魔王の世界征服日記
第10話四日前
サッポロ防衛軍トマコマイ防衛隊の主な任務である、トマコマイ前哨。
トマコマイ砦からさらに前方2kmほどの位置に並ぶ分哨所と遠見やぐら全てをさして言う。
規模は十人前後、一人の兵卒長が前哨長としてそれぞれのやぐらに人員を配置している。
他、砦に交代として二組、いざという場合の戦闘要員として勤務している。
前哨での勤務は一日交替なので、だいたい二回つけばあとは戦闘待機、平和なら特に何もない楽な勤務だ。
トマコマイ防衛隊はアキ元帥率いる2個師団が存在する。
一つの師団には一人の中将、もしくは准将、そしてその元に二人の軍団長、二つの軍団がある。
通常であれば軍団は4つの歩兵、重装歩兵、騎兵、弓兵という兵団が存在しなければならないのだが、この軍団には歩兵と重装歩兵の二つしかない。
規模的には一個師団で二つしかない、そういう大きさの部隊なのだ。
その中で『ミマオウ組』は歩兵兵団の斬込隊こと第三番隊にいる。
一応解説しておくと、この間登場した兵団長はこの歩兵兵団の長である。
第一番隊から四番隊まで、それぞれ得意分野がある訳だが、隊長の癖や性格でいろんな呼ばれ方をするのだ。
この四つの部隊が、それぞれ一週間に一度の割で砦に勤務する。
第三番隊が勤務するのは一週間後。今回一緒に勤務するのは重装歩兵兵団の第三番隊になる。
「『テロメアの塔』は、どんな宗教なんだろうな」
トマコマイ前哨の準備をしながら、ふとナオがキリエに言う。
干し肉、乾パンを詰めた袋とか着替えを無造作にバックパックへと詰め込むキリエは、ふと貌をあげた。
「なにー、どうせ危ない宗教だから生け贄とか捧げて『我らをたすけたまへー』とかやってんじゃないの」
「そうでもないぞ」
と、ナオの後ろから声をかけてきたのは、既に背にバックパックを背負ったコノエだ。
「おう、もう準備終わったのか」
「何言ってるんだ、準備なんかとっくの昔に終わってる。……何を詰め込んでるんだお二人さん方」
コノエは勤務用の着替えやらなにやらは、砦から帰ってきたらすぐ新品に入れ替えて放置するタイプ。
もちろんその中に食料なぞはいっていない。
キリエもナオも、持ち込むおやつを詰め込むついでに新しく詰め直すのだから、こんなもんといえばこんなもんだが。
「夜のおやつ」
はぁ、とため息をついて両肩をすくめてみせるコノエ。
「まあともかく。『テロメアの塔』の連中、ありゃ自殺志願者の群れだよ」
へ?と眉をひそめて間抜けな声を上げるナオ。
「ああ、たぶん危ないのはテロリストの連中で、名前を『テロメアの火』って言うらしいぞ」
「……詳しいな」
「そりゃ」
ナオの言葉にうれしそうに目を丸くしてにたーっと笑みを浮かべた。
「情報局行き狙ってるんだ、情勢をちぇっくするのは趣味みたいなもんさ」
そして子供のようにけらけらと笑うと、一転してまじめな顔になる。
「ナオ。奴らはどこでもいろんなところでやばいことをしているらしいって話さ。目的は『世界の滅びを与える』だって」
「……そりゃ……」
キリエが眉をひそめ、絶句する。
ちら、と彼女に視線を向けると、ナオはコノエに向かい言う。
「要するに破滅的な連中のくせに、その教義を人に押しつけようってのか」
にや、と口元だけを歪めるコノエ。
それを見てふうとため息をついて肩をすくませると、残りの荷物をぎゅうぎゅうに押し込んで口を締める。
「うーん、どうなってんのかね」
「どっちにせよ、今はこの辺では見つかってないし、事件を起こしてる訳じゃないからね」
気楽に言うコノエに対し、ナオはまじめな顔を崩さなかった。
テロメアの火、テロリストというのは魔物とは大きく違う。
