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魔王の世界征服日記
第8話 休憩時間


「あーまったくやになるぜ」
 ふんぞり。
 ナオは先刻の時間、半分を結局寝て過ごすという羽目になった。
 原因は言うまでもない。
「お前が変なこと言うからだろ」
 しかし原因は決して退かない。勿論退くはずもない。
 ナオがぎろりと睨むのを、涼しくもなく受け止めて睨み返すのもいつものこと。
「はいはいはーい、お二人さん相変わらずねー」
 その二人の側に陽気な声で気軽に近づいてくる事ができるのは、彼ぐらいなもの。
 すらりと背が高い御陰でスタイルは良いのだが――元々背の高い方ではない二人の側に来ればその大きさが嫌でも目に付く。
「でもここは教場、そこは弁えた方がよくないかい」
 がっちりした両肩を見せつけるように割り込み、にこにこしながら二人を見るこの男の名は、コノエ=マモル。
 ちなみに独身。
 おかげさまで同性好きじゃないけど疑惑持ちで、未だに女性にもてたことのない男である。
「何だよコノエ」
「言いたいことは判るがナオ君。講義は中断される、君は勉強できない、悪いことばかりだと思わないかい?」
「それはだから」
 ぎろ、と睨み付けるキリエと、右手の人差し指をくるくる回して舌打ちしてみせるマモル。
「まあ、それはともかく。まだ授業はあるしおとなしくしてくれよ」
 このおとなしくが、決して静かにしてくれという意味ではないことは明らかだ。
 キリエを睨むナオに、キリエはわずかにひるんでみせる。
「さて、それよりはナオ。最近へんな奴らがうろついているんだが、知らないか?」
「変な奴ら?」
 マモルはこくこくとうなずくと、ナオの前の机に腰掛ける。
 腕組みをして大きくため息をつくと、眉をハの字に曲げて続ける。
「ああ。もしかして耳に入ってるんじゃないかって思ってたんだけどね」
「もったいつけるなよ」
 だが曇った貌がはれない。
 ナオはずばずば物を言う彼がここまで遠回りに話すのを聞くのはこれが初めてだった。
「勇者がでてるんだって」
 彼が続けて口を開くのに、かぶせるように言った。
「……はぁ」
 それだけなら彼も特別何も言うことはない。
 勇者というのは彼だけではないし、既に判っていることだが――勇者というのはいわば魔王と対決する際の『役割』にすぎない。
 それをクリアしたら、報酬が与えられるという事も。
 ナオ自身『最後の勇者』であるという自覚が有るわけではない。
 ただ。
――まお
 ふと気になった。
 なんだか冗談のように魔王の軍団を率いていたまおとの対決。
 そして、ふざけたような終わり方。
 まおはやっぱりまおだったし、本当に魔物はいなくなってしまったし。
 あの時のまおの顔を思い出して妙に寂しさを憶える。
――どこかでまだ魔王やってるのかな
 コノエのため息をつく声で我に返る。
 どこか馬鹿にしたような、怪訝そうな顔で。
「何惚けてるんだい?まったく、偽勇者さまご一行って奴の情報を提供しているというのに、この御仁は」
 反論する暇を与えず、彼はびっと人差し指をナオに突きつける。
「どこか懐かしい思い出に浸る貌をして」
「言い得て妙だなコノエ。俺もそう思ってたとこだ」
 ぱきぱきぱき。
 何故か嬉しそうな貌で、両手を合わせてぱきぱき指を鳴らすキリエ。
 ずい、ずいとナオに近づいてくる。
「ちょ」
 ぱきぱきぱき。
「んー?」
「……嫉妬か?」

  どむっ

「あーあ、そのとおりだよ」
 よくわかってるじゃねえか、と立て続けにみぞおちに、何のためらいも容赦もない拳が沈む。
 何が起こっているのかよくわからないマモルは首をかしげているが。
「夫婦げんかはともかくだ。知らないならともかく、あまり勇者らしくない奴らなのでどうしたものかと思ってるんだが」
「……らしくない?」
 げほげほと咳き込みながら、彼は聞き返す。
「ま、手当たり次第に『俺は勇者なんだが何か知らないか』って聞き込みやったり、無断でヒトの家に侵入したり」
「勇者以前に泥棒のような気がする」
 そこは同感のようだ。
「ナオ。果たして、今は平和なのかな」
「そこで何故俺を見る」
 キリエを同時に見た二人は、いやいや、と同時に首を振って肩をすくめる。
「冗談はともかくコノエ」
 聞くまでもない。
 何故そんな話を持ってきたのか――など。
「それは、『魔王』の話、なのか?」
 するとマモルはくいっと首をかしげてうーん、と小さくうなる。
「魔物が出た訳じゃない。元々の僕らの領分って訳でもない。むろん、キミが実質最後の勇者扱いだということはたいてい知ってる」
「そこが何故なのか非常に聞きたいんだが」
 誰も教えてくれないんだが。
「偽勇者に限った話じゃない。平和とか、幸せってなんだろうなと思ってね」
 はあ、と大きくため息をつく。
 ははーん、とキリエはジト目でナオの肩から貌を出す。
 ちなみに両手はナオの肩と首に添えてあって、彼を盾にしている。
 何の盾なのかは判らないのだが。
「彼女が欲しくなったろ?」
「人妻に言われたくない」
 じと。
 ジト目にジト目で返すマモル。
「というより、今の状況が魔物がいたあのころに比べてむしろ問題が多い気がするんだ。特に、人間同士の」
 ふむ、と腕を組むナオ。
 キリエは身体を離して彼の隣に立つ。
「国家間の戦争、治安の悪化。ヒトは死ななくなった代わりみたいに子供ができない」
 キリエの貌が曇る。
 実際問題、キリエにもナオにも問題がないのに子供がいないのが不思議なぐらいだ。
 しかし彼らだけではない。
 マモルは眉をひそめ、じろりとナオを見る。
「かこつけてるように変な宗教も流行ってるだろう」
「……そうだな」
 世紀末思想と呼ばれる考え方がある。終末思想とも言う。
 人間の精神状態にも波があるように、そしてまおが周期的に世界に現れていたように、ある周期でもって人間の思想も変化する。
 魔物がちょーりょーばっこしていた過去にはなかった新興宗教、『テロメアの塔』はたいていの国で禁教指定されている。
 何故なら、『終末』により人間が『救済』され、『幸せ』を手に入れるためには『終わらせる者』が必要であるとする積極的に滅びを求める宗教だからだ。
 シコクから生きて帰ってきた『天使』と遭遇した人間が作っただとか、テロリストが発祥だとか様々ないわれがあるが定かではない。
 子供が生まれないのも、世界が人間同士の争いで満ちてきたのも、今日めしにありつけないのも、隣のじいさんが五月蠅いのもすべて世界の終わりが近づいているからだと考え。
 やがてこの世界を滅ぼす事で救済される――などと、都合のいいように考えることで彼らは立派な犯罪者集団となりかわってしまう。
「幸せってなんだろうな」
「……なんだろな」
 キリエとナオは顔を見合わせ、両肩をすくめるマモルと視線を合わせて。
 一斉にため息をついた。

 


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