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黒猫

黒猫リンカの物語 -Another Fantasy 篇-


-3-

 昔々、戦さをしている2つの国があった。まだ、術もろくに発達してなかった頃の話だ。
 片方の国は、守りの固い城壁に囲まれ、それを破る事が出来なかった。そこでもう片方の国が考えた作戦というのが、大きな木馬を作り、その中に兵士達を潜ませて、それを城壁の外に置いて退却するという物だった。その木馬は宗教的な供物で、城内に引き入れて盛大に祭れば、神が自分達に加護を与えて敵を打ち破れると信じられた。そしてまんまと作戦に引っかかったやつらは、潜んでいた兵士達によって敗れたわけだ。
 この話は元々、戦さにまつわる故事として有名だったのだが、今では「木馬」と言えば、ほとんどの場合が闇術師の使う術の名になってしまった。相手を油断させるような物を向こうの懐に送っておいて、いろいろ悪さをさせるわけだ。
 15才のいたいけな王女様が、たった一人で、生涯で初めて生まれ育った城を出、家族とも別れ、自国の召使いを連れてくることも認められずに大国の人質として送り出される。慰めに猫一匹連れてくるくらいは許されるだろう。
 つまり、オレだ。
 まったく、ちょっと寒さに負けてついてきたせいで、えらいことに加担する羽目になっちまった。
 向こうの城に着いたら、とにかくまずオレは何をおいても、パウラ姫の部屋とされている部屋に行く。そうやって、オジェ達との間に道を作る。と言っても、オレはもちろん闇術師の技能なんかない。目標としてそこにいるだけだ。いるだけでなんとかなるように「調整」しておくとか言ってやがった。とにかくそれで道が出来たらオジェとアフィーレがそこにやってきて、手分けして部屋と、婚約者の王子に目くらましをかけて退散する、というわけだ。
 まあ、大まかな作戦としてはこんなとこだ。

 話がまとまったので、その晩は休み、翌朝お城に向かった。もちろん、術でだから一瞬の事だ。
 アフィーレは、闇術師という身でもあり、本来ならこんな風に堂々と王宮などに出入り出来る身分ではないのだが、この件があってからお抱え術師みたいなことになってしまい、王様や大臣達からも信頼されている。
 もっとも、アフィーレの方は、別にそんな事は有難くもなく、余計な忠言をしてしまったと、若干後悔しているようだ。闇術師というやつらはそんなもんで、世間的な名声とか、権力とかにはあまり興味が無いらしい。そういうところはオジェも同じだが、まあ今回の件は、初めての結界を破るというところに興味があるのだろう。
 簡単に挨拶をして飲み物をいただいた後(オレにはミルクだ)、王様がパウラ姫を呼んだ。
 長く伸ばした真っ直ぐな金髪に、長い睫毛でふちどられたヘイゼルの大きな瞳、赤い唇。
 しなやかな肢体にやや古風なドレスをまとい、優雅に挨拶をする姿は、どう見ても女の子で、しかも相当な美少女だ。
 自分の運命を知っているのか知らずか、無邪気に微笑んで、
 「きゃあ、猫ちゃん」
 と、オレを抱き上げる。
 王様も王妃様もそんな姫君をにこにこしながら眺めているといった具合で、どうもこの人達は控え目に言っても世間知らずとしか言い様がない。
 この人達ならば、「王子が生まれたら国が滅ぼされる」と聞いて、「じゃあ女の子だったということにしよう」と言って済ませてしまったのも無理はないかもしれない。
 だが、本人達がそれでよくても、それで済まない人が大勢いるということをよーく考慮して欲しいものだ。
 まあ、今更そんな事を言っても仕方が無い。
 出発は3日後。
 それまでに、オジェはオレを「調整」し、アフィーレもいろいろと準備をしておかねばならない。お城の一室に部屋をもらって、二人は早速何やら相談し合いながらあれこれとやっていた。
 オレは、調整のための準備が出来るまでは暇だから、ぶらぶらと城内を散歩させてもらっていた。
 中庭に出ると、泉があってパウラ姫が座っている。
 オレを見つけて嬉しそうに走ってくる。
 「猫ちゃん、リンカちゃん、いい子ねー」
 しゃがみ込んで、頭や、喉のところを上手に撫ぜる。ヒゲもちょっと引っ張ってみたりするが、イタズラ程度で、オレが嫌がる風にしてやると、すぐ、
 「えへへー、嫌だよねー、ごめんごめん」
 と謝ってやめる。猫によく慣れてる、いい子だ。
 これなら、ずっと飼っていた猫だと言っても怪しまれずにすむだろう。
 出発まではそんな風で、気楽なもんだった。
 オジェのくれる飯とは大違いの上等な食事に、立派なベッド。
 最後の夜だけは例の「調整」で落ち着いて寝てられなかったが、その分は翌日の馬車の中で取り戻すことにした。
 涙ながらの別れがあり、荷物を馬車に積んだりなんだの騒ぎがあり、三台の馬車がようやく出発したのは陽が上ってかなりしてからだった。

