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魔王の世界征服日記
第95話 恥ずかしいの


「でも、まぁ。……はじめからシコクまでの約束だったのだから」
「そうですよね〜♪」
「でもぉ」
 わしわしわしわし。
「うわぁあぁぁ」
「黙れミチノリ」
 ウィッシュはにこにこしながら、相変わらず髪の毛を変化させて『天使』に巻き付け、拘束する。
 じたばたどころか完全に身動きとれなくなった、雁字搦めの天使をひょい、と小脇に抱えて受け取る。
「お前達の目的は、何だったんだ?わざわざ一緒に来る必要性なんかなかったんだろう?」
 魔物で、しかも天使をこともなく退ける戦闘能力。
 べつに敵対する必要性もなかったはずだし、シコクに用事があるなら楽に渡れたはず。
「いえ?」
 そう言って、彼女は、ウィッシュは嬉しそうに笑う。
「まお様を利用して、あなた達に近づきました。尤も……」
 ヴィッツを見る。
 彼女もウィッシュを見上げる。
「目的は果たせませんでしたし、先にばれたんですから、まお様を回収して帰ります」
「そうか。……ナオ達には、先に別れたとだけ伝えるよ」
「そうしていただければ幸いかと。できれば、楽しい思い出だけにして欲しいですから」
 ウィッシュとユーカなら何も問題ないだろう。
 ユーカもそれは賛成だった。先刻のロウのような人間を見れば判る。
 安易に話すべき内容ではないはずだ。
「それだけか?」
「ええ。もちろん?キリエさんなんか、どうせ信用しないでしょうし」
 言葉通りではない。もう一度会うかもしれない。
 むしろナオとはもう一度会わなければならない気がする。その時のためにも。
「ほら、次お会いした時にも楽しい時間にしたいと思いますから」
 きゅ、とヴィッツがウィッシュの服の裾を握る。
「ではお騒がせしました」
 ヴィッツは彼女が振り向こうとするのに気づいて、服の裾を離してミチノリに近づく。
 彼は思わず泣きそうな情けない貌で、彼女を見つめる。
「泣き虫。いつも情けなくて虐められてて。でも。これからも元気でね」
 そう言って右手を差し出す。
「うぅぁーん」
 彼は、大きな手袋を差し出すと、握りしめずに彼女に握らせた。
 そして、泣いているのか笑っているのか叫んでいるのか、意味不明な音を口から零しながらぶんぶんとそれを振った。
「情けない夫でな」
「可愛いいい人です」
 拗ねたような貌以外あまり表情を見せなかった彼女だったが、すこしだけ、ほんの少しだけ笑っているように見えた。
 本当は吊り目で、あまり笑わないだけだったのかもしれない。
「やらんぞ」
「大事にしてください」
 ヴィッツはウィッシュの元に戻り、急ぎでぺこりと頭を下げて。
 二人は、ゆっくりと廊下の奥へと歩いていった。
「ふぅ。さて、バグ=ストラクチャ氏。キールの元に案内してくれないか」
「……片付ける物が山積みのような気がするんですがね」
 バグはため息をついて肩をすくめた。

