魔王の世界征服日記
第59話 えき。
「うわーっっ!」
それから、ナオの心配をよそに強行軍は行われた。
勿論心配の必要なんかないぐらい、いわば元気いっぱいなまおに、逆に押されてたりしたがそれは別のお話。
結局、それから二日で最初の駅にたどり着いた。
乗合馬車は主要街道沿いに幾つか駅を持っていて、これをいわば繋ぐ形で一日に何本も走っている。
料金は格安で、安宿の一日の平均的な宿泊費のおよそ四分の一ぐらいで乗り込むことができる。
大体500エンから1000エン止まりである。
これは、維持費と人件費が殆どを占めるだけではなく、各国が協力して援助を行っている為である。
国と国を繋ぐ、魔物との争いのための生き残る知恵。
いわばそんなものなのである。
馬車は戦闘用に改造された重馬車であり、戦車に近い物が殆どだ。
幌馬車なんか魔物の牙を止める役割を持たない。当初は走っていたが、今では鉄枠か木組みの馬車である。
もちろんまおは初めて見る。
駅というのは、丁度何台もの馬車を集めておける施設と、飼い葉桶の並んだ厩舎と、簡単な安宿を組み合わせたようなものであり、大きなものは馬車を百台近く収める事ができるようになっている。
このアキタの駅は百とはいかないまでも相当数の馬車を収める事のできる、一番近い巨大な駅だった。
ここが最北端、ここから南はナゴヤにも行けるが、陸続きのヤマグチが最南端の駅になる。
「ぁー、まお様元気いっぱいですねぇ」
ウィッシュはのんびりと言うと、額の汗を拭う。
「ねーねーみてよみてよっ!ほら、すごいよっ」
ウィッシュの腕を持ってぶんぶん振り回して、ともかく気を引こうとするように馬を次々に指さす。
「……なんであいつはあんなに元気なんだ」
「同感ー。前々から凄いと思ったけどさ」
ナオとキリエの二人とも肩で息をしている。
荷物が重いのは当然だが(武装してるだけに重いのだ)、それ以上に強行軍だったからだ。
先にへばるだろうと思っていたまおが、むしろ大はしゃぎという感じで全く堪えてなかった。
――絶対におかしいよ
キリエは、負けた悔しさのようなものを感じて。
――まおって、実は俺より凄いんじゃねーか。さすが魔法使い
ナオは素直に感心したりしていた。
「やっぱり体内に保持できる魔力の差がそのままでてくるのでしょう」
本当か嘘か判らないものの。
ヴィッツは蒼い顔をして呟く。
「いやー。ただ単に子供なだけだと思うね」
ウィッシュは呆れたような、どこかすがすがしい顔で言う。
「それにしても、凄いです。まお様ではありませんが」
彼女はうっとりとした顔で駅を見る。
馬馬馬。馬車にヒト。もうそれも街で見かけるようなレベルの話じゃない。
「これだけの規模の駅は、もう近隣にないからな」
ユーカの記憶では、これ以上北に駅が作れないのは、凍り付く為らしい。
万年凍った世界には馬も生活が困難なのだろう。
「まお、もしかして馬車を見るのは初めてか?」
「えー。いや、違うけど乗るのははじめて」
ナオの言葉に目をきらきらさせて応える。
「のってみたかったんだー。こんなに人がいるのを見るのもはじめてだし」
初めてづくしの世界。
まおにとっては、それら全てが大切なもののように感じて、自分のものにしたくて仕方がない――そんな風に見えた。
「まあ、普通こんな所はこないだろうし、滅多にこれだけの人間は集まらないよなぁ」
もっともな呟きにナオは納得したように言う。
彼にとって、多くの人間が集中する場所や馬車、特に戦闘用の戦車は珍しいものではない。
軍隊とはそう言うものだ。
「こういうものって、良く作れるよね。どうやって考えつくんだろ」
同意を求めるような、気持ち語尾にアクセントが強い言葉。
「そうだな」
ユーカが漏らした言葉に、ナオも素直に頷いた。
「これは、どんな強力な魔物が襲ったって、壊す事は出来ても消し去る事は難しいだろうな」
「当たり前だ。それが人間の営みって奴だろう」