 貧乏国とはいえ、一応は古い家柄の王家の姫君、服やらお道具などの量はゆうに馬車二台分だ。最後の一台に王女様とオレ、そしてお付きの女官一人が乗り、他に同行するのは御者だけ。この御者達も女官も、途中の引渡し場所でミシュロム側の馬車に乗り換えてからは、もう付いて来る事を許されない。ほんとに、人質というか、人身御供だ。
 頼りない王様や王妃様に代わって、大臣達やアフィーレはこの三日間パウラ姫にいろいろと言い聞かせていた。
 「いいですか、姫様。この婚約が破れたら、姫様のお命がなくなることはもちろん、ミシュロムがわが国に戦さを仕掛けてくるのです。農民達の大事にしている畑が踏みにじられ、家を焼かれ、剣や弓で人々の血が流れるのです。それで終わりではありません。ミシュロムの領地にされれば、厳しい税が課され、わが国の民は奴隷となってしまうでしょう。今でも、王様はその事を恐れてミシュロムには逆らわず国の独立を保っていらっしゃるのです。
おわかりですね?」
 「ええ…でも、私はどうしたら…」
 「ですから、姫様は何もなさらなくとも良いのです。ただ、礼儀正しく、向こうの方々に気に入られるように、大人しくなさっていればよろしい。向こうも、姫様に対して無茶を言ったりするような事はなさらないでしょう。用事の無い時はあまり部屋から出ずに、このリンカを遊び相手にしていらして下さい」
 「わかりました…リンカ、おまえだけはずっと一緒ね…」
 パウラ姫はオレをぎゅっと抱きしめた。
 ちょっと待ってくれ。
 オレは用事が済むまでの単なる「木馬」なんだ。
 道が出来て、オジェとアフィーレが術をかけ終わればそのまま一緒に帰るんだ。
 帰るんだ、よな?
 オジェに「通心」してみたが、知らん顔してリジェクトしやがる。
 まったく、闇術師も王族も、人を道具扱いする事に関しちゃたいして変わりゃしねえ。
 まあ、なんとかなるだろう…

