魔王の世界征服日記
第5話原因
今回は占いによるいい加減なものではなく、明確な依頼。
これにより、彼女は旅に出る。
「それで、うちの専属の治療師であるクガ=ミチノリを連れて行く許可が欲しい?」
ホンシューの中心にほどなくちかい、ダイトーキョー連合アキハバラ自治区ラジオ村。
アキハバラは通常、その形態を娯楽内容により大きく変更する。
この辺は同じ商業国家である隣国トーキョー自治区と大きく違うところだ。
ダイトーキョー連合は元々は全く違う『ダイトーキョー共和国』という国だった。
共和制を引いた、恐らくニホン唯一の国家だったのだ。
しかしそれもほんの一日で崩壊する。それは――まおの暴走によるものだった。
ダイトーキョーは一夜のうちに灰になり、その土地に出来上がったのが現『ダイトーキョー連合』と呼ばれる23の大小様々な国家である。
ダイトーキョー連合トーキョー自治区は商業国家として成り立っており、日用品も武器も、果ては人材までも売り出している。
自治区と呼ばれるが、その実態は国家である。あくまでダイトーキョー連合という『国』としての体裁を外面的に整える為の体裁、とも言える。
それもそのはず、ダイトーキョー連合を形成しているのは、殆どここに流れ着いた商人達が創っているからだ。
馬車鍛冶・販売、飛脚、馭者、荷役を一手に引き受けるハネダ自治区、傭兵国家オオタ自治区など、おおよそ普通の商人が扱わないモノもあるが。
「ああ、場所はアキハバラ自治区だ」
アキハバラ自治区はさらに複雑だ。
殆ど集落と呼ぶしかない程度の村が『それぞれ別に』存在している。
しかも出来たり消えたりその激しさはめまぐるしいモノがある。
この間まであったメイド村などは既に過疎化が始まっており、次に出来る村は何だろうと考える始末。
だが、そんなアキハバラの中でも最も古く消えていない村がある。それがラジオ村と呼ばれる小さな集落だ。
元々アキハバラ自治区はこのラジオ村だったと言われている。
しかし、まるで虫食いのように縮小し、今ではぱそ村やげー村とは比べものにならないほど小さい。
なおつい最近まで最大を誇っていたのがメイド村である。念のため。
ユーカは場所を説明する。
「ダイトーキョーだったころ、ここで事件があった」
トーキョーに隣接したアキハバラ自治区は現在ダイトーキョー連合では最大の国家である。
ただしラジオ村は最小の村落単位であるとまで言われているが。
アキは小首をかしげ、ぱちくりと瞬きする。
「それって、魔王が気まぐれで暴れたっていうアレのこと?そんな、今更調べる必要もないでしょう」
アキは呆れたようにため息をついて、じとりと視線を向ける。
「そんな事言って、実はシンジュク自治区でいいことしてくるつもりでしょ」
「それもいいな。終わったらシコクと思っていたんだが、シンジュクもよさそうだな」
と軽く流してそのまま視線をミチノリに向ける。
二人の視線がダイレクトに突き刺さってミチノリは小さく悲鳴を上げて縮こまる。
「……と、冗談はこのぐらいにしておけ」
くるりと向き直る。
「調べなければならない事が増えたんだ。その事件その物が実は今を創ってるとしたらどうする?アキ司令」
物騒な物言いで彼女は質問口調を彼女にぶつける。
アキの眉が一瞬だけ動いた。だが、彼女は沈黙を続ける。
「これはまだ仮説だが、ダイトーキョーは本来魔王が手を下すべき場所ではなかった、のではないかと。理由は――」
ごくり。
「――すまん、そんな期待した目で見ないでくれ。これから調査すべきことなんだ」
がたた。
アキは執務机に滑るようにして器用にずっこける。
「そ、そうなんだ。……まあ、一人より長年つき合った相棒が居る方がいいでしょうけど」
