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魔王の世界征服日記
第98話 結論


 長旅を終えたユーカとミチノリは、サッポロ対魔軍司令部司令官室で報告をしていた。
「みーちゃん、こけ茶お代わり」
 四人分のソファと、こけ茶と、山盛りのクッキーで。
 多分誰が見たってただのお茶会にしか見えなかっただろう。
 事実、ミチノリは嬉しそうにぱくぱくクッキーを食べているだけだ。
 誰もミチノリが報告することを期待していなかったりするのだが。
「ともかく長旅ご苦労様。それじゃ、キリエを除き大きなケガをした者はなし、ね」
 両手で分厚い陶器のカップを抱えて、こけ茶の香りを楽しみながらアキは言う。
 ユーカは小さく頷いてこけ茶を傾ける。
 ちなみにこのクッキーもアキ特製で、桃の実が欠片で入っている。
 不思議な甘さがある。
「結構大変だった。ただ予算も殆ど、食費以外消費していないので財政には直撃させていないかと思うが」
 にこにこ。
 フユがポットを持って、対照的な貌のアキの隣に現れる。
「細かいことです」
 ことりと音を立ててポットを置くと相変わらずの無表情でついとユーカを見やる。
 ふと。
――そう言えば、似ていた
 フユの仕草や雰囲気がヴィッツに似ている事に気づき、思い出した。
「言うべきかどうか迷うところだが」
 一応念を押すと、ユーカはちらっとミチノリを見る。
 何も考えてなさそうなのを確認してから、フユとアキを見やって続ける。
「人型の魔物に遭遇した。別れ際にはフユ将軍の名を言い、『恨まれてるはずなのでよろしく』と」

  ぱきん

 フユの手元で、カップが取っ手を砕いた。
 こけ茶はこぼれていない。
 見事に取っ手だけ砕けて折れた。
 フユは無言で顔色も変えていないが、両肩がわなわなと震えている。
「……どこで……?」
「シコクだったな」
 今度は筆舌にしがたい、しゃりしゃりというガラスの破片をすりあわせたような音が響いた。
 フユの左手から粉がはらはらと床へと落ちる。
「人を……虚仮にしてくれましたね……あの魔物めが……」
「今別れ際と」
 アキは不思議そうに小首を傾げながら聞く。
 ユーカは頷くと僅かに苦笑してみせる。
「彼女らは、自らを人間と偽って、シコクに一緒に向かったよ。意外にも助けられて、な」
 フユは僅かに目を丸く見開いて、アキも何も言わず、しばらく沈黙が続く。
「目的は判らない。キールとの接触後は関わりもない」
 アキはずず、とこけ茶をすすって、大きくため息を付く。
「ともかく、単独で行動しているような節はなさそうね。何らかの、そう、命令でも受けているのでしょ」
 ふむ、とユーカは頷くと思い出した。
 敵ではない――それはやはり彼女という存在その物の話ではなく、彼女の保持する任務のことだったのだろうか。
 言葉を返せば、今は敵ではないが、次は判らないと言うことになる。
「そう言えば、そう言う雰囲気はあった。成る程な……」
「……何が成る程なんですか」
 む、と一度フユは黙り込んで上目で睨むようにユーカを見つめ、沈黙に耐えきれないようなタイミングで切り出す。
 フユの、身内以外に対する態度は大体こんなもので、別段機嫌が悪かったりするわけではない。
 冷血だの鉄面皮だの言われる原因である。
「キールから得た情報で、勇者というものが存在する理由に対する仮説があったのだよ」

 バグが案内したキールの居城は、そこから程なくしての場所にあった。
 彼は短く刈り込んだ金髪に、明るい青色の瞳を持った男だった。
 キールから物資を受け取り、ミチノリとユーカを招き入れると世間話の後、唐突に切り出して始めた。
「用事は何だ?」
「勇者とは何だ。――何故ここに存在し、それが為にバランスが崩れるのだ。既にその歪みは発生しているが」
 ユーカも端的な質問を浴びせた。
 彼女が探しているものは、世界の歪みの原因――バランスが崩れた事だけは既に判っている。
「先日の『あの』ことか」
 キールも元魔術師だけあって、そして違うアプローチを手探りで辿った一人だけあって、ユーカの行動が今の言葉だけで理解できたのかも知れない。
 こくりとユーカが頷くと、彼は困った貌で腕組みをして、椅子に背を預けて「ううん」と唸る。
「――じゃあユーカ。神話に含まれる事実に関しては興味があるか?」
「無いと言えば嘘だろう」
 神話と言ったって完全な作り話ではない。作者が見たまま聞いたままとは言い難い、解釈が含まれた虚を含むといえども、全くの無からそれは想像されたわけではないはずだ。
 ヒトが、その存在を現してから向こう、大きく本質が変化している訳ではないのだから。
「魔王を倒すという事実が定められたある一定の周期に関わる事、だとしたらどうだ?」
「一定の周期?」
 確かに、そんな風に見える事がある。
「しかし」
 逆ではないのか。勇者が魔王を倒すことで、周期性がそこに生まれるように見えるだけで。
 キールはまじめな顔で続ける。
「ある一定の周期というのは期間のことだが、あくまで純粋な時間の話ではない。たとえば桶に水をためる時、水をくむ量を変えれば時間も変わるだろう?そんな感じだ」
 つまり。
「つまりどういうことだ」
「勇者という存在が魔王を倒すのではないと言うことだよ。但し、これはあくまで仮定で」
 あるものの周期の終わりに、勇者は魔王を倒して世界から魔物を一掃する。
「この仮定が正しければ、魔王は絶対に世界を征服したり人間を滅ぼすことはない。――だろう」
 あるものの、その周期が始まるのは魔王が復活するまでの平和の期間を終えてからだ。
 魔王が復活し、そのある周期を経て時間になれば魔王は勇者と呼ばれるものにより滅びる。
 何故ならば魔王は不老であり、放置しておけばそのまま存在してしまうからだ。
「恐らく平和と呼ばれる魔王復活までの期間が短いのではなくて、そもそも何らかの周期を支えるために魔王という存在が必要で、『居なくなる』訳にはいかないのではないかとも考えている」
 キールは両手を組み合わせて両肘を机におく。
 乗り出したような彼の恰好。ユーカは眉を寄せて言う。
「魔物という存在は不自然だ。生物としてみても、我々よりも上、食物連鎖があるなら頂点に位置するはず。だがほとんど生殖機能を持たず、自らで増えることはなく『捕食行為』ですらまともではない」
 中にはエネルギー摂取そのものがない謎の魔物もいる。
 骨格も、筋肉も、大きさや重量ですら物理法則を無視した様な巫山戯た生命体が存在する。
 だからこそ魔物、だが。
「――なら理由は?明らかに何者かが人間、いや、人間種に対して影響を与えるために作ったとしか考えられない」