 そんなわけで、オレはパウラ姫の膝の上で馬車に揺られていたんだが、いつのまにか、ぐっすりと眠り込んでいたみたいだ。気がついたら、というか、それで目が覚めたんだが、
 「きゃあーっ」
 女官の叫び声だ。馬車は止まっている。パウラ姫がオレをしっかりと抱いている。
 馬車の戸は開けられ、そこから覗きこんでいるのはマントをはおった黒装束の男だ。黒い帽子を目深にかぶり、目のところだけを開けた布を結んで顔を隠している。いかにも--
 「と、盗賊!」
 女官が叫ぶ。
 「静かにしろ!大人しくしてれば命は取らん」
 男は落ち着いた口調で言う。
 盗賊なんて初めて見たが、想像と違って、結構身奇麗で上等な格好をしている。マントもアミアンの裏地だし、その下のシャツは絹のように見える。口のきき方も丁寧だ。年は普通の人間で言えば22、3ってとこか。
 「おまえは馬車から降りるんだ。お姫様は大人しく座っていてもらおう」
 開いた戸から他にも何人か同じような男達がいるのが見える。どうやら御者達は全員既に逃げてしまい、盗賊達が代わりに乗っているようだ。
 男は、女官と入れ替わりに馬車に乗り、パウラ姫の前に座ると大声で、
 「さあ、いいぞ、行け!」と声をかけた。
 馬車は走り出す。
 この期に及んで誘拐沙汰ってわけか?
 一体どうなっちまうんだ?

 もちろんオレは目が覚めるとすぐオジェに「通心」していた。
 けど、何しろ寝てたし、初めての土地で、自分がどこにいるのか、城を出てからどのくらい経ったのか全然わからない。もっとも、時間の方はオジェがわかってる。
 (ったく、役立たずだなあ…しょうがない、こっちからサーチをかけるから、とにかくパウラ姫から離れるなよ)
 (わかってるって。早くなんとかしてくれよな)
 パウラ姫は半分何が起きたかわからないようで、呆然と座ったまま男を見つめている。予定と何か違った事になっているのはわかっていると思うが、とにかく世間知らずのお姫様だから、「盗賊」だの「誘拐」だのって言ったってわからないんだろう。びっくりはしているが、怯えてはいない。
 男は、そんな姫を面白そうに見ている。
 まずい。
 盗賊ってやつらのことは本で読んだり、話で聞いたことしかないが、まあとにかく無法者だ。
 旅行者を襲い、金目の物は奪い、場合によっては人を殺し、また女性に「狼藉」を働く。
 これがまずい。
 もちろん、未婚の姫君が婚約前に傷物になって、婚約が破棄されるかもしれないという事態もまずいんだが、この場合まずいのは、そういう事じゃなくて。
 この姫君は男の子なんだから。
 この男がその気になって襲ってきたらその事がすぐにばれてしまう。
 あっという間にその噂が国中に広まって、ミシュロムにも流れる。
 そうなりゃもうこの国は滅ぼされたも同然だ。
 こうなると、この子が下手に美形なのが災難だ。

 例の「言い聞かせ」の際、大臣達はこんな説教をしていた。
 「ええと、それとですな、姫様、これは一番大事なことなのですがな」
 「なんでしょう?」
 「あー…つまり…その、夜のことです」
 「夜は、ベッドで眠るのでしょう?ミシュロムでは違うのですか?」
 「いえ、同じです」
 「それなら、わかっています」
 「い、いや、眠る前にベッドでする事があるのです」
 「お祈りなら、ちゃんとミシュロムの言葉でも暗記しているから大丈夫です」
 「あー、お祈りの後、いや、前かもしれませんが、その、それはどうでもいいので、つまり、姫様は、夫となる方のところにいらっしゃるのですから、その方とベッドに入られる時があるのです。特に、いらした最初の晩は、必ずそうなります」
 「そうですか」
 「それで、その相手の方は、姫君にキスをなさったり、お体のいろいろなところを触ったりなさいます」
 「…なかなか眠れないのですね」
 「結婚とは、そういう、ものなのです」
 「それなら、我慢します」
 「そうそう、ですから、姫様は、相手の方に全てをお任せして、逆らわないようにしていて下さればよろしい。とにかく、何が起きても心配なことは無いのですから、怖がったり暴れたりしてはいけません。なに、いずれ半時もしないで済みますから…」
 「それが終わったら、眠ってもいいのですね」
 「はい、それさえ済めばそれはもう…」

