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魔王の世界征服日記
第48話 げんてんかいき?


 かぽーん。
 2度目の桶の音がして、やっとこさまおは口を開いた。
「……そう言えば、なんでウィッシュは私の世話役してるの」
「それは私の趣味です」
 がく。
「しゅ、」
「誤解を生むような表現で申し訳有りませんまお様。でもボクはちっちゃい娘が好きなんです」
「そっちかい!」
 世話好きなのかと思わず納得しかけたまおは両手を突っ張って叫ぶ。
 ウィッシュはあっけらかんとした表情である。
 ヴィッツは相変わらずじろりとまおを睨んでいるのであるが。
「まお様ってば丁度良いんですよ、ボクの好みで。この位の娘は抱きやすいし撫でくり回すにも」
「待て待てぃ!だれもあんたの趣味なんかきーてなーいっ」
 ずびしっと右裏拳をウィッシュの胸元に、もとい鳩尾辺りに決める。
 寸止めで。
 いわゆる突っ込みという奴だ。
「では何を」
「なにをじゃない!こら、ヴィッツも知らぬ顔でかえるな!」
 既に半身さらして湯船からでようとしていた彼女に背中からどやしつける。
 ヴィッツは舌打ちして、まるで逆回しするように元の体勢に戻る。
「望姉さん、もっと巧くやって下さい」
 目を閉じて言う彼女に、ぺろりと舌を出してみせる。
「ごめんねぃ。魔力だけだったらまお様に絶対敵わないから」
 そう言って、一瞬和みかけた空気を。
「仕方ないよね」

  ぱきぃ

 その一言で凍り付かせる。
「っ、な」
 取りあえず素早く、大きく飛び退いてまおも身構える。
 魔術を行使するというのは、術を手順通りに執り行い、自らの魔力を必要最小限度投射しコントロールすることで魔法という効果を引き出す物。
 実体は魔力。そして魔力をコントロールするということ。
「だからまお様。――私達の目的のために、排除します」
「死なれては困りますが」
 ウィッシュの言葉をヴィッツが継いで、ゆるりと湯船からあがる。
 一度きょろきょろと見回して、とてとてと風呂場の端にあった手ぬぐいを身体に巻き付ける。
「……」
 脇と腰にちょっと大きめの結び目をつくって、わざと綺麗に整えてみる。
「あのー」
 胸を張ってみる。腰を横に動かしてみる。
「よし」
 即席の水着みたいな恰好である。尤も動き回れば関係ないだろうが。
 そこで二人の視線に気づいて、顔を上げて二人を見る。
「何を惚けた顔をしてるんですか」
「……いや、ヴィッツ……」
 さも当然と言う風に返してくる彼女に、ウィッシュも言葉を失っている。
 まおも呆れた顔というか。
 緊張感を殺がれた顔であんぐりと口を開けていた。
「な、何ですか、望姉さんまで」
 ちなみに念のために書いておこう。
 まおは魔力の量だけはばかげていて、簡単に喩えればトーキョーでかえっぐ一個分だとしよう。
 25mプール並のヴィッツに、健康ランドの温泉全てのウィッシュ。
 戦闘能力としてはヴィッツは最も少なく最弱である。
「あー、いやその」
 ぽりぽり。
 明後日の方向を向いて、ウィッシュは後頭部をかいた。
 まおも頭の上にくしゃくしゃの線を浮かべるとかくんとうなだれる。
「なんだか、いきなりどうでも良いような気がしちゃったよ」
「取りあえずあがろー。なんだかもういいや。部屋で話したって一緒じゃないの」
 草臥れた表情で疲れた声を出すウィッシュは投げやりに言うまおに顔を向けるとこくこく頷く。
「な、望姉さん」
「ヴィッツもいいからあがろか。風邪引くよ」
 とてとてとて。
「そう言えばここ、『サッポロ名物あいすくりーむ』とか売ってたよ」
「おいしそうですねぇ。そう言えば晩ご飯はなんでしょう?」
 からからから。
 ぱたん。
「あ、あのー」
 一人残されるヴィッツ。

