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黒猫リンカの物語
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死、という言葉に人々は一斉に声をあげ、われがちに食堂から出ようとした。
「待ちなさい!誰も動かないように!」
毅然とした声で命令したのはもちろん金持ち男だ。
普段聞きつけない強い声音に、村人達は金縛りにあったようにその場で凍り付いた。
もちろん、サフィックスの客の男もテーブルに着いたまま、金持ち男のことを注視している。
「まず、怪しいのはこれか...」
金持ち男はサフィックスが食べていた皿を下に下ろし、「チッチッ」と、猫を呼ぶ音を出した。
しょうがなくオレが近づいてやると、ヤツはオレの首の後ろをなぜながら皿に向かって顔を押しつける。
大体何をするのか想像はついていたが、やっぱりだ。
昔、オジェの家で「探偵小説」という下らない作り話をいくつか読んだことがある。そういう話の中では、人が何かを食べたり飲んだりして死ぬと、「探偵」という役立たずがその人間の食べ残しを魚の泳いでいる水槽に入れたり、そこらにたまたまいた鳥や犬猫にやったりするんだ。そうして気の毒な動物が死んだのを目の当たりに、
「どうです、やっぱり私の思った通り、これに毒が入っていたのだ」
などと自慢するのだ。
こいつもその算段に違いない。
自慢する方はいいが、証拠として死体になる役割はあまりありがたいとは思えない。
しかし、このまま食べないでいると変に思われる。
皿には美味しそうな子羊のローストが乗っているのだ。
お腹を空かせた猫としては、いや、空いていなくても喜んでかぶりつきそうな代物なのだ。
しかし...
「ちょっと、リンカに何するのよ?」
金縛りから戻って叫んだのはコール嬢ちゃんだ。
「リンカ、駄目よ!」
嬢ちゃんは叫びながらオレを抱き上げ、
「ほら、外に遊びに行ってなさい」
と、手荒くオレを食堂の外に出した。
ふう。
やっと「通心」が間に合って、嬢ちゃんにオレが毒味させられそうになっている、ということに気がつかせることが出来たってわけだ。
オレはさっさとドアから横手に回り、手頃な木の枝の上に登った。当然、食堂の様子を続けて見るためだ。具合よく、横の窓が開いていて中は丸見えだ。
「あんた、人の大事な猫に何するのよ!その肉に毒が入ってたらリンカが死んじゃうじゃないの!」
嬢ちゃんは今までの大人しぶりはどこへやら、いつもの調子に戻って金持ち男を糾弾している。
まったく頼もしい嬢ちゃんだ。
「い、いや、その...」
金持ち男も形勢逆転という体で口ごもっている。
「毒と決まったわけではなく...ですから可能性を減らして行くために...」
「そんなことはお役人が調べればいいでしょ!大体あんた、可能性ってねえ、この〈水晶亭〉が客に出す料理に毒を入れるようなとこだと思ってんの!え?」
「そうだそうだ!」
「もっと言ってやれ、コール」
徐々に我に返った村人達も、役人でもなんでもない若い男に命令されて思わず従ってしまったことに腹が立ってきたのか、嬢ちゃんと一緒になって調子づいて金持ち男を攻撃し始めた。
「今までさんざん飯がうまいとか何とか言ってて、今度は毒入り料理だってのか?」
「手の平を返すってのはこのことだぜ」
「ぼくは決してそんなつもりで言ってるんじゃありませんよ!料理が美味いのとこのことは関係ない」
金持ち男もなかなか負けてはいない。
いきなり若い女の子にまくしたてられてびっくりはしたものの、大人の村人達相手になるとかえって落ち着いて話が出来るようだ。
「ぼくはただこの死には不審なところがあるから調べてみたいと思っているだけです。役人なんかに任せたら誰もかれも疑って、そのくせ大事な証拠は見逃し、おかしな結果になるに決まってるんだ」
やっぱりこいつは「探偵小説」かぶれなんだ。
「ま、まさか、私を疑ってるんですか?」
今まで黙っていた、というか呆然として口もきけずにいたらしい、サフィックスの客が心配そうに訊ねた。
村人達は思い出したように彼のことを見て、お互いの顔を見合わせた。
そういえば、こいつはよそ者。
サフィックスに「外で食事をさせ」「客間に泊めさせる」ような、得体の知れない人間。
サフィックスが妙なやつなんだから、その客のこいつだっておかしなやつかもしれない。
何より、よそ者という点。
こいつがサフィックスをやったんなら、邪魔者が片づいてありがたい上に村には被害がない。
俺達の村の誰かが人殺しとしてひっくくられるなんてことになるより、こいつが引っ張られる方が害がない。
だって、よそ者なんだからな。
声には出さずとも、村人達の頭の中には同じような考えが駆け巡っていた。
オジェと長年暮らしてたせいで、オレにもちょっとだけあいつのように、人が声に出さない考えも読める力がついていた。ほんとにちょっとだけで、それも、強く意識してることでないと読めないけどね。それに本人がオレに見えてないと駄目だ。
しかしまあ、この場合の村人達の考えは、別にそんな力がなくても手に取るようにわかっただろう。客もすぐにそれを感じてこう言ったからだ。
「言っておきますが、私は別に怪しい者じゃない。隣国のアンディーゴの街で店をやってるホアミーって者だ。アンディーゴのホアミー古道具店といえばその筋じゃ名の通った老舗なんだよ」
なるほど、やはり商人だったんだ。
隣国のイーリスは、国土こそ狭いが、平地が多く豊かな川が流れ、温暖な気候で、なかなか裕福な国だ。その城下町のアンディーゴは、美しい建物が並び、活気のある大きな街ということだ。オレは行ったことはないが、術師ギルドもあるのでオジェはよくお世話になっていたらしい。
そんな街の老舗の主人だと言われれば、物慣れた鷹揚な態度や、にわかでない食通ぶりも納得だ。
だが、そんな男と、ちっぽけな村で金貸しをしてるサフィックスに一体どんなつながりがあるっていうんだろう。
to be continued
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