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魔王の世界征服日記
第58話 夜が明けて


 次の日、旅支度を調えたナオとミチノリは食堂で向かい合っていた。
 朝食にはまだ少し早いが、コーヒーぐらいは出せるらしく、二人の前にカップが二つある。
 その真ん中に、地図を広げて自分の人差し指と親指で尺取り虫を作るナオ。
「あと三日の旅程で駅につく。駅からは乗り合い馬車で二駅ってところか」
「駅まで遠ぉいねぇ」
 ミチノリはそれを見ながらにこにこしている。
「ナオちゃんはぁ、このぉぐらいのぉ行軍だぁったらぁ」
「楽だよ。全然。気楽だし……ちょっと大所帯だからそれだけ気になるかなぁ」
 少し語尾がミチノリ語がうつりながら、ナオは先手を打ってかぶせるように言う。
 む。
 ミチノリは口を尖らせて拗ねる。
「むーぅ、みっちゃんの言葉をぉ先取りぃしないでぇ」
「お前のんびり過ぎるからな」
 と会話していると、とんとんと軽い足音がして、女性が現れる。
「おう、おはよう」
「起きてたか、二人とも」
 やはり、既に旅装束に身を包んだキリエとユーカだ。
「ちょっと地図を確認してたんだ。後どれだけ距離があるか見ておきたくてね」
 答えるナオに、振り返るミチノリ。
 振り返った彼に、ユーカは目配せする。
「危なぁいかなぁ」
「危ないと言うほどじゃないけどよ。……俺達だけだったらの話だよな」
 まるで当たり前のように二人の間に座るキリエ。
 その向かい側にユーカが腰を下ろして、両手を自分の顎の下で組む。
「それは何処まで含むんだ」
 キリエに投げかけた言葉を、ユーカが返す。
「ここにいる全員」
「あいつらを除くって事だな」
 キリエも納得したように頷く。
「どれだけ行軍できるか判らないあの3人、一緒に行動するとして休憩にどれだけ時間をとらなきゃいけないか判らない」
 まおを除けばかな。とナオは考え直す。
 まおはどう見ても子供――彼よりも年下だ。しかし彼は、まおがサイタマより遠い魔城から徒歩でここまで移動したことがある事を知らない。
 ある意味無茶苦茶だが、それは人間と比べての事だ。
 彼女は人間ではない。
「そうだな。訓練を受けてる俺らとは大きく違う」
「それも駅までの辛抱ではないか?どちらにせよすぐ駅につかないか」
 ナオは苦い顔をする。
「……それが」
 彼は地図の端を叩くように指さして言う。
「昨日の移動距離、計算してみたけどこのぐらいなんだよな。これじゃ、予定の半分ぐらいしか進んでない」
「つぅまぁりぃ、この」
「三日かかる」
 話をしようとするミチノリを遮って、大声で結論だけ言う。
 またミチノリは哀しそうな顔をして拗ねてしまう。
「うーうー、昨日ぅからぁ、みっちゃんの扱ぁいぃがそこはかとなぁく酷ぃよぉ」
 机の上にのの字を書いてぐすんと鼻をすする。
「そうか。――少し行軍速度を上げよう。それでついてこれないようなら考えればいい」
「んー……」
 ユーカの言葉にナオが言い淀んで腕を組む。
 キリエは僅かに眉を吊り上げて、彼を睨んだ。
「何だよ、他に方法はないだろう。どうせ二日程なんだ」
「いや、まおの事だよ。あいつ完全に子供だろ?」
「まおちゃんはぁ、みっちゃんが何とかするよぉ」
 にこにこ。
 殆ど無責任に笑っている彼に、一瞬全員の視線が集まる。
 勿論それも意に介さないミチノリだが。
「歩く薬箱がこう言ってる事だし」
「ユーカ、時々お前ミチノリに対してかなり辛辣だな」
 さすがに眉を顰めてナオは言うと、ミチノリを見る。
 相変わらずにこにこしている。
 こうしていれば頼りなさ気な雰囲気があり、実際華奢な彼だが、どうしてか行軍や戦闘では丈夫さを発揮する。
 体力があると言うよりは頑丈という言葉の方が正しいだろう。
 もしかすると、バカに付ける薬がないのと同じで、彼は疲れないと信じているのかも知れない。
「うんうん」
「堪えてないよなぁ」
 キリエも呆れてため息をつく。
「判っているだろう。ミチノリの治療は間違いない。ミチノリの抱擁は気力体力の回復と滋養強壮に効くんだ」
「滋養強壮にはきかないよぉ」
 小声で反論するミチノリ。
「おきゃくさーん、地図どけてくんない?すぐ朝食持っていくよ」
 カウンター越しに威勢のいい言葉がかけられる。
「やれやれ」
 彼はぱたぱたと地図を折り畳みながら肩をすくめた。