 黙々とクッキーを食べ続けるミチノリ。
 それを見ながらお茶をすすり、ユーカの話を聞くアキ。
「第三者の介在ですか」
 フユはじっとユーカの顔を見つめている。
「そうだ。魔王は勇者に倒される。それ自身が重要なのであり、勇者はそれを終わらせる為だけのファクターだ、と彼は言っていた」
 ぽりり。
 ちょっと堅めのクッキーは、ほどよい甘さが命取りなおいしさを奏でていて、思わずユーカはそこで話を止めてしまう。
 同時に左手は拳を作って、隣でむさぼるミチノリの後頭部目掛けて振り回す。
「ふぎゃ」
「みっともないからもう止めろ」
 くすくす笑ってアキは立ち上がる。
「おいしいでしょう?」
 と言いながら自分の執務机に戻り、引き出しを開いて――もう一皿山盛りのクッキーを出した。
 ユーカの目が丸くなる。
「わたし特製なのよ♪たーんと召し上がってね、ゆーかも」
「あ、ああ……」
 司令の仕事って暇なのかな。と一瞬思ったユーカだった。
――そしてもう一つ
 これは報告する必要のない、彼女自身の知りたい事――彼女が魔術を志した理由、この世の理の一つ。

――そのためにも、多分私は

「大事なことは」
 キールは言葉を継いだ。
「これが繰り返される事だ。それが何の周期なのか今調べている最中だが、これで勇者の発生、つまり魔王の死の預言ができるようになる」
 それはあくまでも、ただそれが『実験』という名前で呼ばれ『結論』として導かれるだけで。
 事実その物に意味があるわけでも、彼自身それを望んでいるわけでもない。
 ただ純粋に知りたいだけ。
 ユーカが黙り込んでいるのに気づいて、キールは笑みを浮かべた。
「変わらないな」
 その落ち着いた、どこか信頼を感じさせる近い音にユーカが笑み、ミチノリはむっと口を歪める。
「キール。お前も、結局そこに落ち着いた訳だ」
 同じ方向を見て全く違う方法を選び、結局――知りたい何かに辿り着こうとした、本当にたどり着けたのかどうかは判らないけど。
「ユーカ。お前は、私が思っていたよりも意外な場所に落ち着いたな」
「一応私も女だったと言うことかも知れない」
 くすりと笑うと、隣でうなりそうなミチノリを抱きしめて頬を寄せる。
「はっはっは。それじゃ、どっちが女か判らないぞ」
 膝を叩いて笑い、キールは背中を反らして言う。
 ユーカはミチノリの髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜるように撫で、キールに言う。
「私が何かを見届けよう。お前の話しぶりであれば――『勇者』は『魔王』が呼ぶんだろう?」
 ミチノリの髪の毛は、やっぱり男の子にするには惜しい柔らかい細い髪で、肌も妙につるつるできめが細かい。
 料理もできるし、ユーカのような女性には多分丁度いいのだろう。
 それと同じ。
 必ず役割のように当てはまる何かが有るに違いない。目的が。それが――運命と言う名前で語られるので有れば。
「ああ、その通り。勇者が発生して世界が歪んだのではなく、世界が歪む――バランスが崩れると同時に、勇者が発生するのだからな」
 それが判る人間、即ち魔術を志し、高みに上り詰めて力を手に入れた人間が。
「既におかしな魔物が動きを始めているかも知れない。その辺にいる、普通の魔物とは違う魔物が、な」
 ユーカは頷いた。
 つい先刻まで、『おかしな』魔物に何かを狙われていたのだから。
 だから。
「もうすぐ、この魔王の時代も終わる。勇者が、世界を終わらせるんだ」


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