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魔王の世界征服日記
第6話追跡


「……ということなのよー♪」
「『なのよー♪』じゃない」
 司令室になぐりこみ、もとい駆け込んだ二人。
 アキから説明を受けたナオはむっとした貌で睨み付ける。
 なにせ。
「ダイトーキョーに新婚旅行に行ったって、誰が信じると思うんだよ」
 まったくである。
 ダイトーキョーはただでさえ広い。かといって観光名所がない訳でもないが、新婚旅行向きではない。
「……だったら何だと思うのよ」
 ふう、と呆れた貌でナオを見上げるアキ。
「あんたらだって新婚旅行に行ったでしょうが。えっと」
「えっとじゃないし俺らんことじゃないだろーが」
 だったらさ、とアキは右手の人差し指をくるくると回して言う。
「ユーカはなんて言ってた?」
 思い出す。二人の前に現れたユーカの科白は。

 『ミチノリは元気か?まだこっちに来てるのだろう?』
 『まさか。久方ぶりに顔を見に来ただけだ。尤も、昔はそういってアキ司令に会いに来てたんだが』
 『ああ、お前らの顔を見るついでに、ミチノリに、な』

「……確かに」
「納得するな」
 キリエを一喝すると、ナオはアキを睨む。
「隠してないか?」
「んー、二人が離婚してて今日再婚したって話は隠してたけど」
 アキは両手を組んで、その上に顎を落としてにやーっと二人を見つめる。
「それだけよ?それに、ユーカが何をしようと特に関係がないはずだけど」
「本当にそう思うか?」
 ナオは眉を寄せてじっと姉を見つめる。
 アキはにやつきをさらに強くする。
「思うわよ、普通」
 かみつきそうになる程視線を強めるナオより早く、さらに繰り返す。
「普通に生活していたならね」
 そう言うと彼女はにやにやを止めてナオをじっと見つめた。
 急に真剣になったアキの顔に、ナオはたじたじっと下がる。
「な、……なんだよ」
「元勇者としてなにか気になる?」
 む、とナオは眉を寄せたままうなる。
 今や『最後の勇者(The Last Hero)』はこの世界では有名すぎる有名人である。
 尤もそれ以上の特典が存在しないというのも不思議な物だが、きっとそんなものなのである。
 ねんのため。
「勇者の息子が旅立つには若すぎるし、なによりまだ子供がいないなんて、姉さん悲しいわ」
「そんな事で悲しまれても困るんだけど」
 キリエがさすがに悲しそうにというか、あからさまにあきれた顔でふう、とため息をついて言う。
「だって哀しいじゃない。また行くつもりなんでしょ、そう言う事があったならさ」
 フユが悲しむよー、とアキはからから笑いながら言う。
「ちょっと、姉さん」
「キリエちゃんは一緒になったから、勿論ついて行くつもりでしょ?」
 と、少しだけ優しい笑みを湛えてキリエを見つめるアキ。
 キリエは何の躊躇いも恥じらいもなくただこくりと小さく頷くだけ。
 面白くない。いや、既に何年もおくさんしてる人にそう言うのを求めるのは無茶だが。
「せめて身重ならねぇ」
「あのね。でもアキ姉、じゃ今回の件も何か大きく動くって話なんだろ」
 ふうと困った顔でため息をつくアキに、少し意気込みすぎて逸るあまりに噛み付くように言うナオ。
 え?そんなこと言ったっけとばかりに目を丸くして驚いて見せ、ぱちくりと瞬くキリエ。
「何にも聞いてないわよ。わたし、言った憶えもないけど」
 しんこんりょこーよー、とさらに付け加えるように言う。
「第一、今ので判らないかな」
 とアキは小首をかしげ、優しくにこっと笑う。
 『行くつもりなら、喩え知っていても教えない』
 暗に彼女はそう伝えているのだ。
「……行き先さえ判ってれば」
「それだけでどうにかなるんだー。魔術師みたいね」
 そう。携帯電話があったり、通信網が発達してたり、あまつさえ個人に番号が与えられ存在が確認されるような近未来ではない。
 一度顔を合わさなければ、同じ土地にいても再び会う事は難しいのだ。
 それは余程の偶然か――もしくは、ユーカのような魔術師が居場所を探るぐらいしか手段がない。
 アキも、今度はにやにやと余裕の笑みで彼を見つめている。
「それに無駄な努力をさせないわよ。いいことナオ。今度百人長の肩書きになるんだからね」
 う、とナオは眉を寄せる。
 ちなみにここの軍の制度は非常に判りやすい。
 一兵卒、兵卒長、百人長、兵団長、軍団長、将軍(准将、少将、中将、大将)である。
 アキとナオの間はすさまじく離れているが、家族なので気にしてない。これはミマオウ家の特徴だったりする。
「ひゃ、百人長ったって」
「馬鹿ねー、その位からは下からも上からも見る目が違うのに。第一ナオちゃん?兵卒長を動かして戦争に勝たなきゃいけないのに」
 十人の長である兵卒長とは大きく違う。
 今でこそ教育機関のような場所でただ物事を教えるだけだからどうにかなるが、ある目的を持った軍として行動を起こすためには、かなり複雑な知識と経験が必要になる。
「宿題だすわよ」
「わ、判りましたっ!」
 びしりと敬礼すると、彼は大あわてで踵を返し、キリエの腕をとってどたばたと部屋から退散していく。
 彼の背中を右手をひらひらーとふって見送ると、苦笑して手元の四角いボタンを見つめる。
 以前にも置いていったあのボタンだ。
――今度は押すような事態にはならないけど
 実は双方向通信が可能なボタンで、押されれば片方が押したことに気付くような仕組みなのだ。
 回数制限なし。待ち受け時間は壊れるまで。まさにまじっくあいてむと言う奴である。
「ま、うちからミチノリを引きずり出すぐらいだから、ナオだって気付くでしょうけどね」
 肉親として許可は出せない。でも、出て行くのを止める気はなかった。
 アキはそう言う人間だった。