「すまん」
ユーカはそれだけ言って項垂れる。
そんな彼女の後ろで、ミチノリはちらちらとユーカとアキを見比べている。
全く子供そのものの行動である。
「……ところで、何故クガなのか位は教えてくれるでしょう」
にやり。
アキのそんな笑いを見て、今度は逆にジト目を向ける。
彼女のニヤリは決して真面目で良いことではない。
「プライベートをきくな」
ち、とあからさまに嫌そうな貌で舌打ちする。
「ばれたか」
「ばれたかじゃない。ノロケは苦手だ」
ずーん。
胸を張るユーカ。
それがすでにノロケに近いとアキは思いつつ、にっこりと笑みを浮かべる。
「いいわよ。代わりがないのはどちらも同じだけど」
ちら、とミチノリを見てからもう一度視線をユーカに戻す。
ユーカは不思議そうに目を丸くして。
「あなたの方がやっぱり辛そうだから」
ぴくっとユーカの頬が引きつる。
「クガはまだこれでも男の子らしいところもあるし、全然それらしいところ見せないけどね。……実はかなり寂しかったでしょ」
「……煩い。仕事にかまけていて全然考えたことはなかった」
先程からミチノリが、ユーカの後ろで嬉しそうににやーと笑ったりびっくりして泣きそうな貌になったりと百面相を繰り返している。
「ま、そう言うことにしておきましょう。しばらく激しい訓練は無し、ということで」
くるり、と振り返ってオレンジ色の極太マジックを取り出す。
きゅぽっとキャップを取ると親指ぐらいのサイズがある芯が出てくる。
計画表の今日からずずーっと大きく線を引く。
そして計画の最後あたりできゅっと可愛らしくハートマークを書く。でも失敗して慌てて消す。
「無期限で連れ回して構わないわよ。折角だしゆっくり楽しんでいいから」
「しっかり楽しませて貰う」
「なぁ〜にぃ〜をぉ」
ぱかぁん、と甲高い音を立ててユーカの裏拳が、顔面にもろヒット。
振り返りもしないで思いっきり振りかぶったのに。
「だまれ」
「それで?もう一度夫婦になるつもりかしら」
アキはにこにこ顔のままで問いかけてくる。
でも視線は不真面目な、どこかからかうようなものではなく、窺うような鋭さをもっている。
ユーカは『何故先刻までの質問でここまで真面目になれないのか』と思う。
「……真面目に仕事したらどうだ」
「まじめよ?」
小首をかしげる。
「アキ司令。私は今からお前の訓練を阻害するような真似をしようとしているんだぞ」
とミチノリの襟首をふん掴んでひょいと前に差し出す。
うにゃーと背中を丸めながら差し出されるミチノリ。
「そうだったの?それはこまるなー♪」
「困ってるように見えないんだが」
くすくすと笑うアキに、困って眉を寄せて見せる。
「で?」
「でって……」
ちら、とミチノリを見て。
「あのね。カサモトさんが離婚してるって話は多分、まともに知ってるのは私と一部の人間だけなのよ。だまーってよりを戻しても判らないから」
「判らないからじゃない」
「それは冗談にしてもね。わたしはね、そう言う事も大事だと思ってるの。どうせユーカ、あなたのことだからクガが大事だから別れたんでしょ」
無言で答えるユーカ。
ミチノリはびっくりしてひょい、と真後ろに首を回して見上げようとするが。
どさ。
「にゃんっ」
投げ捨てられる。
「……大事だとか、結婚してたとか、そんなんで別れたんじゃないが」
ぐしぐし涙をこぼしながら立ち上がるミチノリを横抱きに抱き寄せて、頭をぐりぐりとなでる。
「ミチノリは私の所有物だ。誰にも渡すつもりはない」
やっぱり表情を変えずに言うユーカを、アキはにぱーっと笑って見つめる。
「それでいいかもね。取りあえず、報告とかなくていいけど、無事かどうかだけ時々連絡しなさいね」