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黒猫リンカの物語
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さっきも言ったとおり、オレは生まれて十年くらいの間、オジェの家のあるメロナって村で暮らしていた。オジェは困ったやつではあったけど、一応造り主としてオレを愛してくれていたのでまあまあ満足のいく生活だった。その生活が破れたのはやっぱりオジェの困った性格のせいで、遊び半分にいろんな結界を解いているうちについ深入りして、国王の宝物殿に入ったところを見つかってしまったのだ。
これはオジェの名誉のために言っておいてやろうと思うけど、オジェは別に宝を盗もうと思って入ったわけじゃない。
つまり、闇術師の情熱のせいなんだ。
警備が厳重であればあるほど、それを破ることに挑戦したくなる、らしい。性って言うのかね。
だけど、お宝がわんさとあるところに忍び込んでおいて、「入ってみたかっただけ」と言ったって通るわけがない。
そんなところはさすがに腕利きの魔術師達が守りを固めているから、なんとか逃げ出すことはできたものの、正体は見破られてしまい、国中のお尋ね者になってしまった。
家に戻る余裕すらなく身一つで国外に脱出するのがやっとのことらしく、オレには「通心」で『逃げろ!』と伝えてきたのが最後だった。
すぐに兵士達が家にどやどやとやってきて、家に火をつけた。オレは兵士達の足下を必死に走り抜け、家を出て風上に向かった。仔猫一匹のことなんか気にする奴はいなかったので逃げ出すのは簡単だった。
リューナの国の領地は、ほとんどが高い山で、夏でも雪が残っているようなところだった。寒いのが嫌いな猫の好んで住む土地じゃない。オレはもっと暖かい土地に行くことにした。そして今オレは、望みどおり穏やかな気候の土地に住んでいる。冬には多少の雪は降るが、飼い猫でいる限り凍える心配はない。当分、そう、怪しまれない限りはオレはここにいるつもりだ。
「リンカ、リンカ、ご飯よ」
今日もコール嬢ちゃんが可愛い声でオレを呼ぶ。
水晶亭の屋根で気持ちよく昼寝をしていたオレは、すぐに屋根の上から中庭のニレの木の枝に飛び移り、そこから開いている二階の部屋の窓に飛び、部屋を駆け抜けて厨房に走り込んだ。
「にゃーん」
「来た来た、お腹空いたでしょー、今日はご馳走だよ」
「にゃああん」
オレは嬢ちゃんの足に体をすりつけて甘えてみせる。
別に演技だけじゃない。オレを拾って飼うことを決めてくれたのはこの嬢ちゃんだし、怒るとなかなか厳しいパンチを鼻にくれたりもするが、優しくてあったかい心の持ち主だ。
オレはこの嬢ちゃんが大好きだ。
それに、ちょびっとだけ、「力」がある。
いわゆる普通の人達の中にも、ある程度術師のような力を持った人間がいる。嬢ちゃんには、オレの「通心」を読める力があった。
もちろん、自分じゃ気づいていない。
そういう人間は結構いるんだ。彼らに向かって「通心」してやると、彼らは目の前の猫が何か言ったとは思わず、「ふと、急に、自分が思いついた」こととしてそれを受け取るんだ。
オレは、嬢ちゃんがオレに名前をつけようとしている時に「通心」してみた。その結果、
「そーね...うん、リンカなんてどう?」
「にゃん!」
「あら、気に入ったのね。よーし、おまえはリンカよ」
ということになったのだ。
オジェが勝手につけた名前ではあるけど、やっぱり慣れてる名前の方がいい。
名前ってのはそんなもんだろう。
とにかく、その時からオレは水晶亭の飼い猫リンカになったのだ。
「いい子だねー、リンカは。ねずみは沢山取るし、お行儀はいいし。はい、早くお食べ」
その日の昼御飯はほんとに豪勢だった。余り物とはいえ、子牛肉だ。飲み物も水ではなくミルクだ。
泊まり客は一組だったけれど、どうやら物好きな金持ちの物見遊山らしく、その日でもう三日も逗留していて、まだ発つ気配も見せない。しかも、まだ若そうな割には舌が肥えていて、フラッグスの料理をいちいち勘所を押さえた褒め方をするのだ。
日頃、牛と豚の違いもわからない人々相手に料理を作っていたフラッグスがこれで張り切らないはずはなく、今日はついに子牛肉からストックを取って澄んだスープを作ろうとしているらしい。
さらに、今日はどうやらもう一組特別な客があるようなのだ。
水晶亭の食堂には、旅籠の泊まり客だけでなく、村の人々もやってくる。
ちょっと午後のお茶をしに来る奥さん達もいれば、家族で週に一回夕食に来る家もあるし、男達は土曜の夜に酒を飲んでダーツを投げたりする。
だけど、村の人々のうちでめったに、というかオレの覚えてる限りじゃ一度も来たことのない男がいた。
金貸しのサフィックスだ。
五十くらいの、筋肉質の男で、頭はそろそろ禿げかかっている。
村の外れの大きな屋敷に住んでいるが、ケチで使用人を雇わないので荒れほうだいに荒れている。昔は奥さんと子供がいたが、ある時ついに我慢できなくなって逃げ出したらしい。
でもサフィックスは気にしていないようだ。
かえって、金を使うことがなくなって喜んでるんだろうぜ、と村の人々は言っている。
サフィックスの趣味は金儲けなのだ。
嫌いなことは金を使うことだ。
オレはサフィックスが人に金を貸すのを見ていたことがある。
「お願いしますよ、二メガバイトでいいですから」
「あんたね、そう簡単に言わないでよ。二メガバイトで、いい?」
「あ、いえ、そんなつもりで言ったわけじゃ...」
「たった二メガバイトって思ってるんでしょ。あたしがそれを稼ぐのにどんなに苦労したか...」
「いや、そりゃあもう...」
「あんたはいいよね、ここに来てちょっと貸してくれって言えば手に入るんだものね。たった二メガだ」
「すいません、俺が悪かったですよ。お願いします、貸して下さい、二メガバイト。必ず利子をつけてお返ししますから」
「当たり前だよ。ほんとはあたしゃ嫌なんだよ。大事なお金をあたしんとこからよそにやるのなんか。せめて子供を産んで帰って来てくれるんだからと思って我慢してでもなきゃ...」
「......」
「何だい、何か文句でもあるのかい。あたしが、お金を自分の子供のように大事にしてるのが何かおかしいとでも言うのかい」
「いえ、滅相もない。大事なお金、いえ、そちらのお子様、大切に使わせていただきます。一月経った暁には必ずや玉のようなお孫さんと一緒に...」
借りる方もつられて、ついには金を借りるんだか養子でももらうんだかわからなくなってくる。
こんな調子だから当然サフィックスは村中の嫌われ者なんだが、本人は全然気にしている風はなかった。
嫌われてると言っても、とにかく村のほとんどの人間はサフィックスのお世話になっている。今現在借りがなくても、いつお世話になるかわからないのだから、下手に機嫌を損ねることはできない。だから表面上は愛想良く挨拶し、深々と頭を下げてみせる。サフィックスにとっては、それで十分満足らしかった。
彼は廃屋のような屋敷の一隅で死なない程度に自分で掃除をし、食事を作って食べていた。昼間は金を借りに来る人間や、利子を払いに来た人間の相手をし、日が落ちると、灯りをともすお金を惜しんですぐにベッドに入った。
こんな人間にとって、外で金を使って食事をするなんてことが法外なことだというのはおわかりだろう。
だが、その法外なことがその日起ころうとしていた。
to be continued
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