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魔王の世界征服日記
第64話 どなどな


 馬車はほぼ時刻通りに発車した。
 相変わらずはしゃぐまおを乗せて。
 馬車と言っても色々あるが、彼らの乗った馬車は十二人乗れる三頭だてのものだ。
 結構大きい鉄馬車で、走る速度は決して速くないが、がらがらと歩くよりも速い速度で走り続ける。
 窓から見える風景は、今までに見たことのない前から後ろへと流れていく綺麗な草原。
 風が吹いている訳でもないのに、大きくたなびいているように見える。
 鉄製の枠に填められた丸窓に張り付くようにして、まおは飽きもせずに外を眺めている。
 前後3列、前の2列は4人座れる椅子が向かい合わせに付けられている。
「さてと」
 一番前の革張りの椅子に深々と腰掛けるユーカ。
 隣でまとわりついているミチノリを押しのけて、彼女は腕組みしてナオを見る。
 ナオの隣にはキリエ、一番後ろの席でウィッシュ達がきゃいきゃいしている。
 乗り合いだが貸し切りみたいなものだ。他に客は居ない。
「……なんだよ」
「何、ちょっと確認しておきたいことがあるんだ。ナオ、キリエ。お前達は泳げるか?」
 今何故か顔を蒼くしたミチノリはともかく、ナオは平然とした表情で言う。
「泳げるぜ。別に。一応軍の課程にあるからな」
「温水だけどね」
 ユーカは少し眉を寄せる。
「海とプールでは感覚が全然違う。海の方が寒いし、身体が浮きやすいが波がある」
「それって心配するほどの事か?」
 ナオは腕組みをして椅子の背もたれにぐーっと押しつけるように伸びをする。
 狭い馬車の中では時々身体を動かせる方が良い。
 キリエは足を組んだりしてみる。
「オオアライからはガレーシップだろ?」
 キリエの科白にもユーカは眉を寄せて苦い顔をする。
「確かにそうだ。が、シコクに向かうのだ。海上で魔物と遭遇する可能性がある」
 ぴく。
 ナオの顔色が変化する。
「海にも魔物が居るのか?」
「ああ」
 淡々とユーカは頷いた。
「シコク周辺では嵐が多く、そんな夜に限って出没する魔物がいるらしいんだ。だから魔物が嵐を起こしているとも言われている」
 ナオはふん、と頷いた。
 考えてみればさほど不思議なことではない。
――入るのも出るのも妨害しようってことか
 シコクに何故強力な魔物が居るのか。それは様々な噂が飛び交っている。
 しかし、少なくとも知っている限りそこに魔王がいるわけではないらしい。
 非常に変な話だが。
 それは常識として触れわたっている。
 曰く、魔王を倒す方法がそこに隠されているだとか。
 曰く、強大な軍事力が魔王にとって邪魔だったからだとか。
 しかしそれももう千年以上前の話であり、はっきりしていないのが現状だ。
 ともかく今は、人間が住むには非常に問題のある国になっているということ。
 そんな場所だから、人間が近づいてきたら追い出そうとする魔物が居てもおかしくない。
「もう勇者って奴は、そこで魔王を倒す方法なりなんなり見つけてるのかな」
 …………。
 キリエとユーカは目を合わせて思わず苦い顔をした。
 ちなみにミチノリは判ってるのか判っていないのかにこにこしている。
「悪いナオ。まだ言ってなかった。勇者を捜しに行く旅じゃない」
 がたごとがたごと。
 一瞬馬車の音だけが妙に耳について響いた。
「……何しに行くんだ」
 流石にナオは怪訝そうな顔をして、首を傾げる。
「ああ。私の知り合いにキール=ツカサという男が居る。とりあえずはそこを目的にする」
 言い切るユーカ。
「とりあえず?する?」
 流石に微妙な調子に気づいてナオは強調するように繰り返し、眉を寄せる。
 しまった、と思ったが、ユーカは顔色も変えずゆっくり頷く。
 彼女も人をだませるような人間ではないし、ナオも自分の命に関わる事には敏感だったと言うべきだろうか。
「悪かった。実を言うと特務として旅をしているが、シコクに向かう以外に目的はなかったからな」
 精確には確かに違う。
「騙していたわけではない。勇者、魔王に関わるモノを手に入れる為の旅だ」
 理解できるように説明しよう、と彼女は一度言葉を切ると真面目な顔をして二人を見ると、そのままミチノリに視線を向ける。
「……なぁにぃ」
「いや」
 きゅ、と彼女の腕に絡めた腕に力を込めて、彼はユーカを見上げる。
――ほら、やっぱり騙してたじゃない
 何となく責められているような気分になって、彼女はため息をついて視線を逸らせた。
「まず勇者と魔王の組み合わせが存在する。しかし、まずこの魔王というものがくせ者だ」
 ぎく。
 窓に張り付いたまま冷や汗を垂らすまお。
 勿論ふりかえったりしないが。
「創世の頃から存在した訳じゃない。いきなり、まるで降ってわいたように存在した。ついでに付け加えるが、既に何度も滅んでいる」
「知ってるぜ。おとぎ話だろ」
 ぶんぶん。
 ナオの言葉を否定するようにゆっくり首を振ると彼女は話を続ける。
「事実だ。魔王というのは、何度も勇者によって滅ぼされ、その後少なくとも勇者の存命中は生き返った記録はない」
 ごそごそ、とミチノリは動いてユーカから身体を離した。
 そしてちょこん、と座ったと思うと懐から巻物を取り出す。
「ありがとう」
 ユーカにひょい、と差し出すと、彼女はそれをくるくると開く。
「その間魔物は何故か消失し、平和と呼ばれる期間があった上で、再び魔王は魔物の軍勢を率いて復活する。世界を滅ぼす――征服するために」
