戻る

魔王の世界征服日記
第96話 はじまりと言う名のおしまい


「でも済まなかった、遅れた。私達も上陸する前に海賊に襲われたりしたものでな」
 洞窟を見回して、たき火を焚く位置を見つけると頷いてみせる。
「結構しっかり生活してるようだな」
「まぁな。ともかく――生きてて良かったよ」
 話をしているうちに多少落ち着いたのか、キリエは身を潜めていた荷物を取ると、ばたばたと片付け始める。
「すぐ出発だな」
「いや、まあまて」
 ユーカは息巻くナオを右手で制するようにして、自分は彼の目の前に座る。
 てててとミチノリがその側に来てぺたんと正座する。
「取りあえず私達の用事は終わった。後は帰るだけで」
 ミチノリはうんうんと頷く。
 かさり、と先刻までばたばた動いていたキリエが動きを止める。
「ちょ、それって、もしかして俺ら役立たず?!」
 がーん。
「あれ?キリエ、『あたい』はどうしたんだ」
「かーっっ!うるさーいっっ!」
 あ。切れた。
 顔を真っ赤にして。
「まあ、役立たずではなかったさ。それに迷惑をかけてしまった。申し訳なかった」
「いや」
 流石に呆然として、あやまられても困るといった風に首を振る。
 そこに、真横からロケットのような跳び蹴りで彼を蹴倒すキリエ。
「だから言っただろっ!早く行こう早く行こうって!」
「いけたのかっ!アレでいけたって言うんだったらな!お前」

  だぁきぃっ♪

「うわっ」
「こらっ」
 終わりそうにない喧嘩を始めそうだったので、ミチノリが有無を言わさず二人を捕まえて拘束する。
 普通一人しか捕まえないので結構無理があるが、そりゃあもう普通より密着させられるのであって。
「喧嘩だめぇ」
「だめぇじゃなーいっ!」
 叫ぶキリエ。顔真っ赤を通り越して湯気がでそうだ。
 ナオはあんまり顔色を変えない。
「喧嘩しないから離せっ、こらっ」
「だめぇ。このままぁ、ゆぅちゃんのお話きこぉねぇ」 
 にんまぁと笑うと、そのまま座り込む。
 意外かも知れないが、彼はかなりの力持ちである。
 この細身で何処に力があるのか、と思われがちだが、人を拘束し続ける事ができるのだから相当な腕力がある。
 でも実はこの謎の手袋の御陰かも知れないが。
「取りあえず私の大体の目的も果たし、まおちゃん達も自分の用事があるとかで別れて行った」
「そっか、あいつらも無事だったんだ」
 ほっとした表情を見せるナオに、少しだけ意地悪な顔をしてにやにやと宣告する。
「そう言えば、ウィッシュから伝言があったな。『二人っきりで今頃何してるんでしょうね』だとさ」
「……何にもしてないが?」
 ナオは不思議そうな顔で首を捻る。
 その後ろで限界以上に赤くなった顔で気を失い欠けている者一名。
「ミチノリ、離してやれ。キリエが凄いぞ」
 えっと、と呟いて覗き込んで、驚いて慌てて解放して二人を降ろすとキリエの両肩をもって揺さぶったりしてみるミチノリ。
 まあ別状はないだろうが。
「あー、ナオ、少しキリエが可愛そうだな」
「ん、ああ、まあ死にはしないだろう」
 そうじゃないんだけどなぁと頭の上にくしゃくしゃの線を飛ばして、ため息をついて肩をすくめる。
「一息入れたらカガワまで行こう。日が落ちるまでには辿り着くはずだから」
 後は帰るだけ。
 バグの手引きで潜行船を借りる事が出来たので、天使を避けて本土に帰国することができそうだ。
 尤も正規とは言えないルートであるし、その船自体もまともに上陸できる船ではないのだから。
――……動くとは、確かに占いででていたが
 思いがけず、自分に役割が与えられたような嫌な予感がした。
「それで、勇者は見つかったんだ」
 魔物との戦いを終わらせる手段。
「ああ、それか。――そうだな、似たような物か。私の知り合いであるキールとも話をしてきたしな」
 無邪気に聞いたナオに、理解できるように彼の話をできる自信は彼女にはなかった。
 世界に生じる『力の波紋』、歪みが生じる原因、勇者が発生した事を示すそれについて。
 魔王を倒す勇者という存在理由と、そして『魔王』そのものについて。
『総てが観測結果から導き出された結論に過ぎない。残念ながらそれが真実とは、果たして誰も言えない』
 キールの言葉を思い出して、彼女は自然苦笑いを浮かべた。
「御陰で魔物に対する考えとか、変わってしまったよ。今後は軍に手助けするのを躊躇うかもしれん」
 ナオはいつも通りに、何も変わらない様子で彼女に話しかけて。
 キリエはいつになく顔を赤くしていて。
 そこは平和と言って良い、呼ぶべき状態だとユーカは確信した。
――『ナラク』の発動後新たな『勇者』が『発生』した。世界の揺らぎが勇者を呼ぶ。不安定な世界が安定化するためには、つまり勇者が消える為には
 もう一度安定した状態に戻らなければならない。
 魔王が滅ぶ事――もしキールの言葉を借りるなら、この周期は閉じようとしているのだから。
 何故不安定なのか、その理由を知ることは恐らくついぞないだろうが。

