天下夢奏
〜戯曲『無銘の御剣』より〜
第1楽章 第1幕 ―テータ―
ヴォア=ラ=ダール大陸から北へ二百日、東西に伸びた龍の姿をした大陸、エプルーエ大陸。
そこには五つの大国と数限りない小国が存在する。
普段から貿易も行われず、各国の様子は決して両国間に伝わる事はない。
だが、今や大航海を行うための巨大なガレー船も開発され、今まさにその幕開けとも言える時代だった。
そんな矢先、今まで長きにわたって続いていた戦乱もやっと終止符が打たれ、歴史上一番平和な時期にあった。
だが戦乱の残した疵は大きく、国が国として立ち直るためには長い年月を必要として、とても新たな国との関係を作る余裕などない。
もちろんその疵のお陰で平和を享受できない人間だっているのだ。
それが戦争で多くの傷痕を負った者達、一般に『戦争の犠牲者』と呼ばれている人々だ。
しかし、怪我をして動けない彼ら以外にも変わり種の『犠牲者』もいる訳だった。それはまた別の呼び方があった。
──戦の刺激が忘れられず、刺激の薄い平和な世の中に順応することのできなくなってしまった者達、『はみ出し者』である。
大抵彼らは傭兵や、よほどひどい戦地にほうり込まれた兵士、それに強さだけを求め続けて闘ってきた者だったりする。
そのため『狂人』扱いを受けることもしばしばある。
大陸に縦横無尽に張り巡らされた巨大な森林にすら走る街道。
この大陸の全土を覆う、まさにこの大陸の中で知らない者はないものだ。
これは長い平和の中では商人達の商魂こそが唯一にして最大の権力である、最大の証でもある。
彼らが作り上げた街道はこの国の――いや、この大陸の全ての都市を貫いている。
それは軍事的価値もさることながら、この大陸を旅する人間達にとっても非常に有益な物であることは言うまでもない。
交通機関の発達していないこの時代、徒歩での旅行には危険がつきものだからだ。
とはいえ場所によってはやはり舗装がしっかり行われているとは言い難い。
元々石畳の道という物は簡単に痛み、手入れを怠れば傾き、とても馬車で通れる物ではない。
それも国が作って管理する訳ではないから尚の事である。
となれば、ますます人が通らなくなる。
代わりにはびこるのが化物だ。
獣との違いはただ一つ。化物の方が体が大きくより人間にとって脅威であると言うこと、である。
獣と化物は生存場所が大きく違う御陰か決して生存競争には関わらない。
どうやら彼らは、過去に人間が人間を倒す為に作られた物なのかも知れない。
吹き上がる血飛沫。いかに普通の獣とは違う姿形でも、肉体を持った生命には違いない。
その身体にはぬめりのある濃い体液を流し、痛みに声を上げる。
地の底から響くような呻り声。
そこにいるのは犬のような化物。
巨大な黒い姿に、充血したような赤い目。
人間の拳程もある犬歯は地獄で哀れな罪人を出さないための門番、ブラックドッグにも見えるだろう。
だが今やその険のある表情も一筋の刀傷により歪んでしまっている。
大の大人でも震え上がりそうな声を平然と受け止めるのは、一人の男。
それ程膂力を感じさせない細身に、不釣り合いな幅広剣を持っている。
楯を持っていないのは、余程腕に自信があるのか、それともただ無謀なだけなのか。
黒い塊が動いた。
一瞬の閃きが再び走る。
どん
黒い塊が横に転がる。今度こそ苦しげな声を上げた黒い犬に、男はゆっくり振り向いた。
男の足下に毛の塊がある。それは黒ずんだ血の海に沈んだ、犬の足だった。
「やっと音を上げたか」
男の口元が切れ上がるように吊り上がり、笑みを浮かべた。
多分気の弱い人間なら今の笑みを見ただけで倒れただろう。
彼の半身は返り血で黒ずんでいたからだ。
口元の血を拭うと無造作に近づく。
「獣よりたちが悪いのは」
振り上げる。
血飛沫が上がり、ますます悲鳴は酷くなる。
「死なねえ上に、『生きる』事よりも『人間を殺し』たがる」
何度も、何度も繰り返し剣を振り下ろす。
