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魔王の世界征服日記
第4話 夫婦


「おい、昼飯」
 ひょこっと休憩室に顔を出したのはキリエ。
 ここサッポロの元対魔軍では、訓練後の昼食は更衣室に併設された休憩室で摂る事が通例になっている。
 別に、書類仕事用のデスクで食べる人間もいるし、天気が良ければ訓練所の木陰で弁当を広げている者もいる。
 それは誰もとがめない。
 ナオとキリエは、以前は食堂で食べていたのだが、今は家で作る弁当だ。
「おう」
 弁当箱をぶら下げて見せると、キリエのための席を空けるナオ。
 当たり前の用につかつかと彼に近寄ると、どっかと席に座り込む。
 その態度、動作、ついでに言えば不敵な顔つきのどれをとっても昔と変わらず。
 つまりは全然女の子らしくなくて、きっちり周りにとけ込んでいる。
 しかしこれでも女の子らしい格好にはかなりあこがれているらしく、実は色んな服をもっていたりする。
 花柄のロングスカートは、派手さはないが女の子らしい出で立ちにはなる。
 口を開いて睨みさえしなければ、多分誰も放っておかないだろうに。
 こうやってナオの前でどっかと座り込んで弁当を列んで食べるのを見れば、女の子とはとても思えないだろう。
 実際筋肉質で、あまり女性らしい丸みがあるとは言い難い体型でもあり、『スレンダー』とも言いたくない。
 しかしたくましく恰好良いと表現はできる。残念ながら。
 全く遺憾ながら。
「……」
 しかし、時折窺うな視線をちらちらとナオに向ける。
 ここ最近は流石に目立って照れたり焦った様子はないものの。
 じー。
 隠れて窺うのも巧くなったが、じれてくるとやっぱり周囲からは丸わかりな様子で。
 もぐもぐ。
「うまいな。この唐揚げ、ちょっと味付けがいつもと違うけど」
 ほっとしたというか少し満足げな笑みを口元に湛える。
「だろう?」
 ようやくほっとしたのか、安心したように肩から力を抜く。
 ちなみに、こんな事をずっと続けているのだから疲れて仕方がないだろうにとか思ってしまう。
 むろんというかお約束のようにナオは気づいていないのだけれど。
「なんだ」
 彼女の返事だけで気づいたのか、弁当を抱える上目使いでキリエを見る。
「お前が作ったのか」
「悪いか」
 ちなみにからあげは彼女の得意料理。
 この辺でとれる地鶏ならしめて血抜きして一気に捌く。
 たこやイカの唐揚げなら、出来れば下味でバリエーションがほしいところ。
 生で捌くより一度ゆでてからの方がやりやすいのだが、彼女は生でも捌ける。
 ニンニク醤油につけ込んだり、ショウガをきつくしたり。
 いったい何が得意なのかどうかはともかく、唐揚げは得意なのだ。
「……なんでお前、そんなに不機嫌なんだよ」
 ナオは不思議そうに首をかしげる。
 キリエはぶしゅっと音をたてるように一気に顔を紅潮させたが、何も言わず弁当をかき込み始める。
 怪訝そうに彼女の態度を見ながら、のどにつかえるなよ、と思い自分の弁当をかじる。
 実際良くできた鶏の唐揚げだ。
 料理は持ち回りで三人の姉と彼女が作っているのだが、こと弁当に関しては時折イレギュラーが発生する。
 たとえば今の。
 というかナオの弁当のほとんどは、彼女のイレギュラーが必ず仕込まれているのだが、毎日のよにことごとくイレギュラーを一発で当てるのだ。
 しかしそれは、実は愛だの何だの、そんなものではない。
 家庭の味に慣れたナオは、たとえばフユの味付けならこれ、アキの味付けならこれと舌が覚えている。
 キリエは料理らしい料理をしていなかったこともあり、かなりミマオウ家の料理を仕込まれたものの、趣味や舌の違いから味が若干変わる。
 彼女の作る唐揚げ、実は下味のベースが他の姉と違うところでは、黒胡椒をごりごりと入れているのだ。
 黒胡椒に限らず、スパイシーなのが彼女の好みで、意外に純ニホン料理風に仕立てる姉の料理より目立つ。
 まーぼーどーふとか、鳥の味付け発酵乳煮込みとか。