「望姉、もしかしてその天使を殺してしまえば、魔王陛下はいなくなるのですか?」
 ウィッシュとヴィッツは、広大な地下施設の中にいた。
 まだユーカと別れてから数分だが、この施設の広さが嫌になるほど広い事に気づいていた。
 彼女が歩く廊下の長さがおかしいのだ。ずっと向こう側、廊下の隅が見えない。
 闇に沈んでいる。もしかすると、もし視野があったとしても見えないのではないか、と疑りたくなるほどだ。
「多分、それに近い事になると思うけどね……。ボクは言っておくけど、やらないよ」
 彼女の言う事は想像していた。
 天使の刷り込みの能力で魔王の記憶がここに封じられているとしたなら、この天使は既に『崩壊寸前』のはず。
 たとえウィッシュがやらなくても、魔王が消える可能性がある。つまり世界は大ピンチを迎えているのだ。実は。
「多分まお様でもいられなくなるよ」
「?何故ですか?」
「魔王の記憶って言うのは多分、魔王そのものでもあり違うものだと思うんだけどね。本当はどうか判らないけど」
 そう言って自分のこめかみをとんとんと叩いてみせる。
「ほら、まお様の事判っても魔王陛下の記憶が有る訳じゃないから分からないけど、私達はまお様じゃない」
「……何を言ってるのか判りません」
 はは、とウィッシュは笑う。
「人格ってのは記憶から分離できないって、事。どれだけ精巧にまねて作られても、まお様の事を理解する手助けにしかならない」
 そう言ってまおそっくりの天使を見る。
 多分、記憶毎魔王の意志を取り込んだ『姿』なのだろう。
 何故あの時こんな事になったのか理解しかねる。酷く不可解だが、『こうなった』ということは『魔王の望み』なのかも知れない。
「まお様は、魔王であることをもしかしたら、嫌がってるかも知れない」
 だから天使は魔王のほとんどをその器ぎりぎりにまでとりこんでしまった。
 まるで破裂寸前の水風船のように、いれられるだけ入るだけ一杯一杯に――
「……!」
 ばったり。
 文字通り、目の前で鉢合わせてしまう。
「まお様」
 そこに、まおがいた。
 左腕を無くして、揺らぐ黒い宝石のような色を切断面に湛えて。
 亜麻色の髪、見覚えのある柔らかそうな顔。
 泣きじゃくったのか、耳は真っ赤で目は充血して、とても見られる貌ではなくなってしまっているが。
「お探ししましたよまお様。ホント、心配させるんだもん」
 しかし、彼女の声はまおにはとどいていなかった。
 目の色も艶を無くして濁り、彼女達を見た瞬間に彼女はぺたりとその場に座り込んでしまっていた。
「ああ、ああ」
 そして、残っている右腕で自分の頭を抱えて、その場に蹲ってしまう。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい助けてお願いタステケたすけて」
 がたがたと震えて、涙を流して。
 何とかして逃げよう。見つからないように。
 彼女の思いは、二人の姿を見てしまって――こんな近くで見たからだろう、一気に折れてしまった。
――……まお様
 間違いなく左肩はE.X.に切り飛ばされている。
 魔王とはいえ、E.X.には耐えることはできない。
――『黄昏の猛毒』ですね
 ウィッシュは一瞬だけ、彼女の切断面を見て眉を顰めた。
「まお様、ホントならいっそこのままにしてあげたいんだけど」
 そう言って、苦笑して続ける。
「ごめんね。ゲームのカードが不利な状態で、このお話を続けるわけにはいかないの」
 彼女に近づいて、ぶつぶつと続ける彼女の頭を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから。もう安心していいからね」
 一瞬びくっとしたようだったが、すぐにまおは力を抜いて小さく頷いたようだった。
「ごめんね。傷も記憶も戻してあげるからね」
 あとはマジェストに連絡しなければならない。本当なら、緊急事態が起きたときには連絡をいれなければいけないのだが。
――文句、言われるかな
 だが文句どころではなかったことを、書き留めておかなければならない。


Top Next Back index Library top