振り上げる時、ぐしゃぐしゃの横っ腹からはみ出た内蔵を引っかけても、気にせずに振り下ろす。
次の瞬間、一際高く声を上げて、ぴくりともしなくなった。断末魔の声だったのだろう。
その途端、側の草むらから人影が飛び出してきた。
どうやら今の今まで側で見ていたらしい。犬が死ぬのを見計らったようなタイミングだ。
「終わった?」
身長は1m強。どう安く見積もっても十は越えていないような少年。
なのに、一人前に麻の服を着込み、厚手の旅行用マントを羽織っている。
履き慣れている革靴に、もう何年も使っていそうな紐がくくられている。
男は返事をせず、大きく剣を振った。石畳に血糊が飛び散り、むっとした臭いをまき散らした。
「…まだ返事をしてくれないんだ」
そこの屍体には声をかけたくせに。
無言の圧力。
彼の目つきは明らかに歳不相応な『大人』の目つきだ。
「次の『邂逅の日』はまだかな〜」
びくん
明らかに男の肩が震えた。
が、それ以上の反応を見せないので、少年は肩をすくめてため息をついた。
男は道の外に降りると背袋を拾い上げて中から着替えを取りだした。
まさか、化物の血を浴びたまま歩く気になれないからだ。
「水、浴びないの?」
少年は訪ねながら自分の水筒を差し出して首を傾げた。
「…何故、気にする」
そこで初めて男は、少年に声をかけた。
街道を辿っていけば必ず街にぶつかる。しかし、化物の為に必ず用心棒を雇うのが習わしとなっている。
少年は、男を雇っている風ではない。
むしろ、男が少年を連れて歩いている様に見える。
時折男の方を見て、何とか話すきっかけはないか探している。
しかし男はそこに誰もいないかのように振る舞い、少年の事を気にかけようともしない。
つい先刻、ほんの一言話した切りだった。
「気にしちゃ、だめ?」
男はにっこり笑って差し出されたタオルを無造作に受け取って、身体を拭いた。
不思議なのはこの少年が文句を言わず側にいる事だ。
確かにここで見捨てられたら困るかも知れない。
しかし、どちらかというと無理に連いて行っているというよりは、男の方が逃げているように見える。
少年は少し気をよくしたようだったが、まだ話をすることができないのが悔しいらしい。
先刻からずっと難しい顔をしている。
「あ、街だよ」
それでも、つい口をついて言葉が出るたちらしい。
彼は街道の先を指さして言った。その先に、陽炎にかすむようにして佇む街が姿を現していた。
もうずいぶん西の方へ歩いてきた。
感慨深いものが男の胸にこみ上げてきた。だが、冷たく機械的な表情には変わりはなかった。
境の街と呼ばれるそこは、国境側最後の都市だった。
この辺りは小国家群がまるで一つの国のように形成されている。
初めはただ小さな国が乱立して、戦争を続けていたらしい。
しかし、巨大な国家同士の争いが彼らに向けられた為に慌てて結束してそれに対抗したと言われている。
今では、この小国家群も相応の軍事力を持ち、この大陸では郡その物が国として通用している。
まだ昼前、バザールの中もごった返している。
「取りあえず宿を探そ」
そう言って男の足にぴったりくっつく少年。
多分誰の目にも仲のいい兄弟に見えるだろう。
親子には少し男の年齢が若すぎる、ただそれだけの理由だ。
男はふりほどくことも返事もしない。だが、ゆっくり差し出した足は、宿屋街に向かっていた。
良く晴れた、気持ちのいい朝。
丁度昼前だと言うこともあり、まだ混雑もしていない。
農村では1日2食は当たり前だが、街中まで来れば話は別だ。
それなりに収入もあり、『道楽』もある位、食事は満たされている。
酷い所になると1日5食も喰うらしい。無論、その時はほんの少量づつだが。
勿論、男は少年の事など気にしない。迷うこともなくすぐに適当な宿へと入る。
「親父、部屋ぁあるか」
薄汚いカウンターに、煤だらけのランプがゆらゆらと薄灯りを灯している。
