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魔王の世界征服日記
第90話 まおの記憶


「構いませんよ。私はこれでも商人のハシクレですからね」
 いきなり襲いかかった事を忘れたのか、それとも意外と律儀なのか、地面から助け出されたバグは自らロープで拘束された。
 ……変な趣味なのかもしれない。
 ともかく、その状態で彼への質問と『御礼』の内容についての協議が始まった。
 後ろではやっぱりまおがじたばたしていた。
「どうしようか」
「手っ取り早くマッパで首輪つけて引きずり回してもいい?」
 いきなりとんでもないことをにこにこというウィッシュ。
 多分相当怒っているのは確かだった。
「あぇっ!」
 案の定、思わず声を裏返す。
「冗談は止めにしてくれないか。結構重要な情報を握っていそうな気がするんだ」
「……本気なんだけどね」
 くすくす、と笑うウィッシュに苦笑いを見せて、バグに向き直る。
「情報だけでいいんですか?」
「ああ、取りあえずそれだけでも充分命と引き替えにするに値するようなものをな」
 さらりと怖ろしい事を言っているのだが。
 しかし、バグも充分判っているのだろう、特に表情を改めることもなかった。
「でなければ、ウィッシュも満足しないだろう」
「私は構いませんよ?マッパで首輪付けて引きずり回せないなら一緒です」
「……」
 相当こだわりがあるようだ。
「その前に。ウィッシュ、そこのアレ」
 じたばた。
「アレ、まおちゃんじゃ」
 ぶんぶん。
「違いますね。そっくりですが、アレは『天使』です」
 無表情でじたばたされると、非常に気持ちが悪いのだが。
「今のところアレで無害ですから」
「……聞きたいことはあるが、後にしよう。さてバグ=ストラクチャ。まず襲った理由とか教えてくれないか」
 これはバグ本人の理由を聞いているのではないだろう。
 そのぐらいは判る。
 バグは、頷いて目を下に向ける。
 『顎で胸元を差している』ようだ。
「ここに、魔物レーダーをいれてあります。小さな奴ですが……。『天使』シリーズと我々の呼ぶ魔物の一群を調べることができます」
 え、とヴィッツの顔色が変わる。
「じゃあ、人間にも魔物が区別つくんですか!」
 彼女にとっては一大事に違いない。変身して、人間社会に隠れ潜むのが使命なのだから。
 しかし彼はゆっくり首を振ると、器用に肩をすくめてみせる。
「無理ですね。このレーダーは我々……数名の仲間以外は持ってませんから」
 そして自嘲したように笑みを見せると言う。
「外観というのは非常に便利でしてね、人間の姿をした魔物を人間と区別する手段はありませんよ。何処に差があるんですか?」
 彼は。
 ゆっくり目を閉じて、口元を歪める。
 ユーカはため息を付くと小さく数回頷いた。
「そうだな」
 先刻の様子を見ていれば判るだろう。
 この男は、たとえば間違って魔物でなくても気にしないのだろう。
 あっさりとヒトを殺した。どこか人間として欠けているのは間違いない。
「お前も魔物なのかもな」
「はは……言ってくれますね」
 応えるバグも、否定する気はないようだった。
「人間が一番魔物ですよ。そうでしょう?」
「ああ、そうだな。魔物よりよっぽどたちが悪い」
 ちらりとウィッシュに視線を向けると、彼女も気づいたのかユーカの方を見た。
「神が魔物を作ったんだとしたら、きっと人間も魔物と変わらないんだろう」
「いえいえ、人間と魔物では大きく違うんですよ。我々……貴方の友人であるキール氏も恐らく同じ意見でしょう」
「ふむ?……よし、バグ=ストラクチャ氏。では御礼の内容なのだが」
 ユーカは自分の顎に手を当てて考え込むように首を傾げる。
「マッパで」
「却下」
 ウィッシュがしつこく言ってくるのをずんばらりんと斬って棄てる。
「むぅぅぅぅ。被害者はボクです」
 口を尖らせて文句を言う。
「先刻本音を出してから、ウィッシュ、狸捨てたな」
「ネコですよー♪狸なんかかぶりませんよー」
 ユーカは苦笑してため息をついてからもう一度バグを見る。
「先刻、あの娘の貌を見て反応したな?――あの娘の名前はまお。彼女の居所を知っているなら案内して貰いたい」

