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魔王の世界征服日記
第2話 歳月


 十年は長い。しかし、立場や状況によっては非常に短い。
「え、別に変わりないぜ」
 と応えてから違和感を感じたナオは、息をのむキリエに気づいて眉をひそめた。
「そうか。なら、良いんだ」
「ユーカ」
 思わずキリエが声を上げるが、気づいたようにくすくすと笑うと彼女は右手をひらひらさせる。
「別にたいした話じゃないだろう。気にするな」
 それよりもと彼女は続け、二人を施設へと促す。
 ユーカと並んで訓練場へと入りながら、懐かしい感覚にナオは一つのことを思いついた。
「特務か?」
 彼女の言葉に対し、不敵な笑みを湛えるナオ。
 あの頃とは違う。
 ナオも十分な大人になり、キリエは十分女性らしくなった。
 それを見てユーカは頼もしいと思うよりも、やはりどこかひどく懐かしい感じがした。
 そんな感覚は、多分ない方が良いのかもしれない――彼女は自嘲するように自分にそう言い聞かせると、肩をすくめてみせる。
「まさか。久方ぶりに顔を見に来ただけだ。尤も、昔はそういってアキ司令に会いに来てたんだが」
 今は司令部にいるのだから、それはない。
「ついでがあるからな」
 と、どちらがついでなのか判らないような口ぶりでつぶやくと、彼女は訓練施設へとむかう。
 既にタカヤの跡を継いだナオは、この訓練部隊の中では長と言うべき立場にある。
「ついで?」
「ああ、お前らの顔を見るついでに、ミチノリに、な」