魔物っちゃぁ、どう見たってまず生き物であるかどうかすら不安定な妖しい存在。
見れば判る、一目で敵と理解できる。
だからこそ、ここサッポロはトマコマイという砦を境にして、魔物の進入を今まで防いできた──たった一つの例外を除いて。
そう、外観が人間そっくりな場合を除いて、だ。
テロリストという存在のやっかいさは、外観では区別できないということ。
同じ人間同士なのだ。ただ少しだけ、ほんの少しだけ考え方が違うだけ。
それなら自殺志願者であるテロメアの塔の方も同じ。信仰は自由なのではない、信仰を遮る手段がないのだ。
だからやっかいなのだ。
人と同じ姿をした敵を、この砦では防ぐことができない。ナオは既に一度、それを経験してしまっている。
ウィッシュとヴィッツ。
──そう言や……元気かな
いろいろあったけど、あの旅は楽しかった。
それにキリエが若返ってしまったのも彼女のおかげ(?)だし。
ナオは最後の勇者の思い出を思い返して、ふっとキリエを振り返った。
案の定彼女の顔色がよくない。
「なあコノエ。情報局希望のお前にすこーし頼みがあるんだが」
アキは相変わらず鼻歌を歌いながら、司令室でお茶を飲んでいる。
ずぞぞと。
そして、彼女の隣でかりかりと書類仕事をしているのはフユ。
基本的にフユの仕事はここでいろんな書類を仕上げること。アキもほとんどがそういった仕事ばかりしている。
「姉さん、いきなり訓練計画をひっくり返されたせいでいろいろ大変なんですけど」
「そね。がんばってね♪」
じろ、とにらむ彼女をスルーして、アキはのほほーんと笑う。
「『がんばってね♪』じゃないです」
声まねしてみても、にこにこのアキには通じない。もちろんアキは彼女のそんな態度も『かわいい♪』ぐらいにしか感じていない。
「訓練計画はみーちゃんのおしごと。私は空いた穴を埋める作業よ」
はぁ?と眉を吊り上げて不思議そうにアキを見返すフユ。
フユの様子に小さく首をかしげて、右手の人差し指で自分のほおをつく。
「わっからないかなぁ。『穴』はなにも訓練だけじゃないのよ」
そういってため息をつくと、ジト目でにらんでいたフユもはっと目を丸くして伏し目で黙り込む。
「ねえさん」
「ん?」
にこにこ。
フユが困った貌で深刻な声を出しているのに、アキはどこかのんびりした声で、いつもの笑顔で応える。
「……それで何をやってるんですか?」
んー、というとアキは小さく笑い、背中を椅子に預ける。
「連絡待ち、かな。一応はわたしも手をこまねいているのよ」
「相変わらず意味がわかりません。訓練計画だけじゃ収まらないでしょう、私が」
「みーちゃん」
びしり。
右手の人差し指で、フユの鼻の頭をつきさすアキ。
うめき声を上げて貌をのけぞらせるフユ。
「何を」
「みーちゃんは訓練計画。他の穴は私がうめるの。……フユ、あなたはもう前線に出てはいけない」
「どうして」
鉄面皮と呼ばれていた、冷酷と言われた彼女が動揺を隠せない。
家族の前だけで崩した貌も、ここまではっきり驚きの表情に変わったことはなかった。
「『戦争』って言うのは、強力すぎる力があってはいけないのよ。魔物から国を守る為だけに、みーちゃんの力は使われなければいけなかったの」
フユは反論しようと言葉を探すが、アキが言いたいことが判るだけに言葉にはならない。
ヒト一人の力で、ヒトを殺しすぎてはならない。
魔物との戦争において彼女は、大義名分はともかく殺しすぎた。あのトマコマイ砦でのナラク発動は、自軍に対しても多大なる被害を与えた。
彼女が唇をかみしめるのを、アキはふっと小さく息を吐くように笑い、席を立って彼女の真後ろまで近寄る。
そして何も言わずに抱きしめた。