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魔王の世界征服日記
第80話 マジェスト=スマート


 魔城、元魔王執務室。
 現緊急魔王失踪対策特捜本部。
 ごてごてと余計な修飾語句が上から継ぎ足されて、凄まじい看板になっている。
 多分最初は失踪対策本部だったのだと思うが。
 微妙に意味が通じにくくなってしまっている気がするが気のせいだろうか。
「本部長」
 久々の出番であるカレラが、恰好に似合わない野太い声で言う。
 忘れてるかも知れないがカレラはどう見ても女性の恰好をした男である。
 四天王の一人だ。
「どうしましたかな?」
 そして、本来であればまおが座っているはずの席に、マジェストが両手を組み合わせて、両肘をついて座っている。
 何かと問題の感じる構図ではあるが。
 彼の目の前にある三角形の名札、ここに紙が貼り付けてあり「本部長」と書かれている。
「シコク周辺にて、魔王陛下らしき反応があったのですが」
「あったのですがではありません。見失ったのならそう言いなさい」
 ふう、とため息をついて左手に体重をかけ、ひらひらと右手を振って『どーでもいい』とジェスチャーする。
 しかしカレラは止めない。
「いえ本部長。唐突にそれが消えてしまい、以降それらしい反応すらなくなってしまい」
 ぴくん、とマジェストの貌にいつも以上の真面目さが戻ってくる。
「それはどういう意味ですか」
「言葉通りです。あの――シコク周辺は我々ですら接触が厄介でして」
 それはマジェストも理解しているはずの、常識。
 あの国周辺には、魔王の軍団にすら問題のある『もの』と『ヒト』がいる。
 半自動化した魔物を配置してはいる物の――逆に、それらは魔王と接点のある魔物ではない。
 いわばラジコン。簡単に言えば、意志疎通は出来ない。
「ヘカテに探させていたんですが、完全に陛下の反応その物が消失しました。おそらくヘカテの検索に引っかからなくなった何か要因があるかと」
 そう。
 自動制御されたものだけに、簡単な理由だけで探すことが出来なくなるのだ。
 マジェストは眼鏡を光らせて下唇を噛む。
「……ならおまえいけ」
「えっっ!」
「いけと言ってるんだ!いけ、魔王陛下を捜せ!速く見つけだせこらっ!」
 唐突にこめかみに青筋を浮かせて、机をばんばん叩いて立ち上がると、身を乗り出して右腕を振り回すマジェスト。
 大慌てで左右からアクセラとシエンタが駆け寄って、彼を強引に椅子に座らせる。
 シエンタはにこにこ笑ったまま、素早い手つきで右手を翻すと――小さな筒が握られている。
「いいかっっ!魔王陛下を見つけて来ないならすぐにでも処分してやっ」
 ぷしゅう。
「落ち着いてくださいマジェスト様。大丈夫ですよ」
「マジェスト様、まお様すぐ見つかる」
 彼はその筒を、マジェストの首筋に押し当てて、アクセラと二人で言い聞かせるような言葉を唱える。
「みつかるー」
 虚ろな目つきでシエンタの言葉を繰り返す、やばげなマジェスト。
「そうそう、マジェスト様がこれだけ努力されてるんですよ」
「帰ってくるから安心する」
 と、それまで極度に興奮していたマジェストは、ほうと一度大きく呼吸すると口元を歪めた。
「いけませんいけません。いや、私としたことが」
 そして、くいと眼鏡を中指で押し上げた。
 アクセラはそれをみて小さく頷くと、シエンタに合図する。
「そーですよー」
 彼はそれだけ言って、アクセラと一緒にマジェストから離れる。
 『鎮静剤』と、彼の手の中の無痛注射器には極太ゴシック体ででかでかと書かれていた。
「興奮してしまいました。……ヘカテも沈黙したと」
 突然ぶち切れて叫びだしたのに驚いていたのだが、ここまで変わり身が早いと対応の方が実はたいへん。
「は、は」
 ヘカテと呼ばれる、ストームブリンガーを統括するラジコンがいる。
 ヘカテ一体でストームブリンガーを十二体まで統括することができるのだが。
「既に命令済みのヘカテを二体解体されてしまっています。ストームブリンガーからのデータは一応記録してあるのですけれど」
 ビデオテープみたいな奴だ。
「あー、陛下の映っていないものは処分。意味がないですよ」
 ふ、と余裕のような笑みまで湛え、マジェストは応える。
「しかし」
 再び、彼は両手を組み直して、そこに額を押し当てるようにして頭を下げる。
「……陛下が見つからなくなった……ヘカテの解体とは関連は?」
「有りません。尤も、見つからなくなってからヘカテがばらされてますから」
 完全に否定も出来ない、ということだ。
「いや、陛下にはヘカテを解体するような技は持たれていないから」
 どうせ人間の仕業。それも忌々しい連中だ。これだけは間違いない。
 逃げる為に魔王が追っ手を倒すというのは考えられる事だが。
「……多分陛下は、余程理由がない限りそんな事はされることはない」
 奴らなら『解体』したがっている。
 まおは力を制御しないから『瞬時に消去』できるが活動停止に持ち込むことはまず不可能だ。
 あのタイプを心の奥底から嫌っているまおなら、一息で消したり逃げたりする事はあっても。
――まさか
 人間と手を組んだとか。
 それは、一番考えがたい結論だ。
「もしかしたら記憶をなくされているのではないでしょうか」
 カレラの言葉に、マジェストは眼鏡を光らせながら顔を上げる。
 貌が見えないからやめてほしいとカレラはいつも思う。
――便利な眼鏡だこと
 勿論マジェストはわざとやっている。
「――だとすれば」
 原始的な方法で、まおを捜さなければならないと言う結論になる。
「今陛下は、一番無防備な状態でさらされている事になる」
 それも一番危険な場所で。
 『ヒト』の中でも一番近づいてはならない『ヒト』がいる国に。
 マジェストの背筋にぞくぞくと悪寒が走る。
「……いけ」