 部屋を飛び出して、取りあえず建物の外までキリエを引きずったところでナオは足を止めた。
「……んで、どうするの」
 実際ユーカがわざわざ顔を出した理由というのが掴めず、ただダイトーキョーに行ったというだけでは何も出来ない。
 ナオもかなり苦い顔をしている。
 かといって聞いたキリエも意地悪で聞いたわけではない。
 そんな彼の様子を見ながらため息をついて、肩をすくめる。
「……新婚旅行って、訳にはいかないけど」
 すっと彼の右肩を後ろから抱くように近づき、自分の左頬を押しつけるようにする。
「何でも名目作って出てもいいだろ。休暇を取るのは権利なんだし、充分働いてたまってるだろ」
「んー、一週間ぐらいしかないけどな」
 ダイトーキョーでどれだけ張れば捕まえられるか判らない上、一週間だと殆ど身動きはとれない。
 結構ピンポイントにねらい打ちして、大金をはたいて始めて有効な短さだ。
「せめて一月かなぁ」
「……だな」
 ふいと右肩のキリエの顔に目を向ける。
 気付いてキリエは体を離して彼の貌を見る。
「ともかくどこか出かけようか?休暇を取るのは簡単だしな」
「そりゃ」
 キリエが困惑するのを見て、ナオは肩をすくめる。
「ユーカ達ならきっと連絡手段をアキ姉に渡してるだろ。小説で言えば伏線みたいな事する奴だから」
 ごもっとも。伊達に『狂言回師』ではないのだから。
 しかし今回の物語の狂言回しではない――それなりに重要な地位を得ているのは、以前の狂言回師が持つ情報が有効だからだ。
 キリエも困惑顔を少しだけ緩め、上目遣いで彼に窺うように見つめる。
「……我慢してる?」
 ユーカのことが気にならない訳はない。
 彼も、以前の『物語』で主人公だったのだから。
 物語――魔王と勇者が作り出す、全人類を導くためのシナリオ。
「そうかもな」
 はっきりしない答えにどこかむずがゆいような、苛立ちにも似た感覚を覚えながら。
「でも、今何が出来る訳じゃない。すぐにでも飛び出せるようにしておこう」

 結局、それが今の限界だった。


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