炎の舌が動く度に複雑な皺の影を、親父の顔の上に作る。
「部屋はありますけどねぇ」
カウンター越しに、ちらちらと彼の後ろを窺う。しかし彼は平然としている。
「どこでも構わん」
親父の目と、少年の目が合う。すると、彼はそれと分かる妖艶な笑みをにやっと浮かべてみせる。
ぞくり
親父の背筋が冷たくなった。
理由は分からない。
ただ、彼の目を見た途端、何か怖ろしいモノに見つめられたような気がしたのだ。
――そんな馬鹿な
気がつくともう目線はそれていた。
「…親父?」
男の声に宿の親父は現実に引き戻された。彼は、何も考えずに慌てて答えた。
「あ、はいはい。おーい、客だ、案内しろ」
部屋は非常に衛生的に良くないものだった。
そのかわり安い。典型的な安宿である。
ただ真新しいベッドに綺麗なシーツが被せてあるのだけが救いだ。
…ただし、こういう場所の綺麗なベッドなどあり得ない。
相当汚いベッドで、せめてシーツを被せないと寝られる物ではないのであろう。
もしくは、ここで何かあったのかも知れない。
さらに、ベッドは一つしかない。つまり、一人部屋だ。
「汚いへや」
苦い顔で呟く少年の側に、放り投げるように荷物を置く。
「見張ってろ」
少年の返事を待たず、それだけ言い残すと彼は部屋を出た。
別に信用しているわけではない。
荷物だって、元々盗まれて困るものは入れていない。ただ、彼が荷物を盗んで消えるのならその方が安いと感じているだけだ。
――さっさと消えろ
言外にそう言っているのだ。
しかし、別に用なく外に出たわけではない。これから仕事だ。
彼は中央の通りから外れて、普通旅行者や良識のある人間は通らない場所へ足を踏み入れる。
通常、そんな場所にある店はギルドの息がかかっていて、場所によっては人買い、殺人、その他諸々の犯罪を平気で行う場所でもある。
だから、ここでは彼の探すような仕事も、それを与えてくれるような人物もいる訳だ。
「まて」
入って数分も立たないうちに声がかけられた。
どうやらもう囲まれているらしい。
「ここから先には入らせねぇぜ」
陳腐な科白を残して男は残骸になった。
既に白刃が閃き、一瞬でただの肉塊と化したのだ。
勿論、男の剣だ。恐らく何時抜いたのかすら見えなかっただろう。
今殺された男も、何時死んだのか分からなかっただろう。
そして、彼の剣には血糊すら残っていなかった。それだけ剣速が早かったからだ。
男は何事もなかったように、表情すら変えずに立っている。
「なっ」
案の定、大慌てで彼の前に――包囲を崩して――現れる。
一部は既に逃げたかも知れない。
どっちにしてもこれで全員ではないだろう。
狭い路地を埋めるように男が現れた。
彼の目の前を、思い思いの武器を持って彼を睨み付けている。
「ぐだぐだ言わずにかかってこれないのか?それとも、俺もぐだぐだ言ってやろうか?」
男の口が、ゆっくり吊り上がってくる。
「俺の名はロー=クリタニカ。『殺戮者』のローだ」
ざわ
一瞬のざわめき。
そして、一気に静寂が訪れた。
その場にいる人間全て、彼の冷たい笑みに凍り付いて動けなくなっていた。
「どうした?」
路地は普段の静寂を取り戻した。
どちらにしてもこれだけ騒ぎを起こせば、通常は『責任者』が出てくるはずだ。
ロー相手に十分戦える奴がいるとは思えないが。
そこまで思案しているうちに、足音が聞こえてきた。
今まで黙り込んでいた群衆共は足音につれてざわめきを増し、足音の主が彼の目の前に来た時、再び群衆は黙り込んだ。
ローは渋い顔をした。それは、現れたのが意外にも若い男だったからだ。
「お前がローか」
値踏みするような目つきで男はローを一瞥する。
男は肩幅が広く、十分に筋肉質であり右目から頬にかけて切れた痕を残している。
そのせいか表情は引きつって見える。
「…お前は、この区画を仕切るのか?」
男はにやりと――やはり引きつった笑みで――笑い、答えた。