 クガ=ミチノリ。
 外観は女の子と見まごう美少年だったが、それは歳をとるに従い印象を変えることになった。
 女の子が女になり、男の子が男になるように、彼は子供のように見える男に成長していた。
 成長したのだろうか。いや、一応変わったんだ。女の子には見えないから。
 立派なかわいい青年に見えた。いったいいくつだおまえ。
「あ〜ゆぅちゃぁあん、ひさし」
「久しぶりだなミチノリ。変わらないな、せめてその話し方ぐらい変えたらどうだ」
 ひきっと彼のほおが引きつる。
「ぶりー」
「……根性ぐらいは据わったみたいだな」
 きゃいきゃいしながら言い終わる彼をジト目でにらむユーカ。
 思い出したようにため息をついて、両肩をすくめると言う。
「ではその据わった根性で少し手伝ってもらいたい事ができてな」
 彼女の言葉に、笑っていたミチノリの表情が妙な緊張を湛える。
「おて、つだい?」
 あからさまに怯えたような、どこか拒絶を含んだ声色で応える。
「ああそうだ。――どちらにしても、関わらなければならないことになるんだ。それもおそらく――私と、な」
 自嘲を含んだ笑みを湛える。
 口元だけをゆがめる彼女の笑い顔は、ミチノリも数える程しか見たことがない。
 だから判る。
 今更判る。どれだけのものを彼女に与え、どれだけ今彼女が苦しんでいるか。
「ゆぅうちゃぁん」
「うるさい」
 ユーカはそう言うと、情けない顔をしている彼を抱きしめた。
 頭を。
 おもいっきり。自分の胸元に抱き寄せて。
 くしゃくしゃと頭を撫でる。
「うるさい。五月蝿い。煩い。いいかミチノリ。そんな情けのない顔をするな」
 言いながらきつく彼を抱きしめる。
「二度とするな」
 そして、少しだけ力を緩め、ゆっくり頭を撫でる。
「いいな、わかったな?」
「〜〜わから」
「判ったな?」
 くい、と彼の後頭部を押さえて彼の顔を起こす。
 そして真正面から向き合う。
「……ゆうちゃんはそれでいいの?」
「良いに決まってるだろう。何を今更聞いてるんだ」
 だって。
 ミチノリは声にはださなかったが、眉根を寄せて彼女の言葉に抗議する。
 抗議するのが関の山、なんだが。
 ユーカは勝ち誇ったような顔で、彼を見下ろしている。
「ゆぅちゃぁんがいぃんなぁら、みっちゃんはべつになにもないよぉ」
 良いわけがない。ミチノリはそう思いながらも何もそれ以上言わなかった。
「それでゆぅちゃ?何をするの?」
 ユーカはうん、とかるく頷くと彼を解放して、向き合った態勢で言う。
「ああ、少なくともお前には言っておかなければいけないか」
 そう言って、ぺたりんとその場に座り込み、ミチノリもぺたりんと座り込む。
 お座敷じゃなく、道場のゆかに、である。
 ちょっと考えると笑える二人だ。
 きっちり正座するユーカに、膝を折り返してM字で座り込むミチノリ。
「まず最初に、出生率がおかしい事に気付いた。あの二人を見ても判るだろう?」
 ふんふん、と頷くミチノリ。
「魔物も戦争もないこの時代に、人間が氾濫しない。これはおかしなことだ」
「そーだよねぇ、あれだけ仲の良い二人に子供がいないってのもおかしいよねぇ」
 キリエとナオの事だ。
 既に10年を経過したとはいえ、二人とも20代前半である。
 仲が良いのは事実で……ちなみにこれ以上は言わない。このサーバの規則と、作者のぽりしぃにかけてかけない。
「或る意味若者天国、と言う奴かもしれない」
 そう言う彼女は今三十路に思いっきり突入、そろそろ後退を始める良い時期でもある。
 じと、とミチノリが妙な視線を向けてくる。
「ホントにみっちゃんでいいの?」
「……何を想像した?」
 ぎろり。
「いえ」
 即答。ミチノリらしからぬ手際の良い反応である。
「ふふ。……別に、構わないんだがな」
 ユーカは自虐的な笑みを浮かべると、すぐに元の貌を作る。
「ともかく、それに気づき始めている人間も居る。尤も、世界中の人口を調べられる人間は少ない。本質を知った人間はいないだろう」
「ほんしつ?」
 小首をかしげて頬に人差し指を当てる。
「何故子供がうまれないのか。……何の異常もない夫婦の間に、だ」
 理由は簡単なんだがな、とユーカは含みを持たせるように目を丸くして彼を見つめ、彼の反応を楽しそうに眺める。
「夫婦じゃなくても、男女間で子供が生まれるケースが減っている」
「えっ」
 今頃理解したかのように声を上げて、彼は思わず立ち上がりそうになる。
 が、腰が浮くだけで立てるほど力があるわけでもないようだ。
「おとこどうしからうまれるの?!」
「生まれるか馬鹿者。そう言う意味じゃないだろう。まあいい……」
 詳しく説明したくないし、言うだけ半分無駄な気もしてきてこめかみを押さえる。
「そして、そのことに気付いた連中というのが少し問題で、な。キールからも要請があったので動かざるを得なくなったと言うわけだ」
 キール。シコクに住む『マセマティシャン』の一人で、元魔術師。
 研究の仕方や方向性からユーカとは袂を分けた人物である。
 なお、前回にもすこーしだけ重要人物として姿を現している。
 それを思い出したのか、ミチノリは珍しくぶすーっと口を尖らせて頬を膨らませる。
「?」
 ユーカは彼の貌を見て首をかしげるが、それ以上は何も言わない。
「……ふーん」
 先にミチノリが、返事を返す。
「でぇ?」
「何をいじけてる」
「べつにぃ」
「話を戻すぞ。いいかミチノリ。世界が滅びるなんて生やさしい話じゃない。――完全な別物に造り替えられるとしたらどうする」
 それも根底から。それは世界征服や、世界滅亡とは比較にならないほど身勝手な話。

 人が神になる。

 その逆は赦されても、人が神になる事は通常は赦されない。
「ゆぅちゃぁんといっしょの世界をつくる」
「馬鹿者が。煩い」
 ごすん。

 取りあえず拳をおとしておいた。


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