魔王の世界征服日記
第51話 ひすてりぃ
宿の作りとしては結構ちゃちだが、廊下がぐるりと周囲を取り囲むような形をしていて、どこからでも何処へでも行ける。
廊下には部屋が外向きに配置され、四隅に部屋が配置される極簡単な間取りだ。
そして露天風呂を含め浴場はこの外側にあり、廊下で繋がっている。
囲まれた内側にあたる部分に家族風呂がある。
「おう、もう飯か」
ナオは応えると立ち上がり、まおの歩く方向へと向かう。
「キリエさんはもう先に行ったからー」
とユーカに告げる。
「お、そうか」
丁度ここから見れば、部屋は通り道にあたる。寄って呼んでから行けばいいんだが。
どうやらまおは、来る途中で先に寄って行かせたらしい。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「うん」
夕食は、階下にある食堂件酒場の、少し広い間取りになったところでとれる。
階段は少ししゃれた作りにしており、上から覗き込むように食堂が眺められる。
連れだって降りていくと、階下でキリエと合流できた。彼女は階段のすぐ下で立ち止まっていた。
「キリエ、何ぼーっとしてるんだよ」
頭の上から声をかけられて、びっくりして顔を上げる。
ナオ、ユーカとミチノリ、まおの姿を見てにたりと笑みを浮かべる。
「なんだよ、お前ら遅いぞ」
そして、追いかけてくるようにウィッシュとヴィッツの姿が現れる。
「考えて見りゃそうだろ?お前が食いしん坊なだけだ」
無言で眉を吊り上げるキリエ。
「ああん?」
「あーんじゃないって。ほら、どこか席取るぞー。結構人数あるから……」
と言いながらテーブルを眺めると、四人がけばかりの円形テーブル。
並べるにもつなぐ事もできない円卓だ。
「…………。二組に分かれようか」
ユーカが言葉を継いで、それに頷くしかなかった。
テーブルは部屋の隅の並んだ二つ。
「さて」
と言うと、ナオの左右にぴとりとくっつく感触。
まおと、ヴィッツ。
「あー」
選択の余地なし。
結果、ユーカとミチノリとウィッシュ、キリエとナオとまおとヴィッツという非常に修羅場な組み合わせで意見の一致を見た。
いや。
意見が収束したと言うべきだろう。
悲しむべき事に。
席に着いた途端に張りつめる空気。
「隣ぃ、酷いねぇ」
あっさり言ってのけるミチノリと、笑ってスルーするユーカ。
「まずは夕食を注文しましょうか。すみませーん、ちゅーもーん」
喧噪の中から返事が返り、とてとてと寄ってくる女給。
「はいはい、何にする?」
メニューとお盆片手に、彼女は笑顔でウィッシュの方へ近づくが。
「……!」
隣の緊迫した空気に思わず凍り付いて、笑みを何とか崩すことなく言葉を続ける。
「ご注文、おきまりですか?」
いや、決まったから呼んだんだけど。
思わずそんな突っ込みを入れたくなるような、マニュアルどおりの言葉だった。
きーん
言葉にするならそんな音。
「はは、な、何なんだよ一体」
彼の左にまお。
右にヴィッツ。
真正面、真向かいにキリエの構図である。
「なんでもねぇよ」
全然何でもある雰囲気で、ドスの利いた口調で言うキリエ。
「早く注文をなさってください」
冷たく淡々と突き刺すような口調で言うヴィッツ。
「あははー。じゃあ私おむれつー」
判ってるのか判ってないのかそれとも狙っているのか、流していくまお。
「肉あったかな」
「スペシャルリブステーキ二つ、ナオ、パンはクロワッサンかスライスかどっちがいい?!」
ほとんど重ねるようにしてキリエが叫ぶ。
いや、注文する。
「同じ物を」
追い打ちをかけるようにヴィッツが顔をぎんっと向けるとそう告げる。
「かしこまりました」
そして逃げるように、全ての注文を終えても居ないのにばたばたと女給は走り去っていく。
相当いたたまれない何かがあったか、心にやましい物があるに違いない。
セットのパンを覚えていないからクロワッサンにしてしまえとか、残り三人の注文は別の誰かにまかせようかとか。
「あー……もしかして私達の分は全部ステーキですか?」
間抜けに声を上げるウィッシュに、ユーカはジト目で疲れたように言う。
「注文に呼ぶぞ。おーい、ウェイトレース」
こちこちこちこち。
言っておくが時計の音ではない。金属と木がぶつかり合って立てる独特の高音だ。
硬質ではあるが、それでいて堅さを感じさせない柔らかい響きがある。
――神経質な音だな
半分ぐらい現実逃避で、ナオはそう思ったりした。
音を出しているのは――まおだ。
「ごはんまだかなー」
「まだです」
その音にいらいらしているのか、やはり鋭く応えるヴィッツ。
「行儀悪いですから、食器でテーブルを叩かないでください」
「ああ、五月蠅ぇぞ」
「あなたもです」