 そう言いながら彼女は巻物を見せた。
 そこには年表のようなモノが書かれている。
「つまりこうだ」
 魔王の『復活』。勇者の『発生』。そして魔王の『滅亡』と平和の期間。
 きゅ、と赤い色で線を引いている。
「勇者が魔王を滅ぼしてから死ぬまで、この期間が平和の期間。それを除いて、この世界は魔物で溢れるようにできている。――まるで、そう定められているように」
 彼女は巻物を自分のほうに向けてくるくる、さらにめくっていく。
「この平和の期間、これはむしろ不自然な期間なのだろうと仮定すると、勇者が発生していない魔王だけの期間」
 はらりと裏返すと、今度は蒼い線を引いた図が載っている。
「これは比較的長く、25年も待たないかと思えば、200年以上続く今のような状況もある」
 両方存在するほんの数年よりも基本的に長い、とユーカは続けると巻物をミチノリに返した。
「つまり、この期間は非常に安定しているといえる。ここまではいいな?」
「あー、不安定とか不自然って」
「簡単に終わるって事だ。不安定なやじろべーみたいなものだよ」
 キリエは目をくるくるとさせて首を捻る。
「逆に、安定してるって事は変化させるのに力がいる。勇者という存在は魔王を滅ぼさなければならないから同時に存在するのは難しいし、勇者は魔王を滅ぼすから、魔王無しには存在しにくい」
 滅ぼされた魔王は、勇者が居ると存在できない。
 つまり、長期間勇者が居ない状態というのは世界としては細波すら立たない安定した期間。
「今という時期は、世界が安定している訳だ。力の揺らぎすら発生しないほど」
 ナオは首を傾げながら、ユーカの目を見つめる。
「それって、つまり世界としては問題ないって訳?人間が滅ぼされて魔物の世界になっても」
「元々世界は人間のために有る訳じゃない。そう言う事になるかも知れないが」
 では勇者とは何か。
 何故勇者が生まれて魔王を滅ぼすのか。
 魔王はなぜ勇者に滅ぼされなければならないのか。
「それ以前に、魔王が世界を征服する理由って、なんだろうか。という話になるだろう。今回はそれとは違う」
 困った顔を浮かべると、悔しそうに彼女は貌を歪める。
 自信たっぷりな表情しか見たことのない彼女が、こんな顔を見せることは滅多にない。
「つまり勇者という存在が顕れた瞬間、世界は揺らぐ。狭い世界の崩壊を、動揺を起こす為に」
「ゆぅちゃぁん、それって今思ったことでしょ」
「うー。五月蠅い。証拠が見あたらないんだ。魔術によっても力の動揺が発生するし、世界はその傾きを修正しようと動き始めるんだ」
 かーっと子供が言い訳をするように顔を赤く染めて、彼女は隣のミチノリに怒鳴る。
 ミチノリは相変わらずにこにこ、いやにやにやして彼女を見つめている。
「でもぉ、間違ぃなぁく勇者がぁ発生しぃたなぁらぁ、世界は歪んだぁ」
 くすりと小さく笑うと真正面からユーカに抱きつこうとして、彼女の掌にキスしてしまう。
 ユーカが差し出した掌でミチノリの顔はぐいと後ろの壁に押さえつけられていた。
「抱きつくな鬱陶しい。……私が推論を述べなければならないのは非常に、こう」
 どこか興奮した様子。
 普段落ち着いた彼女の事を知る二人には珍しい光景だったが、キリエは取りあえず落ち着かせようと彼女の言葉を継いだ。
「腹立たしい、とか」
「ああ腹立たしい。だが論理的に考えて、この間の世界の歪みはそれしか思いつかない」
 ぐりぐり。
 ばたじたばたじた。
 ユーカはミチノリをそのまま壁に押しつけている。
 呼吸が出来ないのかミチノリは両手足をばたばたさせている。
 彼女らしくない論理的じゃない対応だ。
「そう言う訳で、何故勇者が発生するのか、何故魔王が存在しなければならないのかを私自身頼れるのがキールしか居ないと言う訳だ」
「むばっもがっ」
 ぱ、と急に手が顔から離れて、椅子の上にぺたりんと崩れるミチノリ。
 顔が真っ赤で、涙目になっている。
「ゆぅちゃぁんいぢわるぅ」
「やかましい」
「その世界の歪みは誰かが故意に歪めたモノなのか、その誰かとは誰なのか。――結局手がかりのないまま、占いに頼ったのが現状だ」
 じっとしていても世界を知ることは難しい。だから行動するための指針が欲しい。
 占いにそれを頼ってしまう事は危険な賭けだが、今ある選択肢を未来へと予知する事でその選択肢を狭める手段としては有用といえる。
「結局遠回りになった、とか」
「占いでははっきり出ないからな。しかし、シコクに向かうなら戦力がいる。だからお前達を借りた。ここまでは間違いではなかった」
 うんうんと頷くミチノリ。
「ともかく――これからが本番だ。頼りない話。こんな話を聞いても付いてきて貰えるか心配だったから、はっきり目的を言わなかった」
 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げた。
「すまない」
「え、えと」
 ナオとキリエは顔を見合わせて、互いに困った顔をする。
「謝られても。もう特務で出動かかってるんだし、なぁ?」
「ああ。やれることはやる。ナオ、お前の背中は俺が守る」
 に、と口を歪めて笑うとナオはユーカに不敵に笑みを湛えてみせる。
「俺はユーカ達を守る。それだけだ」
 思わず、ユーカは笑って頷いた。
 ありがとう、と言葉を出すだけでも精一杯だった。


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