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黒猫

黒猫リンカの物語


-6-

 翌日、オレがやっとコール嬢ちゃんのベッドで目を覚ますと、既に下の食堂で騒ぎが起きていた。
 前の夜がいろいろあったんで疲れて寝過ごしたんだが、そろそろ起きないと昼飯も食いっぱぐれる。嬢ちゃんは優しいが、ぐうたら寝てる猫をわざわざご飯のために起こしてくれるような甘い人間じゃあない。
 オレは素早く下に降りて食堂の隅でご飯の催促をし、食事をしながら騒ぎを見物することにした。
 朝早いうちに女将は村の子供に駄賃をやって、ちょっと離れた町にいる役人に使いを出していた。この辺の村はみんな小さいし、たいした事件の起こるようなとこでもないので、役人はところどころにしかいない。
 まあようするに、「田舎」ってことだ。
 人が死んだ、ということでさすがに二人の役人がすぐにやってきて、サフィックスの死体を見たり、ホアミーやディフ、それに食堂にいた村人達に話を聞いたりした。もちろん水晶亭の人々にもだ。
 とにかく、ゆうべと同じように二十人ほどの人間が狭い食堂に集まり、しかもゆうべと違って始めからお互いにガヤガヤと話をしていたのだから、騒がしいのは当然だ。
 そしてその結果、なんと役人達は金持ち男ディフを「おまえが殺人犯だろう」と、逮捕してしまったのだ。
 「わけもなく辺鄙な村に長逗留したのはこのサフィックスという老人の命を狙い、機会をうかがっていたのだろう。その理由は家宝のブレスレットだ。ゆうべおまえは価値はその人にしかわからないとか言っていたそうではないか。おまえにとってはそのブレスレットは人を殺しても奪う価値がある物なのだろう、そうに違いない」
 あーあ。
 だから、余計なことはするんじゃないというんだ。
 役人達は誰も彼も疑ったあげく、肝心な証拠は見逃して、おかしな結果になっている。
 ディフが自分で言った通りだ。彼の予定と違って、この後彼が名探偵として自分の推理を披露し、正しい殺人犯の名前を挙げる、ということは出来ないかもしれないが。
 ディフはもちろん反論していろいろとわめきたてたが役人達は、
 「とにかく後はちゃんとした調べの時に言え」
 と、ついには力ずくで縛り上げて連れていこうとする。
 「ちょっとお待ち下さい、お役人さま」
 進み出たのはフラッグスだった。
 「なんだ、おまえはここの料理人だったな?」
 「はい、そうです。その料理人の立場から申し上げたいのですが、この方がこの水晶亭にお泊まりになっていたのは、光栄にも私の料理をお気に召して下さったからなのです。価値が人によって違うというのは、そのことなのです」
 フラッグスはおしゃべりな男ではない。だが話し出すと、その朴訥だが誠意のある話し方に、人は気を静めて耳を傾ける。
 「うむ...確かに、ここの食事は美味い、という話は時々聞いている。だが、それと同じに例のブレスレットも気に入っていたのかもしれん」
 「ぼくは宝石やら家宝やらなんて物には全然興味ありませんよ。ぼくにとって価値あることはただ一つ、味の探求だけです」
 味方を得たディフが再びここぞとばかりにしゃべり始めたが役人達は、
 「おまえは黙っていろ、わけのわからんことばかり言いやがって」
 名探偵もかたなしだ。
 「お役人さま、聞いて下さい。この方がもしブレスレットを欲しくてサフィックスさんを殺そうと思ったにしても、このように料理を愛している方が〈料理に毒を入れる〉などという方法を使うわけがありません。特に、毎回最上級の賛辞で讃えて下さった私の料理に毒を入れるなど、例え、他の人が食べる物にでもするはずがありません。もし間違えば、私が毒殺犯として捕まるかもしれないのですよ。決してそんなことをなさる方ではないのです。どうか、お考え直し下さい」
 「......」
 フラッグスの言葉は力強く、筋が通っていた。
 いつにない彼の毅然とした姿に、コール嬢ちゃんも目を見張っている。結構、脈はありそうだね。いや、そんなことは今はどうでもいいんだけど。
 役人達は相談し、とりあえずディフは放免された。
 だが、ちゃんとした調べがすむまでこの宿に止められ、一人で遠出をしない、という条件付きだ。ホアミーの方も同様だ。とんだ巻き添えである。
 だが、毎日フラッグスの料理が食べられるという特典付きの軟禁状態なのだからこの二人にとっては願ってもない結果だったに違いない。もっとも、商人のホアミーの方はちょっと店のことが気になる様子ではあったが。
 役人達は一人が一応見張りに残り、もう一人が術師を呼びに行った。
 もちろん、人々が「お医者さん」と呼ぶ「まともな」術師だ。
 言ったとおりこのシプレ村のあたりは田舎だ。
 ちょっと風邪を引いたり、転んで怪我をしたくらいなら、人々はみんな年寄りから教わったとおりに薬草を煎じて飲んだり塗ったりして治す。
 もうちょっと重い病気や、骨を折ったなんてことになって、仕方なく医者を呼んでなんとかしてもらうわけだ。
 ここらの村でおなじみの術師はカトという名前で、性格は温厚で善良だが、あまりたいした腕はなかった。
 いや、普通に病気や怪我を治す分には何の不足もない。だが死体を見て「死因を探る」などという術には力不足だろう。元々そういう方面のことは、闇術師の方が得意なのだ。
 サフィックスの死体は今朝になってから、水晶亭の納屋に運ばれていた。
 術師がやってきたのはもう夜になっていたが、7、8人ほどの村人達はまだ残っていて、役人達と一緒に納屋までついてきた。ディフやホアミーももちろん同行する。オレも目立たないようにコール嬢ちゃんの足下で大人しく座っていた。
 その納屋でカトがサフィックスの体を調べようと服を脱がせかけると、上衣と下着の間から、小さな布をくるんだものがこぼれ落ちた。布を開いてみると、何本かの、葉っぱのしおれかけた草が包んである。
 「こ、これは、トリカブトだ!危険な毒草ですよ!」
 田舎術師でもそのくらいの知識はあったようだ。
 「じゃあ、この男はその毒で?」
 「しかし、なぜ自分でそんなものを持っていたんだ?自殺なのか?」
 「わかった!」
 再び役人達の前にしゃしゃり出たのはもちろんディフである。
 「またあんたか...もうあんたのおしゃべりにはうんざりなんだがね」
 「まあ聞きたまえ、これで事件は解決だ」
 ディフは自信たっぷりに笑みを浮かべ、ゆっくりと納屋の奥に進み、そこへんの樽に腰をかけた。
 名探偵が最後の推理を披露する一幕だ。
 「じゃあ、教えてくれ。犯人は誰なんだね?」
 「これは、殺人でも自殺でもありません。事故だったのです」


to be continued

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