「そうだ。俺がこの街の、この付近一帯の主だ」
「仕事を貰いに来た。俺のできる仕事を分けて欲しい」
非常に端的且つごく必要最小限度という言葉を呟いて、ローは男の出方を見ることにした。
男は腕組みをしてじっと黙って立っている。
しばらく目を閉じていたが、やがて口元を歪めて笑った。
「度胸のある奴だな、噂通り。うちの奴を一人ぶち殺しておいてそれか」
挑発するような笑みにもローは揺るがない。
冷たく強い光を湛えた瞳をただ一点―男の喉元に突き刺したまま、どう出るのかを見ている。
「…いいだろう、恐らく俺達では手に負えない『奴』がある」
そう言うと両腕を解いて大げさに広げて、肩をすくめてみせる。
「取りあえずウチに来い。こんな所で立ち話も何だろう」
この辺のやくざな連中を仕切る割には男の雰囲気は少し毛色が違う。
おそらくは実力重視のギルドなのだろう。
この男から感じるものは純粋に殴り合いの好きな男の持つ雰囲気に似ている。
彼がローに背を向けると群衆はざっと散った。
それだけ彼を信用しているか逆らえないかのどちらかだろう。
ローは彼の後ろからついていった。
路地とはいえここは彼らの住処だ。無計画発展を繰り返した歪みがここに集中している。
周りから見ると隙間無く住宅があるように見えるが、実際路地に入るとかなりの広さがあることに気がつくだろう。
周囲の目を気にしないで隠れ住むことができる唯一の街の暗部。
迷路のように入り組んでいるために奥まで手入れができないせいで、こんな風なストリートギャング紛いな組織ができあがる。
やがてそれは強い実力者によって束ねられる事がある。
そんな一大勢力になれば政治家とも繋がりができる事がある。
通称を『盗賊ギルド』、ギルドと簡単に呼ばれる存在だ。
彼らはその存在を否定されたことはない。無論犯罪者集団だからそれなりに嫌われているのだが、政治的に見れば別だ。
彼らにもそれなりの役割と存在意義がある。彼らの暗躍が政治的な工作に成り得る、そんな政治形態なのだ。
案の定ぐるぐる連れ回されて方向感覚は完全に途切れた。
時折別の道から同じ場所に出たこともあったが、ローは気にしなかった。
外者をそんなに簡単に信用しない、彼らの良くやる手である。
「さあ、ここだ」
方向感覚を失ったローにはここが入り口からどのぐらいの所かすら分からない。
これは逃げることもできない、彼らの懐に入ったという事なのだ。
しかし、彼らの懐は以外にも小綺麗な建物だった。
煉瓦造りの2階建ての屋敷だ。雰囲気的には中流階級の屋敷、と言ったところか。
ローの想像していた薄気味悪い地下室とは違う。やはりこの雰囲気が影響しているのかも知れない。
「どうした?あんまり綺麗なんで驚いたか」
ローは質問には答えず一瞥をくれる。男は少し寂しそうに笑って入り口へ促した。
「もう少し表情を見せろよ。これでも俺達は由緒正しいギルドなんだぜ」
彼はまた肩をすくめた。中には何人かの男がいた。
隅っこで煙草をふかす奴、カードゲームに興じる奴ら、胡散臭そうにこちらを見る男、酒瓶を片手に一人で酔っぱらっている奴。
「ほら、そこに座れ。…おい、グラスと酒だ」
すぐ奥にいる男に声をかける。
男はばね仕掛けのように弾けて、すぐに走っていった。
「俺は呑まない」
「ん?そうか。…一つ、ついでに忠告しよう。警戒するのは賢いが、相手のボスが差し出した酒に口を付けないのは賢くないな」
周囲を見て見ろといわんばかりのジェスチャー。
先刻までこちらを見ていなかった奴らまで、全員がローを見ている。それも、あまり良い雰囲気とは言い難い。
「腹を割って話そう。我々のルールの一つだ。あまり誰とも仲良くなりたくはないようだがな」
ローは鼻で笑うと口元を歪めた。
「分かった。…が、別に警戒しているわけではない」
呑む訳にはいかない理由がある。彼は、しかしそれ以上言わなかった。
ボスが手前の机に座って手招きするように椅子を指さした。