 何もわかっていない姫君にこんな説明で夜の事がわかったかどうか。
 そもそも、本当は自分は男なのに、闇の術でごまかして男と結婚しようとするのだという事実の恐ろしさすらよく把握していないような気すらする。ここでこの盗賊が手を出してきても、このお姫様は、
 (そうしなければいけないこと)
 だと思って、大人しくされるままになっているんじゃないか。
 だが、男は、しばらく姫君を見つめると、帽子を脱ぎ、横の肘掛に腕をついてよっかかり、足を組んで座りなおした。
 帽子の下の髪は、薄めの栗色で、ちょっとくせがある。目も茶色だ。
 とりあえず、馬車の中で襲う気は無さそうだ。
 どこに連れてくつもりなのか知らないが、それまでにオジェ達がオレ達を見つけて来てくれればいいんだが…
 オジェもアフィーレも、ミシュロムの城に行ったことがないとはいえ、国の地理や城の位置なんかのことはもちろん把握している。だから、オレに対する「調整」は、そのお城の位置を基準に考えてやっていた。
 それがいきなり違う場所に行ってしまうと、今度は、下手に「調整」をしてたせいでオレに対するサーチが難しくなるし、あまり距離が離れると「通心」すら出来なくなる可能性もある。
 せめて、どっちの方角に進んでるを知らせられればいいんだが、馬車の中じゃお日さまがどこら辺にいるのかもわかりゃしない。猫がひょこひょこ窓のとこにいってカーテンの隙間から覗くわけにもいかない。下手すりゃ、なんだトイレか?ってんで外におっぽり出されて置いてかれちまうかもしんないしな。
 いろいろ考えた揚句、結局オレとしちゃ大人しくパウラ姫の膝で寝てるのが一番だって事に決めた。
 別に、さぼってるわけじゃないぜ。
 これから何が起きるかわからないんだから、とにかく体力を温存しとかなきゃならないと、そう思ってるだけなんだからな。
 今度は寝ていても、さすがに眠り込むことはなくて、時々オジェからの「通心」を受け取っていた。オレの方からも適当に答えを返す。その、「通心」の往復にかかる時間で距離がつかめるからだ。もっとも、方角については相変わらずわからない。
 だが、大体の出発点はわかった。
 オレ達が襲われたのは、ミシュロムへの引渡し場所にもうちょっとってとこだったらしい。
 襲われて逃げ出した御者や、女官はだから割とすぐに向こうの兵隊達に助けられ、「王女誘拐」の事件が伝えられた。兵士達は盗賊達の跡を追おうとしたが、かなり賢いやつららしく、三台の馬車のわだちの跡は、それぞれ全部違う方角へ向かっていたというのだ。その時の人数では分かれて追うというわけにも行かず、また、どの跡を追うかということも決めかねて、一度、その近くの守備隊のいる村へ戻り、そこで人数を集めてあらためてそれぞれの跡を追ってるらしい。
 最後に聞けたのはそのくらいで、やはり、距離が離れすぎたらしく、オジェとの「通心」は切れてしまった。
 だが、訓練された兵士達が全力で追ってくれば、サーチが間に合わなくても大丈夫だろう…と思ったとたん、馬車が止まった。
 「さて、王女様、すみませんがちょっと降りていただきますよ」
 「……」
 パウラ姫は、オレを抱いたまま素直に馬車から降りた。御者はそのまま馬に鞭をくれ、馬車はガラガラと走り去った。
 そこは小さな街道沿いで、まわりは針葉樹の森だ。
 見ると、馬が一頭、少し奥に入ったところにつながれている。
 男は姫を馬に乗せ、すぐに自分もその後ろにまたがって森の奥に向かって走らせる。
 兵士達が馬車の跡を追ってって追いついても、そこにはもう王女様はいない。
 たぶん、ある程度走ったら御者も逃げちまって、空の馬車をそのまま走らせとくんだろう。
 …やるじゃないか…
 って、感心してる場合じゃない。
 このままじゃ、ほんとにやばい。
 後はオジェのサーチだけが頼りだ。
 だいじょぶなんだろうな…




-to be continued-

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