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黒猫

黒猫リンカの物語


-5-

 「そんなことより、なんでサフィックスさんが死んだのか、そっちの方が先じゃないですか?」
 普段あまりしゃべらないフラッグスが割って入ったので、人々は驚いてそっちを見た。
 「人殺しとかじゃなくて、ただ病気の発作とかで死んだのかもしれないじゃないですか」
 フラッグスとしては、自分の精魂込めた料理に毒を入れたヤツがいるなんてことよりも、病気で死んでくれている方がありがたいに違いない。
 「そういう可能性もないとは言えません...」
 金持ち男はつまらなそうに認めた。
 「そうだよ、発作に決まってるさ。この村に人を毒で殺そうなんてやつがいるわけない」
 村人の言葉に、
 「もちろん私だってそんなことしてやしない。理由がないんだからね」
 「村人」でないホアミーも一緒になって事件を「病気・事故」に持っていこうとする。
 「そうよ。怪しいって言うならあんたが一番怪しいんじゃない?」
 コール嬢ちゃんが思いもかけないことを言い出した。オレを犠牲にしようとしたことを怒ってくれているのは嬉しいが、ちょっとやりすぎだ。
 「そりゃうちの料理は天下一品よ。でもそれだけで一人で何日も泊まってくなんてなんかおかしいわよ。他の目的があったんじゃないの?」
 「な、何を言うんですかお嬢さん?ぼくだって怪しい者じゃありませんよ。名前は宿帳にも書いたとおりディフと言って...」
 「コール、お客様に失礼だよ。ほら、テーブルを片づけて」
 さすがに女将が注意して、
 「お客様方、とんだことで申し訳ありません。お詫びに全員に一杯ずつ〈水晶亭〉からのおごりです」
 「おお、いいぞ」
 「太っ腹!」
 「毒は入ってないだろうな」
 村人達はあっという間に宴会気分になり、
 「ああ、もうこいつ邪魔だ、どっかやっとけよ」
 サフィックスの死体を地下室に運んで行こうとする。
 「おい、どこへ持っていくんだ」
 フラッグスが注意する。
 「その地下室には上等な葡萄酒や肉が置いてあるんだぞ。変な匂いが移ったら困るじゃないか」
 「ああ、すまんすまん、つい、な」
 「まだ夜は寒いんだから外に置いときゃ大丈夫だよ」
 やれやれ。
 現実は探偵小説とは大違いだ。
 「ああ、そんなに手荒に扱ったら証拠が...」
 金持ち男ディフの嘆きをよそに、邪魔な死体は外におっぽり出され、現場はさっさと片づけられ、ジョッキやらカップが配られていく。
 「ああ、せめて残りの料理だけでもそのまま保管を...ああ、いい、私がやるから手を出さんでくれ!」
 どうしても「探偵」をやりたいらしいディフはサフィックス達のテーブルにあった皿やカップを自分で調理場に運んで行った。ご苦労さまなことだ。
 直接利害関係もないのに「殺人事件」に興味を持ち、犯人や動機を推理しようなんていうのは、ああいう金持ちで暇なやつらだけの道楽なんだよな。
 かたぎの生活者が興味を引かれるのは、その事件にスキャンダルやゴシップの匂いがする時で、死んだのが嫌われ者の金貸しじゃあ事故だろうが病気だろうが、たとえ殺人であってもかなりどうでもいいことなんだ。
 しかしそれでも、サフィックスの客についてはやっぱり好奇心が残っているらしい。
 「ええと、ホアミーさんだっけ。あんた、なんでまたこんな辺鄙な村に来たんだい?どっかに行く途中なの?」
 村人達はホアミーのテーブルの回りにそれぞれ椅子を運んで囲むように座り、店のおごりのエール酒をやりながら彼の返事を待っている。
 「実はサフィックスさんとは2年ほど前に一度、ソレリで会ったんですが...」

