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魔王の世界征服日記
第124話 乱入


「……なあ」
「なんですか!」
 訂正する。完全に立場は逆転している。
 つい先刻まで強力な術でナオを翻弄しているように見えたが。
 今は完全に茫然自失――いや、E.X.の威力に驚いて動けなくなった少女がいるだけだ。
 しばらく切っ先の短くなった剣を構えて彼女を見つめていたが、肩から力を抜くと剣を降ろす。
「やめだ。ばかばかしい。どうせ中ボス気取りの魔物なんてさ、やられ役なんだろ」
 思い出す。
 子供の頃に飽きるほど聞かされた『勇者』と呼ばれた英雄達の物語を。
「勇者を引き立てる為の魔物。――実際そう言う物ばかりだったような気がするぜ」
 名前ばかりやたらとごつく、いかにも強そうな。
「な。なんですか。何を根拠に言い切るんですか」
 やっぱりE.X.を突き出したまま、もう殆どだだをこねて貌を赤くしているレベルのヴィッツ。
 『泣いてる?』『泣いてません!』と激しく泣いているパターンだ。
「お前。俺を殺す気ないだろ」
 沈黙。ヴィッツは顔色を変えず(既にくしゃくしゃで変わりようもないかも知れないが)やっぱり拗ねたような貌で応える。
「でも私は」
「キリエに化けてたんだろ」
 先刻までの見えない化け物の攻撃。
 そしてE.X.でへたりこむ彼女を見ていれば――それが幻であったのだろうと想像するのは難しくない。
 キリエと二人でしか知らない事を彼女が知っている限り、その推測は揺るがない。
 ナオはばかばかしさを感じて頬をかく。
「なんだよ。俺に一体何をさせたかったっての」
 赦す赦さないではない。
 人の生死をもてあそぶのが魔物であるというのであれば。
「……魔物と人は理解し合えないか。確かに俺はお前らが何をしたいのかわからねーよ」
「あのっ」
 背を向けようとする彼に、慌てた声で叫ぶ。
「あのっ!キリエさんは本物ですっ!私の幻じゃありません!」
「……あん?」
 第一私の術は幻ではありません、と小さな声で繋ぐと続ける。
「正真正銘、キリエさんを切り刻んだものです。――貴方の姿で。約束は夕食前、男子寮裏」
 ナオの貌が凍り付く。
「えさ、ですよ。こうでもしないとナオさん、連れてこれなかったと思っています」
 そして再び、にっと口元を吊り上げる笑みを浮かべた。
 でも、落ち着いているのは貌色だけだった。
 死にたくない――そんな気持ちなどない。
 ただひたすら目の前で、それが目的でなければならないのに、ナオが安堵に逃げ込もうと足掻く姿が痛い。
 敵意を持たれなければならないことが辛い。
 少なくともキリエへの変身は比較的巧くいったと自分でも思っている。
 できればあのままでいたいと思える程、完璧だった。
 だから、ナオをぶち切れさせるのは簡単だ。
「あの女、嫌いだったんですよどうせ。前一緒にいたときからずっと殺してあげるっておもってました」
「思ってたら何で」
 ほとんどかぶせるようにナオは呟く。
「なんでずっと一緒にあの時旅ができた。お前ら、五月蠅かったけど仲は良かっただろ?あれも演技だったっていうのか」
 ナオには幾つか疑問がある。
 でもその最たる物は自分の中にある自分の気持ちだった。
 判らない、でも。これだけ人間と同じ姿で同じ言葉を話す物が、どうして通じ合えないのか。
 それこそありえない。
 今こうして敵対しなければいけないなんて、多分間違っている。
 そう思う自分が判らなくなっていた。何故そう思うのか、キリエを殺したと言っているのに。
――いや。多分どこかでソレを否定しているから。
「俺は信じる。キリエは殺されたりしていないんだろ」
 明らかに殺せるはずがない、目の前のこの少女が幾ら自由に変身できるとしても。
「お前は人を殺せない」
 殺せるなら。
 既に殺す気でいたのなら、E.X.でへたりこんだりしない。
 したとしても素早く次の一撃があるはず。
 ソレが目的ではないのであったとしても、ソレを信じ込ませるだけのはったりすら感じられない。
「……うっ」
 ぼろ、と両目からにじんだ涙。
 あとは止めようがなかった。

 結果的に泣かせてしまって、ナオはあんまり気分が良くなかった。
――まおの奴、本気で魔王なんだろうけど
 完全に毒気を抜かれて、先刻までの勢いづいた感覚までなくなってしまっていた。
 所謂中だるみというあれかも知れない。
「こんな女の子が中ボスなんだから、大概だよな」
「こんな女の子って、どういう意味ですか」
 きっと睨み付けてくるが、ナオは右手をひらひらさせて応える。
「そのまんまの意味だよ。ま、本当は正体がばれるなんて手際にはならなかったんだろうけどね」
「そのとおりだよ」