  だだだだだだだだだだだ ぱん ぷしゅう

「おちついておつちてとつとつマジェストさまぁ〜」
 部屋の端っこからまるで飛びかかるように走り寄ったシエンタ。
 問答無用で無痛注射をたたき込む。
 首筋に。
 落ち着いていないのはどうやら誰が見てもシエンタのようなのだが。
「あー。……あ、シエンタ。大丈夫だから下がりなさい。お前の方が落ち着いていないでしょう」
「はーい」
 とてとて。
「あー、こほん」
 咳払いを一つ、マジェストはもう一度元の姿勢に戻る。
「カレラ。一応最悪の事態を考慮して行動してください」
「さ、最悪の事態って、まさか……」
 きらりん。
「無論、『何時自分が死んでも構わない』事態に決まってます。シコクに行けと言われないように頑張ってください」
 マジェストは含み笑いを漏らしながら口元を吊り上げる。
 こわいよ。
「は、はっっ!」
 わたわたと部屋を飛び出していくカレラ。
 マジェストはため息をついて肩をすくめ、がっくりとソファに体を沈める。
 今のところ芳しい成績ではない。
 実際にまおが見つかった――そんな報告を受けてから一体どれだけ立つのか。
 今のカレラの報告だって、本当だったら『救出しました』だったはず(マジェスト的楽観思考)なのに。
「なんてことだ」
 事態は悪化した。
 このままではまおの保護者として失格である。
 かといって、今この場を離れるわけにも行かない。
「こんなことであれば、見つかってすぐにシコクに向かうべきでした、陛下……っ!」
 だくだくと血涙。
「何故でていかれたのですかっっ!」
 彼のすぐ側には、銀色のお盆がある。
 それは、まおがいなくなった時に腐ってしまった彼特製のチーズケーキブルーベリーソース。
 まだ根に持っているらしい。今開けたとしたら、多分怖ろしい臭いが漂うに違いない。
「マジェスト様。……ボクが行きましょうか?」
 シエンタがおずおすと後ろから近づいてくる。
 何故かどこか頬を赤らめて、妙にもじもじと。
「シエンタ。止めておきなさい。アクセラもダメです。あなた方お二人は陛下のお迎えの準備だと、何度も言い渡したはずです」
「でも、まお様は今シコクにいるんでしょ。なんにも出来ない方だからお世話……」
 マジェストは無言で彼の頭を撫でて、強引に会話をうち切る。
 くすぐったそうにするシエンタは、別にそれに逆らおうともしない。
「今は我慢しなさい」
「……はぁい」
 てこてこともどっていくシエンタ。
 しかし、彼自身――本気でシコクにいくつもりはないのだろう。
 子供がだだをこねるのと同じぐらいにしかマジェストも捉えていない。
――まさか既に『解体』を受けている、とか
 怖ろしい想像に、彼は顔を蒼くする。
――シコクのマセマティシャンには、なんとしても気を付けなければならないのに
 それは魔王が触れてはならない存在。
 端的に言えば――敵。憎むべき、でも滅ぼすことの出来ない敵。
「洗脳自体は終了しているはずですが……まだ興味を持つ愚かな人間もいるのですからね」
 シコクは危険地帯。
 人間にとっては住める場所ではないが――一部の魔物にとっても、そこにいる人間のために危険な場所だと認識されていた。
 魔物の敵は、人間。
――どうか、ご無事で
 『最強』の魔物は融通の利かないロボットでしかないから、マジェストは自分を抑える事が難しいことにも気づいている。
 このままでは、間違いなく彼女を助ける為に飛び出すだろう。間違いなく、いつか必ず。
――早く帰ってきてください、陛下
 だから今彼は、ただ祈るより方法を知らなかった。


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