 途中で村人達の質問や野次が入ったり、ホアミーの記憶がごちゃごちゃになってつっかえたりするのでなかなか筋がつかめなかったが、やっとのことでそれを整理するとこういうことだった。
 オレも、村の人達も忘れていたが、サフィックスは確かに2年前、旅に出ていたことがあった。
 その時彼は人々には親類が亡くなったと言っていたのだが、ホアミーの話によるとどうも違ったようだ。
 ちょうどソレリでは何年かに一度の市が開かれていた。
 オジェによるとソレリはアンディーゴに比べ大きいがまとまりのない街だ、ということだが、大きい分、広い場所も取れるので、いろいろと大きな市が開かれるらしい。
 街はあちこちから来た商人や見物人で膨れ上がり、宿もどこも一杯で、相部屋でも取れれば御の字、という具合だった。
 その時にたまたまサフィックスと同室になったのがホアミーだった。商人である彼は、こういう市で掘り出し物を探すのが実益を兼ねた趣味である。
 サフィックスは自分のことはあまり話さなかったが、どうも逃げた妻がその街にいるという噂を聞いて探しに来たらしい。
 それも、ただ、彼女に会いたいとかそういうロマンチックな理由ではなく、妻が家を出る時に持って出た宝石のついたブレスレットが、代々家に伝わる値打ち物だったのでそれを取り返そうということだったとか。
 いかにもサフィックスらしい話だ。
 結局、もともと大きな街であるところにその何倍もの人間がごった返しているような状態では、神の助けでもない限りめざす一人の人間に巡り会うことなど不可能だし、サフィックスは決して神の助けを得られるような人間でもなかったので目的は達成できなかった。そのことで彼は大層腹を立てて神を呪う言葉をわめき散らし、ますます祝福から遠ざかったらしい。
 ホアミーは商売も商売だし、家伝のお宝とあって興味も湧いたので、その特徴などを聞き出しておいた。そして、そんなことも忘れていた半年前になって、一人の中年女性が彼の店にブレスレットを売りに来た。
 その時は何も気づかず普通に応対をし、適当な値段で買い取ったのだが、後になってなんとなく引っかかるものを感じ、もう一度よく見てみると、それがサフィックスの言っていた特徴に当てはまっていたのだ。
 「私も商売人ですから、いくら事情を聞いているからといって買い取った物を進呈はいたしません。しかし同室になったよしみですから、買い取った値段でならお売りいたしましょう、と手紙を出したのです」
 「それで、彼は何と返事をしてきたんです?」
 いつのまにかちゃっかり戻っていたディフが訊ねる。
 「彼はよほど家宝を大事に思っていたんですな。往復の旅費を出すから私にこのシプレの村まで届けて欲しいという手紙を書いてきたんです」
 「その手紙と家宝、今お持ちですか?」
 「いや、今は持ってないが鞄に入れてありますよ。サフィックスさんの家に置いてあります。あなた、まだ私を疑ってるんですか?」
 「事の次第がわからないうちは誰も容疑から外すわけにはいきませんからね」
 「......」
 まったく懲りない男だ。

 「あのう、お客さん、そろそろ食堂の方は看板なんですが...」
 女将が遠慮がちに声をかけた。
 「もしよろしければ、今夜はこちらにお部屋をご用意しましょうか?サフィックスさんがあれじゃあ...」
 「ああ、そうしてもらえるとありがたいね。荷物がちょっと気になるが、まあ盗られてもどうってことのない物しか入ってないし...」
 「あら、でもサフィックスさんの家宝は代々伝わる貴重な物なんでしょう?」
 「まあ、そりゃあ本人にとっちゃそうなんでしょうが...」
 ホアミーは苦笑を浮かべながら、
 「物自体の価値としちゃあ、そう、せいぜい2、3メガバイトってとこでしょう。それも売るとしたらで、買値は1.5メガですよ」
 ホアミーの返事を聞いて、頭の回転の速いコール嬢ちゃんが驚いた。
 「えーっ、じゃあサフィックスさんてばそんなブレスレットのためにアンディーゴからの旅費を負担して、家も綺麗にしたり、うちで食事をしたりしてたの?ほんとはそのブレスレットって、実はなんかすごいものだったんじゃないの?」
 「いえ、お嬢さん、そんな秘宝だったら私がこの目で見てわからないわけがありませんよ。お嬢さんに見てもらったってすぐわかります。デザインも古くてよくあるものだし、たいしたグレードの石も使っていない。単に家宝という価値しかないんです。だから私も買値で売ってあげようと思ったんですよ」
 「だって、そんなのおかしいわ...」
 「代々家に伝わる宝のためなら、そのくらいしても別に不思議ではないでしょう?」
 割り込んだディフの言葉は村人達に冷笑されただけだった。ディフは自分の意見が無視され続けていることに腹が立ってきたのか、いきり立って、
 「いいですか皆さん、物の価値というのは人によって違うんです。ある人にとってはゴミでも、別の人にとっては宝だってことがあるんですよ。この村のほとんどの人にとってここの食堂の料理はただお腹を満たすだけの物ですが、私にとっては何日も泊まって宿代を払うだけの価値のあるものです。同じように、そのブレスレットはサフィックスさんにとって、いくら金を積んでも取り戻したいものだったんですよ」
 自分の言葉に陶酔しているディフの言葉を聞いている者はもうほとんどいなかった。
 人々は帰り支度を始め、女将とロムおばさんは食堂の片づけ、嬢ちゃんは新しい部屋の用意にかかった。
 気の毒だが、しょうがない。
 とにかく、彼はサフィックスを知らなかったのだから。
 サフィックスを知っている者が、サフィックスに、〈いくら金を積んでも取り戻したいもの〉があるなどという馬鹿な考えを抱くわけがないのだ。
 いや、あるかな。
 〈それ以上の金〉という物が。


to be continued

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