 予定もなにもない。
 こうなったら持久戦だ。
「ナオー、昼はあたいの番だよ」

  びゅ がん

「でべ、いでででっ、お前岩はねーだろ岩はっ!」
 どうにか直撃は避けられたが、それでも骨が折れそうなぐらい顔面が痛い。
「うるさいっ!なんだーその反応はよぉっ!」
「わわわ、悪かった悪かった悪かったごめんもう笑いません赦して」
 すちゃ、と右手に大ぶりな鉈――斬魔刀を構えるキリエを見て、大慌てでその場にしゃがみこみ、土下座を繰り返す。
 実は大袈裟でも笑い事でもない。
 『ぶち』切れてしまうと、見境無しに暴れるので手が付けられない。
「……やっぱやめる。長いこと『俺』で通したから気持ち悪い」
 ぶす、とむくれたまま彼女は顔を背ける。
 少し時間を戻して、今朝の出来事。
 流石に一週間も経てば足も動くようになる。
 きっちり纏足のように締め上げた絹の御陰で出血も無く傷も開くことはない。
 ただ流石に体が鈍ってきているように感じていた。
 『早く行こう』病が治って何も言わなくなると、今度は『このままでいよう』病が彼女を冒していた。
「おはよう」
 気怠い朝の空気に、ナオの声で目が覚める。
 魚の焼ける匂いがする。
「おはよ、ナオ……朝飯?」
 くるんと体を反転させて、上半身を逸らせるようにして声の方を向く。
 丁度彼はたき火で魚を焼いていた。
「おう」
 いい加減慣れた物で、海水を干して作った塩を塗った魚を焼いている。
 サバイバルのプロだ。いや、それは表現がおかしいのだが。
 昨晩の『取りあえず動かずにユーカの占いで探して貰う事を期待しよう』という彼の言葉に、渋面を見せつつも従いながら、できれば来て欲しくないなと思っていたりする。
 まるで塩にスイカをぶち込んで混ぜたような甘さである。日本語として表現がいまいちだが。
「なんか毎日俺が飯作ってるな」
 思い出したように言いながら、キリエの様子を窺う。
 む、とキリエは口を尖らせて睨んでくる。
「何だよ偉そうに。お前が勝手に作ってるんじゃねーか」
「偉そうにって、本当じゃねえか。俺がいなかったらまともに料理もできないかもな」
 ばん、と両手で地面を叩いて、一気に立ち上がるキリエ。
「お前っ!言って良いことと悪いことがあるぞ!」
 むぎゅ。
 そのまま彼女は右足でナオの貌を蹴る、というか壁を利用して踏んづける。
 素足だ。靴じゃない念のため。
「こらっ、人をいきなりむぐっ」
「五月蠅い。文句があるなら目を閉じて向こう向け」
 つい今まで寝ていたのであって。
 肌着ではないがほぼ同然の恰好なのだ。
 だったら起きるなという気もするが、その辺は或る意味キリエらしいというか。
 察したナオも目を閉じて向こうを向いて、そのまま魚を焼き続ける。
「俺だって飯ぐらい作れる。魚だって焼けるし、肉も焼ける」
「……てかさ、こんな時の非常食じゃないんだから」
 待つと決めると、生活する以外に楽しみはない。
 なら少しぐらい面白いことをしてもいいんじゃないか。
 とか、ナオは考えていた。
「なんなら一度しおらしくしてみるとか」
「無理だ」
「……即答かよ」
 着替えるというよりは武装するという方が正しい感じで、衣類を身につけるとキリエはナオの前に座り、自分の前にある魚をひっくりかえす。
「ただ待ってても仕方ないし、傷の具合みながら訓練も始めるけどさ」
 ナオはもう彼女の分の魚には手出しはせず、自分の分だけくるくる回す。
「折角だからユーカとか見返すのもどうだ?ユーカだって全然女らしくないけどさ」
 それは考え方やしゃべり方、服装のことだろう。
 立ち居振る舞いや仕草は実は結構そうでもない。
 しかし十四歳という年齢のせいもあるが、体型、態度から口調、やってる事まで総て女性らしくない塊のようなキリエは明確に男の子にしか見えないだろう。
 腕とか筋肉ついてるし。
 もう四年もすれば変わってくるのだろうか。
「……見返すって?」
 眉を歪めて睨むキリエ。
 あぐらを組んでぶすーっとむくれていると子供にも見え無くない。
「取りあえず口調から。何か変わってたら『あれ?』とか思うだろ?」
 む。
 思わず真に受けそうになって、ううんと腕を組んで考える。
――……二人っきりでいて、変化があったらそれってなんか意味深じゃん
 ナオには何の他意もないから効果は低いのではないか。
 いや、意外にそれだけで落ちるかも知れない。
――もしかしたら意外と面白いかも?
 ちなみに念のため、ナオも面白そうだからという理由でしかない。
「口調って、どんなんだよ」
「それ。俺と変わらない話し方だろ。それから直してみろよ」
 にやにや。
「えー。俺ずーっとこうだから判らねーよ。なんだ?その、将軍みたいな堅っ苦しいのにすればいいのかな」
 ナオは本気で困った貌をするキリエに、?を頭の上に浮かべて首を傾げてみせる。
 将軍というのはフユのことだ。ちなみにアキなら司令という。
 もう一人のナツという普段から顔を見ない姉が、一番ナオに似ているのだが、残念ながらキリエも知らない。
 今は何処を逃亡しているのだろうか。
 連戦連敗、彼女の行くところ必ずぺんぺん草すら生えない程『やられてしまう』ことから、付いたあだ名が『敗走将軍』。
 常に戦い、常に敗走を続けているので殆ど会ったことがない。
「……うちの姉らは、全部規格外みたいだけど」
「じゃ、どんなのが良いの」
 言われて見れば、取りあえず思いつく例がない。
 一応、この間まで一緒にいたウィッシュとかヴィッツ辺りは女の子っぽかった気もするし、まおはただの子供だった気もする。
「あー、そうだな……取りあえず俺は辞めて私にしたらどう?少しは変わるだろ」
 そろそろ魚も食べ頃、ナオは提案するとさっさと串をとって、魚のひれをちぎってたき火に放り込む。
「わ、私?あー、えと。……こほん。私が自分を私と呼べってのか?」
「……なんか違うよなぁ。丁寧に話してみるようにしてみろよ。魚、焼けてるぞ」
 今度は反対側に頭を倒して、うーんと唸る。
「わ、私ね。私。ちくしょー、んなこと言ったって私なんて使いにくいって」
 顔を背けて。
 真っ赤に染めて。
「私、私、私……あ、俺やっぱ『あたい』でいいんじゃねーの」
「……お前ね」
 人の話聞いてないだろう。
「なんだよ」
「……魚、焦げるぞ」

 そう言うことがあって。
「やっぱ、似合わないしダーメだ」
 くるり、とナオに背を向けて、洞窟の奥に戻ろうとする。
「い、いやそんなことないって。悪かったよ、なんか唐突だったし馴染まないからくすぐったくてさ」
 じろ。
 不審な目つきで睨まれて、ナオはにこーっと愛想笑いをしてみせる。
「ホントホント!」
「……僕の方がいいかな」
 それはそれで別のファンが出来そうな気もする。
「いや、とりあえずそれで続けて見ろよ。大丈夫だから」
「……判った。あたい頑張るよ」
「何を頑張るんだ、恥ずかしい奴らだな」
 唐突に入口からかかる声。
「ゆ、ゆゆっ」
 驚いてずざざざっっと一気に洞窟の奥まで退いて、物陰に隠れる。
 顔はまるで塗ったくったみたいに真っ赤に染まって、熱を持ってしまう。
「ゆーかっっっ」
「おまぁたせぇ」
 ようやく、救助隊が現れたのだった。
 だが、キリエの様子に、ユーカは自分の右手を額に当てて、彼女が隠れている辺りをちらちらと覗く。
「おや?もしかしてもう少し後の方が面白かったかな」
「ななななっ!何を言ってるんだっ」
 恐らく図星だろう。


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