どうにも。
この三人だとどうもすぐに争いが起きそうな気配だ。
ナオもさすがに堪えているのか、冷や汗を垂らしながらようやく気づいたように言う。
「もう少し仲良くできないのか?お前ら……。飯を食うってのになにいがいがしてるんだよ」
間が悪すぎた。
何より宣戦布告したまおとヴィッツとキリエだ。
一同に介して、目の前にナオが居るならまず敵意むき出し。
まおとキリエはそれなりに――風呂の時に直接対決しているわけでもないし――緊張感はないが。
「そ、そうだぞお前ら、もう少し女らしくだな」
「それは他人に言えた義理では御座いませんでしょ」
む。
さすがにまおもキリエも目をつり上げた。
「あのなぁ」
しかし彼女達に出番はなかった。
見るに見かねたナオの登場である。
というのんか、でるの遅すぎ。
「二度言わねぇぞこら。し・ず・か・に・な・か・よ・く、だ!」
びしぃ。
びくぅ。
ナオが突きだした人差し指が、ヴィッツの眉間を差して。
彼女は驚いて仰け反って。
「し、しずかになかよく」
思わず棒読みで、一応繰り返してみたりする。
そしてじわりと目に涙を浮かべる。
「…………」
黙り込んでうつむき、思いっきり小さくなってしまう。
ナオは言った手前引っ込めないし、ふん、と鼻を鳴らして座り込むが、回りの二人は逆に可愛そうになってしまう。
どうしていいものか、戸惑いながら――結果、目をナオに向ける。
じとー。
「なんだよ」
取りあえず責めるべき対象が見つかった御陰で安心する二人。
じとー。
「っ、ひっく」
しかも間の悪いことにヴィッツがしゃくりあげ始める。
じとー。
「ナオ、女の子泣かすのはよくないよ」
とキリエ。
「ちょっと酷すぎたかもね」
とはまお。
「おーまえらなぁ……一体誰の味方なんだよ」
つい先刻まで一触即発の空気だった癖に。
と思ったが、ナオもそれ以上言わなかった。
――意外と仲良いのかこいつら
そうかも知れない。
「え、だって泣いてる女の子には味方が必要なんだよ」
本当か嘘か判らない様なことを言うまお。
「ねぇまおちゃん。確かにヴィッツはちょっとつんけんしすぎてる気がするけどさぁ」
「キリエ、お前もか」
ヴィッツは――多分、聞こえてる――肩をふるふると震わせて、目に大粒の涙を浮かべ始める。
その涙の粒はもう大変。
ぷうと大きくなって、顔がくしゃりと歪んで。
――ああ、やばい
がたんと椅子を蹴ってウィッシュが立ち上がり、慌ててヴィッツを真後ろから羽交い締め……もとい、抱きあげてぺこりと頭を下げる。
「ちょっと落ち着かせてきますー」
と、返事を待たずにどたどたと彼女を抱えたまま食堂をでていった。
「……うーん」
後味の悪い沈黙に、思わずナオは唸って。
「悪いことしたなぁ」
「ちょっと、私もいってくるよ」
ぴょんと椅子から飛び降りて、まおは彼女達の後を追った。
「騒がしいというか何というか……ナオ、お前女の子の扱い方間違ってるぞ」
「というよりあれは完全に子供だろうが……。俺は子供は苦手なんだよ」
たはー、とため息を付くと大きく背もたれに体重を預けて、後頭部をがりがりとかいた。
「どうしてこうなるのかな。全く。ユーカ、魔術師ってこんな子供ばっかりで大丈夫なのか?」
「ウィッシュを除けばらしくない連中だと、私も思うぞ。……二人とも、いいか?」
少し考え込む風に頷くと、彼女は二人を手招きする。
ちらりと入口を気にしながらも、ナオは彼女の側まで行って、先刻まで誰も座っていない席に着く。
「これは私のあくまでも推論だが」
キリエはその向かい、ウィッシュが座っていた席につく。
「もしかすると、あのウィッシュというのは魔術師なのではないかと思う」
「そうだな、一番らしいが……いや、まおはだったらどうなんだ」
うむ。
ユーカは頷いて腕を組み、右手の人差し指を立てる。
「彼女は実際に魔術師ではないだろう。ヴィッツはウィッシュを追いかけてきたらしいから、まあ魔術師だとしても低位なのは間違いない」
どういう関係かは判らないが、と付け加えると腕を解いてコップの水を手に取る。
「ではまおはどうか。最初もいきなり二人の前に現れて割り込んできたから、それにどんな意図があったか判らないが――あ、食後のコーヒーを今くれないか?」
水に口を付けようとして、目に入った側を通る女給に声をかけた。
「う……ごほん」
二人の視線に、思わず咳払いをして続ける。
「まあそのなんだ。なにか訳有りなお嬢様なんだろうと私は思うぞ」
そう言って、ちらりとナオに目を向ける。
キリエの顔がぴくりと反応し、ナオも嫌そうに眉根を寄せてユーカをにらみ返す。
「そうかも知れないけどな……だからなんだよ」
「彼女達の狙いは、ナオ、お前の可能性があるって事だよ」