ローはそれに従って彼の前に座る。
「さて、仕事が欲しいんだったな」
彼が言うと、後ろの方から先刻の男が――かなりの若い男だ――グラスと酒瓶を持ってきた、きちんとグラスを二つ持って。
彼がグラスを卓に置き、琥珀色の液体を注ぐ。
「ああ、お客人の分は少な目で構わない。あまりいけない口らしい」
青年は頷いて、グラスの底にたまる程だけ注いだ。
一口にもならない量だ。ここまでされれば呑まざるを得ないだろう。ローは軽く舌打ちした。
「では、まずは」
彼がグラスを取る。ローも習うようにして取ると、グラスを差し出した。
「我々の信頼に」
「…我々の信頼に」
きぃん
澄んだ美しい音が響いた。
分かる人間なら分かるだろう、このグラスの価値が。
通常玻璃のグラスというのは純度が低く、甲高い音はしない。
ガラスとして精製する際に混ぜ物をするせいだが、これが粘度を上げて硬度を下げる。
だが、混ぜ物をしないガラスは、通常水晶並の堅さを持つと言われている。
その精製法も非常に高度で難しいために一般家庭にはまず無い。
まず間違いなく、これは彼の随一のグラスだ。
ローは嘗める程の量の酒を一息に飲みきると、丁寧にグラスを置いた。
一瞬遅れて感嘆の声が挙がる。
「以外だな。育ちが悪いわけではないか」
どちらも腹のさぐり合いをしているようなそんなやりとりだ。
ローの仕草が乱暴な物でもなく、グラスの取り方、握り方も堂に入った物だった事に気がついたらしい。
「それより仕事の話だ」
男は頷いた。
彼は羊皮紙の地図を頼んだり、金貨の入った袋を用意させたりして仕事の内容について説明を始めた。
「まず初めに断って置くが、俺達は政治に関わるような仕事は行わない。
これは我がギルドの最低限度の『生きるための知恵』だ。まずそれを理解して欲しい」
ローは頷いた。
「まあ、時々…好きかってやるのが好きな奴もいるんだが…おかげで少し困ったことになっちまった」
彼は両手を顔の前で組み、上目で覗き込むようにローの顔を見る。
「…とある人物を捜し出して殺して欲しいと言う奴だ。何が困ったことかと言うと、依頼主が『上客』だってことだ」
今度は両手を開いて呆れたような顔を見せた。結構ころころ表情が変わる。
「断るに断れない相手で、「ウチに便利屋はいないよ」っていうと、「だったら探してくれ」って始末さ。
まあ、向こうも無理を承知で頼んでる雰囲気はあったけどな」
「…それで」
「前金がこの金貨だ。終了次第、ギルドを介してくれれば直接依頼主に連絡して報酬を渡す。
詳しくはこの地図を読めばいい。俺達は詳しいことを聞かされていないしな」
?
ローは眉を顰めた。
「聞かされていない?ここに依頼に来た訳じゃないのか」
いや。
そもそも変だ。
何故そんな遠回しに依頼をしてきたんだ?
男は苦い表情をして口を歪める。
「お前は耳もいいし頭もいい。
…ウチのギルドはお前が想像しているよりも大きい。ここだって支部に過ぎない。
俺はしがない支部長だが、ここでは権力を持っているつもりでいたからな。
愚痴になるかも知れないが、これはウチのギルドが依頼された物だ。
何故上がこんな依頼を受けたか俺達は知らないし、教えてもくれない。
だが、仕事相手が見つかれば言うことはない」
男はそれだけ言うと立ち上がった。
「ウチは結構勢力が大きい。この国じゃどの街にでも支部はある。
成功報酬は、どの支部で話をしても貰えるはずだ。これを持っていけ」
彼は卓に金貨を弾いた。
二、三度卓で弾けるが、やがてそれは回りながら止まる。
よく見ればそれは金貨ではなく、丸い円盤だった。少し隅の方に文字が刻んである。
「ギルドの関係者の証だ。それがないと多分話を付けられないからな」
動かないローを見て、男は首を傾げると言った。
「胡散臭い話は嫌いか?」
それには少しだけ顔を上げると答えた。
「俺には選ぶ権利はない。…ただ、少しだけ気になることがあっただけだ」