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魔王の世界征服日記
第61話 ナオ(前編)


 幼稚園の保父さん状態で駅を回るナオ。
「悪い、まお、ウィッシュにヴィッツ……そろそろ腹が減ったんだが」
 うんうんと頷くウィッシュは、ぽんと手を叩くと屋台を指さした。
「こういう場所でああいう所では如何でしょうか」
 にっこり。
「あ」
 ぱっと顔を明るくしたまおだが、すぐに心配そうにナオを見上げた。
 ヴィッツは黙ったまま、ナオの視界ぎりぎりの位置にいる。
「んー、何だろう」
 ぷぅんと何かの肉が焼ける匂い。
「スペアリブだよー。スペアリブおいしいよー」
 思わずねこかぶとの頬肉を思い出したが、あれはあれでおいしい。
 しかし量的に足りるかどうか。
 そう思って聞こうと思った時にはみんなの目はもう屋台にしか向いていなかった。
「もうスペアリブにするしかないね」
 ウィッシュが笑いながら言うのを聞いて、ナオは肩をすくめる。
「いや、反対はしないけどね」
 ぞろぞろとスペアリブの屋台に並ぶ。
「すみません、スペアリブえーと」
「うちのスペアリブは大きいからねー。食べ応えあっておいしいよー」
 確かに。
 いったい何の肉なのか、房単位で売っている。普通房で売らないだろう。そも房ってなんだ。
 『一房』も在ればステーキ数枚分に相当する量が焼けているようだが。
「4つ下さい」
「ありがとうございますー」
 と、耐油紙の紙袋にどさどさ放り込みながら、片手で金勘定をする。
――豪快だなぁ
 豪快と言うよりいい加減というか。
「まいど」
 そう言って差し出す紙袋は片手じゃ持てないようなサイズで。
 何というか金額の割に多すぎた。
「あの、こんなにいらないです」
「あ、そう?じゃおつり」
 ひょいひょいと何本か抜き取りながら、一房分お金を返してくれる。
 それでも結構な量だ。
「これじゃおなか一杯食べられるね」
「……壊れる程食べられそうだけどな」
 いい匂いにうきうきで言うまおに、油でぎとぎとになりそうだと思いながら応えるナオ。
 ウィッシュがてきぱきと場所を探して確保してくれた御陰で、ナオは重い紙袋を何時までも持つ必要はなかった。
 駅側の小さな丘の上、敷き詰められた草がまるで絨毯のような場所に腰を下ろし、中央に紙袋を置く。
「いただっきまーす」
 一本あたりの大きさは丁度大きめのバナナほど。
 本当に何の肉だろうか。
 ナオが危惧していた程油っこくない。
 一口かじると弾力のある肉から肉汁が染み出してくる。
「ふぉいひい」
「まお様、口の中にモノがある状態で言葉を出さないでください」
 ナオはつい、と視線を駅に向けた。
 駅からは何台も馬車が飛び出し、逆に何台もの馬車が乗り込んでくる。
 がらがら、がらがらと。
 こうして外から眺めていれば、それがまるで大きな生き物か、別の存在のようにも思えてくる。
「どうしたの」
 まおが片手にスペアリブを握ったまま、彼の隣に座る。
「んー、駅を眺めてたんだ。別に……」
「えきって凄いよね。人間が作ったものでも、ここまでのものがあるとは思わなかったよ」
 素直に喜んで、彼女も駅を眺める。
 スペアリブを、並んでかじりながら。
「ナオ様、駅には何度か来られてるんですか」
 こちらは2本も食べれば充分、と手も口もナプキンで拭いて何も持たずにすぐ側に寄ってくるヴィッツ。
「あー。うん。あのさ。できれば様づけはやめてくれよ」
「あ、その……気を付けます。つい」
 ふいっと視線を逸らせて俯く。
「ごめん、別に悪い訳じゃないけどさ、なんだかむずがゆいから」
「――さて、ナオさん。ではこの大盛りスペアリブをどうしましょうかー」
 まるで割り込むタイミングを考えていたかのように、ナオの背後からがしっと肩を掴む。
「ボクもヴィッツももう食べられませんって感じなんですが」
 え。
 一瞬硬直する空気。
 思わず顔を見合わせるまおとナオ。
「……見つめ合ってる」
 違うぞヴィッツ。
 というか無理矢理にこじつけてないか。
 ともかく、そんなこんなで。
 無責任に背後で応援する二人を尻目に、まおとナオの目の前にででんとスペアリブが並んだ。
 ちなみに、一房ほどである。
 房じゃ量が分かり難いとのご要望に応えまして、ステーキ換算ですとスペシャルキングサイズ3枚分であります!
 ちなみに、既に二人ともそれなりの量を食べた後の話なので。
――ざっとステーキ4枚か
 自分の頭の中で肉の塊に換算するナオ。
 一応大食い大会で同サイズのステーキを4枚平らげて、ナオは堂々3位の成績だった。
 どうでもいいがキリエは4枚食べきれなかった。
「……勿体ないけど捨てようか」
「うー、たべれるだけたべよう。いきなり捨てるのはどーかと思わない?」
 正論である。
「ふれーふれー」
 棒読みちっくに応援するヴィッツを睨んで、むんずと取りあえず一本掴む。
 このスペアリブという食物は結構くせ者である。
 最初は確かに美味い。実際結構良い肉だと思う。でも、冷えてしまうとその脂がいのちとりである。
 肉汁となっていた脂身が、そのまま白く固まってくる。
 もう旨味なんか感じない。
 さらに、なにせ大量に摂取した後の話なのだ。
 脂がこってりとしつこく口の中に残る。