彼女はナオに同意というよりも、そんな疑問など浮かびもしないという風に呟き、相変わらず腕に絡みついているミチノリの手を握りしめる。
「へへへ。ゆぅちゃんかわいい」
「いきなりなんだっっ!」
ぶちきれるキリエ。
「騒がしいなぁもぅ」
ウィッシュに呆れられながらも、一行は駅に入った。
スケジュールは黒板にチョークで書き加えられていく。
ほぼ決まっているが、路面の状況や魔物の出現によって若干誤差が出て、駅で時間を調整するのが一番確実だからだ。
「えーっと……次のサイタマ行きは14時38分だね」
まおはくるり、とみんなの方を振り向く。
「えー」
「何故に棒読み」
ヴィッツはウィッシュを見上げて、何故か眉根を下げる。
「今は12時ですから」
「……棒読みの回答はなしな訳だ。とは言え、確かに時間があるな」
ユーカはため息をついて、ナオに顔を向ける。
気づいて、彼は自分を指さすと、ユーカは一瞬ウィンクをして。
「ゆっくり食事でもとろうか」
「さぁんせーぃ」
きゃいきゃいと殆ど女の子のノリで騒ぐミチノリ。
ナオは彼女の合図の意味が判らなくて大急ぎで思考回路を回転させる。
「ね、ね、じかんがあるならさ」
まおはナオの袖を引っ張りながら言う。
ユーカは苦笑いをしながらあごをしゃくる。
――ああ
何となく言いたいことが理解できた。
物欲しそうな貌をして見つめているまおに、ナオはおかしそうに笑って応えると言った。
「駅の周りを回ろうか?ついてくる?」
「はい」
「はいっ」
む。
同時に声を上げて、同時に睨み合いを始めるまおとヴィッツ。
「あ、じゃあいく」
「じゃあってなんだよ」
気が付いたようにウィッシュが手を挙げて言う。
「いえ、別に深い意味はありません、まお様。ただ私一人だけ置いていかないでください」
まおの表情が少し苦くなる。
否定しきれない理由を上げられれば何も言えないはずだ。
ヴィッツの方は素知らぬ顔だから、別に連携ってわけでもないらしい。
「私達は別に珍しいものでもないが」
ちらりとキリエに視線を向けるが、そっぽを向いていて何も言わない。
「初めて見るなら良い経験だろう」
「まあ、初めてだったらね」
ぶすーっとしたまま、むくれた声で言うと、キリエはちらりとナオに目を向ける。
が、ナオが視線に気づいた時にはユーカの方を向いていて。
「取りあえず食事にしよう。確か宿とかもあるんだろ?」
「ああ。しかし」
食事は一緒に摂っても、と言おうとして止める。
今のキリエは何を言っても絶対反対する様な気がした。
――ああ、だからさっさとはっきりしておけばいいのだ
くすりと小さく笑って、ぶら下がったミチノリを引きずるようにして、彼女に応える。
「良い店を知ってるのか?」
「あー……そんな訳じゃないけど……」
慌ててしどろもどろになる彼女に、おかしそうに笑いながら助け船を出すことにする。
「だったら私に選ばせてくれないか?旅の際気を付けておくと良い事を教えよう」
「ホント?じゃ、任せる。行軍とか訓練じゃ、旅とは違うから勝手が判らないんだ」
嬉しそうに応える彼女の様子に、少々大袈裟なものを感じてユーカは笑う。
――ナオ、私は手助けはしないからな
この二人がどうなるのか面白くなってきた。
折角だから日記でもつけようか、と思いつつ、ユーカは彼女とそのままレストラン通りへと向かった。
取り残されたようなナオだが。
「あー、あれあれ!ほら、あれなに?」
妙に興奮してあれこれと聞きまくる、もう無邪気な子供でしかないまおと。
「うんうん、こんなまお様が見れるから着いてきたかったんだよ」
それをにこにこ見つめるウィッシュと。
「あー五月蠅い」
まおにぶつぶつ文句を言いながらもナオの一番側に陣取るヴィッツ。
見た目は、仲の良い兄妹で遠足しているというよりは。
「親子だよねこれじゃ」
「だれがですか望姉」
ぷい、と振り向くヴィッツ。
「否定するなら、まず腕を放しなさい」
しっかとナオの右腕にしがみついて離れようとしない彼女を見て、ため息を付きながらウィッシュは言った。
勿論聞こうとはしなかった。