 ほとんど同時刻。
「まお様、早く起きて下さい」
 やはり身支度を終えたウィッシュとヴィッツが、まだこんもりと山を作るまおのベッドに声をかける。
「毎日毎日これだとこれからが思いやられます」
 ふう。
 ヴィッツはあからさまにため息をついて、ジト目でまおのベッドを睨み付ける。
 ウィッシュは強引に布団をはぎ取る。そりゃぁもうばらりと。
「うひゃん」
 奇妙な声が聞こえて、猫のように丸まったまおが顔を上げる。
 焦点のあっていない目つきで、ぱちくりと瞬きしている。
「早く着替えてください」
「もう朝食の時間です。食べたらすぐ出ます。用意は手伝いませんよ」
 とヴィッツは既に部屋から出ようとしている。
「あーヴィッツ、ボクを待つぐらいは部屋にいてね」
 と声をかけると、まおを見下ろす。
 まおは何とか奇妙な声を上げて、体を起こそうとしている所だった。
「まお様、荷造りは?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。着替えたらすぐいくよー」
 ふにゃふにゃと答えてベッドから下りて、自分のバックパックに取りついて荷物を引っかき回す。
「じゃあ、先に行ってるから、食事したら出られるようにして下さいね」
「ふぁい」
 パジャマをゴミのように投げ捨てて、下着一枚になる。
 ちなみに胸はないので下だけだ。みたまんま子供である。
 そして、お気に入りだろうワンピースにごそごそと袖を通す。
 髪の毛を出して、ゴムでくるくると二つのお下げを作って。
 そこで初めて気が付いた。
「……あの、ウィッシュ?」
「何ですか?まお様」
 ウィッシュは部屋の入口でじーっとまおを見つめている。
「先に行くんじゃなかったの?」
 言いながら、まおは投げ出した服を荷物に押し込む押し込む。
 その様子に思わず首を傾げて、ウィッシュは答えた。
「気が変わって、まお様の着替えを見つめてました」
「……」
 じとー。
「ああやだなぁまお様。ボクの趣味は知ってるじゃないですか」
「うるさい行くぞ!あさごはんあさごはんっ!」
 そんなこんなで、結局三人で食事に向かう。
「あー、誤解しないでくださいよぉ、まお様ぁ」
 と、嬉しそうな声でにこにこ笑いながら言うウィッシュ。
「何が誤解か!一緒にいたらいつか襲われそうだよっ」
「良ければ何時でも襲って見せます。夜討ち朝駆け寝入りに闇夜」
「うるさい!」
 物騒な事を言うヴィッツを一喝して、ぷいっと背中を向ける。
「全くもぉ。朝っぱらから何だってのよぉ」
 食堂に向かう彼女達の元に、ぷぅんと朝食の良い香りが漂ってくる。
「ぉ」
 まおは、それまで眉を吊り上げていたのに。
「うん、これはボイルしたウィンナーですねぇ」
 にへらーと相好を崩す。
「おいしそー」
「嫌いな人は珍しいです」
 それまでの不機嫌はどこへいったのか、かつかつと食堂へかろやかな足取りで向かう。
「子供ね」
 ため息をついて吊り目で睨むヴィッツの頭をぽんぽん、と叩いて、ウィッシュはまおの背中をにこにこしながら見つめている。
「ええ、可愛い可愛い♪」
 既に朝食を囲んでいるナオ達も彼女達に気づいて、食堂の入口をくぐるまおにナオが手を挙げる。
 まおはにっこり笑って両手をぶんぶん振って飛び跳ねる。
「おはよー」
 隣の卓について、ナオとキリエの間から朝食を覗き込む。

  むんず

「まお様お行儀が悪いですよ」
 しかし、まおは突然の浮遊感に遮られて後ろに引きずられてしまう。
「おはようございます」
「ははは。どっちが師匠なんだか判らないな。おはよう」
 むーと悔しそうな顔をするまおを、片手でぶら下げるウィッシュ。
「朝食を三人前」
 さっさと注文をするヴィッツを横目に、まおを卓に降ろして自分も隣に腰掛ける。
「朝食後すぐ出る。実は遅れ気味だから強行軍になる」
 キリエは振り向きながら、素っ気なくまお達に言う。
「まお、あんた……」
「んーん、だいぢょーぶだいぢょーぶ。急ぐなら急いで行った方が良いもんね〜」
 へらへら。
「……。まあ、本人の許可もおりたし」
「なあ、ナオ。俺思うんだけど、もしかして無駄な心配してるんじゃないか?」
 多分ではなく、間違いなくである。


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