 もう食べられない。
 そんなかんじ。
 でも、後2本ほど食べればもう登頂なのだ。
 まおはいっぱいいっぱいながら、何故か悦びを覚えつつあった。
 ちなみに、隣でスペアリブをかじるナオは妙に事務的だった。
 その時、にゅといきなり三人目の手が二人の間に差し入れられる。
「!」
「無理しなくて良いだろ」
 そして、スペアリブを一本ひょいと取り上げて、くるくるともてあそぶ。
「キリエ」
 ウィッシュもヴィッツも驚いて目を丸くしている。
 そしてぱくっとかじる。
「お。美味いじゃん。……あ、ごめん、食べたかった?」
 まおが目をうるうるさせて彼女を見つめるので、ばつが悪くなって思わず言う。
「えー、いいよぉー。うー」
 全然良さそうではなかった。
 ナオはこれ幸いと残りを押しつけるように差し出す。
「くってくれ、きつかったんだ」
「いや、その……」
 ちらり。
 まおはぶんぶんと首を振る。
「もうたべられない」
 別に食べたいわけではなかった。ただ登頂したかっただけだ。
 もう少しで頂上と言う時に、いきなり頂上が張りぼてのように崩れて消えてしまっただけだ。
 キリエは複雑な表情をして渋々受け取ると、ナオに向き直る。
 普段なら何とも思わないナオだったが、その雰囲気に気づいて息を呑んだ。
 いつもより真剣な表情で、丁度立ち合いをやってる時の貌そのものだ。
 違うのは、殺気を帯びているのか否か――違うもの、鬼気迫るものを感じた。
「何だ」
「……頼む」
 キリエはそう言って、腰に下げた斬魔刀を――いや、差し出されたそれは木刀だった。
「おい……お前、出発した時妙に荷物多いなぁと思ったけど」
 この斬魔刀の木刀は結構な重さがある。
 樫の木ではなく、俗に『鉄の樹』と呼ばれる普通の鋸では切れないような木材を使って作っている。
 水に沈む程の樹なので、これで作られた棍は鉄の保護帯を必要としない。
 ちなみにそんなもので本気で殴り合うのだから、怪我ですめば良い方だと言われる。
「一勝負」
「勝負って」
「頼む。お願いだからやらせてくれ」
 断る理由はない。
 良く差し出された木刀を見ると、見覚えのある傷が入っている。
「……俺の木刀まで用意してるなんてな」
「訓練場からかっぱらって来たんだ、別の誰かのを持ってくる訳にいかないから」
 ナオは口元を歪めて笑い。
 それを受け取って、一度握りに手を通してくるんと回す。
「いいぜ。体を鈍らせるのは良くない。――やろうぜ」


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