 酒ホットより、南の方で作られる麦発酵酒向けのおつまみ。
 彼女の創る料理は、かなりそんな料理になってしまう。
「せっかく美味いって言ってるのに」
「あ、ありがと」
 吐き捨てるように応えて、やっぱり顔が赤いまま。
 ぷいと顔を背ける。
 休憩時間にはよく見られる風景だ。
「……恥ずかしいなら止めろよ、お前」
「いーやっ!絶対に克服してみせる!」
 どっと周囲がわいた。
――お前が克服する前に、俺が恥ずかしさで死にそうかもな
 ため息をついて眉根をもむ。
 こんな休憩所でこれだけラブラブっぷりを発揮すれば、それだけで十分見せ物になってしまう。
 本人それに気づいてるのかいないのか。
 ともかく昼はいつもこんなかんじなのである。
「ところでさ」
 相変わらずわいわいとした食事を終えて、ナオは切り出した。
「ユーカ、あの事件以来だったけど、ホント何の用事なんだろな」
 すっと紅潮していた彼女のほおの色が元に戻る。
 そして目を丸くする。
 ぱちくり。
 言わなくても『あの事件』は判る。『魔王』のことだ。
「……よりでも戻しに来たんだろ、多分」
 ナオは自分のほおをぽりぽりとかいて、左手でお茶の入った湯飲みをとる。
 この大きめの湯飲みはアキからのプレゼントである。
 もちろんアキの趣味だ。
「よりって。……」
 ぽむ。
「ミチノリとか」
「他に誰がいるよ」
 はあ、と盛大にため息をついてみせると侮蔑というかかわいそうなものをみる目でキリエはナオを見る。
 とはいえま、キリエも彼がどれだけそう言った機微に疎いかはよく知っている。
「あの時以来って事は、あの時別れたんだろ」
 そう言って肩をすくめてみせると、お茶を催促する。
 ナオはふーん、と考え込みながらお茶を入れて彼女に渡す。
「熱いから気をつけろよ……そうだったのか。ミチノリの奴何にも言わないからな」
「言う訳ないだろ」
 とあきれながら、彼女は差し出された湯飲みを両手で受け取り、ずず、と一口お茶をすする。
「でもなんでだ。旅の間だって仲良さそうだったのに」
「よかったな。……そういや、何でだろ」
 見るからにユーカの身勝手で振り回されているようにも見えたが、ユーカのことを本当に好きなのか、ミチノリをかなり溺愛しているのか。
 夫婦の熱愛ぶりというのは見せつけられていた。
 ……ような気もするし、ミチノリという奴隷を見せびらかしていたようにもかんじなくもない。
「思うんだけど、ユーカって今まで色々研究してたんだし、前一緒だったときも、前ここに来たときもあの人、用事ないと絶対動かないと思うんだ」
 人生最適化理論でも打ち立てているんだろう。きっと。
 自分の目的のためだけに生きる、趣味人。多分それがユーカ何じゃないだろうか。
「……じゃあ、集中するために別れたのかな」
 二人は顔を見合わせる。
「そうだとして、いや、多分一緒にいたら邪魔だったからじゃない?うん、それだと納得できるだろ?」
「なんだろ。……ちょっと違う気もするけどな。ま、それじゃ暇になったからもう一度やり直すつもりで?」
 そんなはずはない。疑問が余計に増していく。
「変だろ」
「変だな。むしろやっぱり何かがあったから捕まえに来たんじゃないか。あいつ意外と治療師としての腕は良いし」
 そう。ミチノリは外観はあんなだし、性格もすごいおっとりしているものの、治療師としての腕だけを見るなら彼に並ぶ者はいない。
 祈祷師の腕だけなら並ぶ人間はいくらでもいるのだが、やはりそこは性格的なものなんだろう。
 腕を組んだまま、首をかしげてナオの目を見る。
 ナオはキリエと視線を絡めて、小さく何度もうなずく。
「今?」
 同じ事を考えている。キリエの問いにナオはすぐに応える。
「ユーカのことだ、きっちりしてるから……」
「行くか」

 こうしてまた、二人はユーカを追うようにして出発することを決めたのだった。


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