普段はオレはオジェが遠出をする時も留守番をしていてよその土地にはめったに出ないんだが、今回はもういい加減、雪しか見えない景色に飽き飽きしていたし、会う相手が同じ闇術師だからオレのことがばれても大丈夫だってんで、一緒についてきた。リューナの山の上と違って、こっちは寒いことは寒いが、雪は山の上に見えてるだけだ。
 「…まーな…」
 「子供一人だったんだろ?女でよかったよなあ」
 「ああ…そうなんだよなあ…」
 「なんでもすげえ美少女だって噂じゃないか?もったいないよなあ…相手の王子様は、十くらいも年上だったろ?」
 「ああ…そのくらいだな…」
 好き勝手な事を言っているオジェに対して、相手のアフィーレの方は、口数も少なく黙りがちだ。よほど難しい頼みらしい。
 「で、アフィーレ、オレは何すりゃいいんだい?」
 オジェの方は余裕綽々、気楽なもんだ。まあ大概の術でオジェに出来ないことは無いと言ってもいいくらいの腕の持ち主だから、自信満々なのも当然だ。
 「いいか、オジェ…これから話すことは、絶対秘密を守ってもらうぜ。その約束が出来ないなら、この話はここで無しだ」
 「わかった。おれ達の間で秘密と誓ったら、そりゃもう確実に誰にも探り出せない秘密って意味だ」
 アフィーレがやっとのことで話し出した。と言っても口でじゃあない。術師仲間でだけ可能な「通心」というやつで、頭の中から直接考えを相手に飛ばす。それも、こいつらみたいな闇術師同士だと、普通に考えることをそのまま送ったりしない。よそから、こっそりその「通心」を読んでみても、なんのことだかちんぷんかんぷんだろう。
 大体、よそから「通心」を読むこと自体がかなりの技を必要とするんだから、こうやって間近で闇通心をしてる内容を読むなんてことは、まず不可能に近いと言っていい。
 だから、その内容は、後でオジェがオレに教えてくれてわかったものだ。それも、オレの助けがどうしても必要だということになって仕方なく教えてくれたのだ。
 え、そんな重要な秘密をここでぺらぺらしゃべっていいのかって?
 ああ、今ならもういいんだ。事態がなんとかうまく片付いたから、別に、誰でも知ってるってわけじゃあないが、ばれてもどうってことはないんだ。
 それにしても、今だからこう言えるがその時はほんとに、話を聞かなかったことにして帰りたい、とオジェですら一瞬思ったほどだったよ。



-to be continued-

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