 マッパはともかく町中でふんじばったまま歩かせるのもどうかと思った。
 それに、『まお』を掴まえていかなければ、とウィッシュが主張する。
「あんななりですが、『天使』が人間を無差別に殺す事は別に不思議なことではありませんよ」
 と言われれば従うよりほかない。
 実際に殺されかけて来たのだから。
 結局、針金のような彼女の髪の毛で完全にふんじばって、ミチノリに抱きしめさせて運ぶことに決めた。
「あーあ、ばれちゃった」
 バグの馬車は、所謂幌の荷馬車ではあるが、人が座る分には充分なスペースもあるし、歩いて移動するよりも楽な物だ。
 毛布を敷いて、座布団代わりにすると4人+1は車座になって話をしていた。
 +1は『まお』だ。
「思わぬ失敗だよ。……ホント。今までばれたことなかったから」
 がらがらがら、と音を立てて向かうのはトクシマ、まおが居たという場所。
 バグは確かに『まお』を見たというのだ。
「いや。……まあ、バグ氏の言うとおり、区別なんか付かないが」
「私が魔物だというのはともかく、何故なんですか?」
 ヴィッツは不思議そうに、真剣な表情で問う。
「私達は魔物なんですよ」
「……何がだ。魔物はともかく、理由は判らないがここに用事があったのだろうし、私達に危害を加えるとでもいうのか?」
 ヴィッツは、思わずウィッシュと顔を見合わせた。
――言わない方がいいよね
――そうですね、望姉。まお様の事は
「いえ、そうじゃないですけど……ほら、魔物と人間って敵対する物でしょ?」
「それは、おとぎ話や神話の話か?神様にそう言う風に定められてるとかいう。お前達は、人間と同じで神話という物を知っているのか?先刻の話しぶりだと」
 ウィッシュは頷いて、すと目を細めると幌から馬車の後ろを覗いた。
 蒼と土の色の二色しか、そこには映し出されていない。
 ばらばらと轍を隠す土煙が、延々とトクシマの大地に立ち上っている。
「多分、ボク達の場合はね。……キミ達のいいかげんなおとぎ話や神話とは違って、真実の記録として伝わってるから」
 ごくり。
 一斉に人間は喉をならした。いや、ミチノリを除くが。
 ミチノリは♪を飛ばしながら、まおを抱きしめている。多分今日は痛い目を見ることだろう。
「では、創世期以降、いきなり魔王が振って沸いた、という理由は神話の通りなのか?」
「そう……ですね」
 ヴィッツは迷ったように一瞬ウィッシュを見る。
「魔王陛下の光臨と、この世の創出はほぼ同時だって話だよ。魔物にも二種類有る。ボクらや天使のような、魔王陛下とは関わりのない魔物ね」
 実は魔王とほぼ同列の存在――ウィッシュは敢えてそれには触れなかった。
 逆に言えば、だからこそ、他の魔物が縛られるものから解放されている。
「陛下の設定に従う魔物と、世界の設定に縛られるボクら。ま、だからボクらは勇者とは関わりないんだけどね」
 勇者を捜して居るんでしょ?
 ウィッシュは聞きながら、応えを待たずに話を続ける。
「多分、キミらの神話で裏切る神様、彼女が信じた救いを護るために、魔王陛下が居るの。……ははは、だからボクらと陛下が、同じ神様のもとには居ないんだ」
「どこにいるんだ」
「どこ?そーだなぁ。『天使』は本来『神』を護る為に作られた守護者だけど、今は陛下を護る為のプログラムになってるし」
 そう言って、にやっと笑った。
「陛下の外側。やっぱり、ボクらの魔王陛下はボクらにとっては神みたいなかんじかな♪」
 ユーカは、彼女の知ってる事と思っている事、そして手に入れた情報からの憶測について、折角だから聞きたくなった。
 目の前にとんでもない存在が居るのだ。
 魔術どころではない。
 世界の秘密そのものがいるのだ。
 何となくバグの気持ちが分かった――が、彼らのやり方は賛成したくなかった。
 だから彼女のやり方でもっと。
 ウィッシュに近づいて、世界の秘密に触れようと思った。
「では――勇者とは、なんだ?何故勇者が産まれる」
 ぱちくり。
 ウィッシュは目を丸くして、困ったように首を傾げて、ふいっとヴィッツに視線を向けた。
 ぼん、と何故か音をたてて顔を真っ赤にしてヴィッツは俯く。
「さあ?」
「え?」
「あ、だって。先刻言わなかったっけ?ボクら魔王陛下とは関係ないもん。それは陛下の方の話だから」
 けらけらけらと笑って、唖然とするユーカを見て、「でも」と付け加えるように言いながら人差し指を立てる。
「人間のおとぎ話を見ても、何人も勇者がでてるよね。アレもウソじゃないよ。陛下も、そのたびに変わってるし」
 実は魔王よりも遅くに産まれて、詳しくは判らないというのが本音だ、と付け加えた。
「本質は違うけどね、私達は陛下に命じられた魔物によって作られたんだよ。陛下の一部と、天使をつかってね」
「魔物が?魔物を……ふぅん。……で、人間に手を貸そうとか、魔物が魔物同士を殺すのっていうのはどうなんだ」
「あは♪なんだー、ユーカさんそんなの気にしてたの?昔は勿論、今でも人間同士殴ったり殺したりしてる癖に」
 以前よりましだけど。
 ユーカは図星をさされて困った顔をする。
 実際、魔王が世界に光臨する以前の世界は、シコクという軍事国家が世界を統治せんと張り切って、戦争に次ぐ戦争だったと言われている。
 平和、確かに以前の殺伐とした世界に比べれば、魔物に襲われている今は人間同士は仲が良いのかもしれない。
 国家間の争いは、今や殆どないといってもいい。そんなひまないからだ。
「でもね。勇者って言うのは鍵、だよね。物語を展開させる鍵。陛下は、物語。そしてボクらは、物語を語る語り部……なのかもね」
「恰好つけすぎです望姉。ついでにそれはウソじゃないですか。誰が語り部ですか」
「なんだよー。絶妙に突っ込むんじゃないよぉ。……ま」
 そう言って、ちらりと『まお』に視線を向ける。
「取りあえず良かった良かった」


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