  ぶぉんっ

 激しい空気を裂く音と、強烈な衝撃にナオは再び空中に浮いた。
 背中が反っくり返って、一気に頭の中が白くなる。
「予想以上の活躍をしてくれたね」
 石畳に叩きつけられる痛みに顔をしかめる。
 耳に届く棘のある声に身体を起こすと、ヴィッツの側に長身の女性。
 見覚えのある人影にナオはにっと笑みをうかべ、斬魔刀を杖代わりにして立ち上がる。
「ウィッシュ。もしかして黒幕の登場かな?」
 余裕の有る声で言うが、勿論余裕などない。
 既に全身が打撲で痛み軋んでいる。
「いいえ黒幕なんかじゃないよ。判る?このボクがで張らなきゃいけない緊急時を、キミが作っちゃったってこと」
「……それってつまり」
 何となく嫌な予感がして、喉をごくりとならしながら聞く。
 ウィッシュの目つきが悪い。所謂逆三角目。
「ボクの可愛いヴィッツを泣かせたって事だよ」
 うふふふー、とどこかこわれた笑い声を立てて、彼女は両手に尋常ではない魔力をまき散らしながら近づく。
「……えと。うぃっしゅさん?その、つまり?」
 見えた。
 いや、本来『力』と言う物は見えるような無駄な動きやエネルギーは一切与えてはならない。
 だが多分ウィッシュは今抑えが効いてない。
 そもそも魔物というのは、魔術を憶える必要がないほど、魔力その物のキャパシティが大きい。
 まあぶっちゃけ。
「うわぁっ」
 高密度の魔力塊がナオの目の前を疾り、かろうじて直撃を避けられた。
 見えたと言ってもソレがなんなのか判らない。丁度、レンズで向こう側を見るようなイメージで。
 側を通るとき、それはまるで静電気を帯びているかのような音を纏っていた。
「うふふふふふ」
 音もなく彼女の両手が歪む。
 いや、歪んで見える。
 両掌をこちらに向け、僅かに肘を内側に向けるように逸らせているような恰好で。
 かつかつと堅いヒールを叩くような音を立てて近づいてくる。
「ヴィッツを本気で泣かせたのはキミで二人目だよ、ナオっ」
「やめなさい」
 一瞬そこにいた全員が凍り付いた。
 勿論文字通りの意味ではない。
 唐突に、何の派手なエフェクトもなく、具体的には初めからそこにあったのに気づかなかったかのように。
 こちらを向いたナオと、彼を見つめたウィッシュの間の何もなかったはずの空間に。
「それ以上は赦さないからね、ウィッシュ?」
 いつもの白いワンピースに身を包み、にこりと目許を歪めて明るく笑顔を湛える亜麻色のツインテール。
 風もなくまるで水中で漂うかのように揺れる彼女の髪は、間違いなく高密度の魔力を帯びている。
 いわば何にも変換されずそこに存在する『だけ』で、ただ失われるだけの魔力。
 だからそれは、それこそは彼女――魔王にだけ赦された装飾。
 いかな魔物と言えども、そんなに無駄に魔力を放出し続ける事は不可能なのだから。
 しかしこの魔力の海に囲まれる魔王は、だからこそ不死身にして無敵。
 この高濃度の魔力は彼女の意志により様々な『色』を与えられて姿を変える。
「せめて派手な演出込みで登場してください。一応は魔王陛下は、我々のボスなんですよ」
「あなたもね、ウィッシュ。芝居、下手だよ」
 まおはまるで子供のように無邪気に笑い、彼女にそう伝えた。
――はは
 ウィッシュはくりんと輪を描くツインテールを眺めながら、苦笑ともとれる笑みが抑えきれないのを自覚していた。
――さすがにやりすぎたかな
 でもこれで、求められた結果は最大限度だ。
 もうヴィッツには何もできない。
 ウィッシュの介入は既にもう、手詰まりを表している。
 ナオにばれた段階でもう時間的にはぎりぎり間に合わない状態とも言えるのだ。
 悠長に罠だのなんだの、話している暇はない。
 勿論この連載も微妙に巻き入ってるのは言うまでもなく。それは言わない約束を踏まえた上での条件付きで。

 魔王は、勇者と対峙する。

 今度こそ、完全に一対一。
 いや、後ろにいるのはギャラリー、否、既に通り過ぎた道程。
「ごめんね」
 しかし、魔王は言った。
「それでも、ナオがどれだけ信じていてもいなくなったものはもう生き返らないんだから」
 笑顔で。
「私が殺した。キリエを」
 ナオの希望に止めをさした。


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