  かぽーん

 そんな感じ。
「あう、えーと。……とりゃー」
 一応何かやっておかないと気が済まない彼女だった。
 いいから早くいけ。
 先に上がったまおとウィッシュは、既に脱衣所で着替えて彼女が上がってくるのを待っていた。
「ほらほら、これこれ。名物だからって、こんなところで売ってなくても良い気もするけど」
 四角い機械にでかでかと丸い書体で書かれた文字。
 自動あいすくりぃむ販売機だそうだ。
「まお様、ここはサッポロの端ですから」
 そう、外気温は結構高め。というか、サッポロ中心部に比べると暖かい程度だが。
 それでもジュース売りのおっちゃんのように、常時シャーベットを維持できるような寒さではない。
 結果、非常に手間ではあるがこのような機械を設置することになる。
「そだねー。まあこんな暖かいところで食べる冷たいアイスってのも結構ぜいたくよねー」
 買ってみようかな。
 そんな風に和んでいると、手ぬぐいをとった姿の(ようするにまっぱだかの)ヴィッツがあがってきた。
「ヴィッツ、早くしてよ」
「おそいぃ」
 二人揃って声を上げる始末。
 疲れた表情のヴィッツが、次の瞬間ぶち切れたとして誰が止められただろう。
 というかまあ。
 普通切れるわな。
「望姉さん!一体どっちの味方なの!」
 身体から湯気をもうもうとたてる彼女は、身体から滴る雫を振りまくように大声で叫び。
「んー。……」
「マジェスト様の言いつけだって」
 殆ど絶叫に近い声。
 よく見れば、彼女は湯気やお湯とは関係なく両目を潤ませている。
「私はっ」
「ヴィッツ。私は魔王の為の存在、誰の味方かと言われたら、魔王の味方で勇者が敵」
 彼女が黙り込むのを見てから、ウィッシュは続ける。
「少なくとも、あなたの味方をするとは限らないから」
 ふん、と鼻を鳴らすと、ヴィッツは目を丸くした。
「え……?」
「魔王陛下の御為に、あの二人を始末する。……勿論あなたを優先するけど」
 まおも目を丸くしてすぐに声を荒げようとして――ウィッシュは手で彼女を制して続ける。
「それにヴィッツ?その様子じゃ、少なくとも女の子の方はどうしようもないんじゃないの?」
 彼女の指摘に、ヴィッツは答えることも出来ずに声を詰まらせた。
 それを見てふふ、と笑う。
「じゃあ敵対するだけ無駄。いいつけをまもるって、そのためには和解した方が得策」
 そう言って彼女は笑うと腕を組んで、視線をまおに向ける。
 まおは何故かびくっと一歩退く。
「まお様」
「はは、はい」
 一応上司というか、魔王なんだが。
「まお様は。キリエさんとナオさんをどうするおつもりですか」
 それは重要な点だ。非常に重要だ。
 その回答如何によっては、ウィッシュに考えがある。
「私は……」
 まおだって遊びでここについてきたわけではない。
 かといって、目の前にいる二人――ウィッシュとヴィッツを排除しないことにもいかない。
「……護る。あんたらー、対勇者用魔物にとって喰われちゃ困るもん」
「とって喰うって、ああ」
 ちらっとヴィッツを見る。
 ぼんっと音を立てて顔をまっかにしてウィッシュをにらみ返す。
「あってるけど殺しはしませんよ。私達の任務は『始末』すること」
「それって殺すことぢゃん」
 ぶーっと口を尖らせるまおの言葉にウィッシュは続ける。
「ええ、後腐れなくするにはそれが一番かも知れません。でも、籠絡して手中にした方がいいんです」
 始末する。
 この壮大なゲームにおいて勝利条件は、勇者に殺される前に世界を征服すること。
 魔王が世界を征服するために邪魔な勇者は、殺された瞬間次の勇者の資格を持つものへと権利が移る。
 尤も、今のように勇者不在の空位状態も、或る程度の期間存在する事がある。
 それは勇者を拒否し続けたり、自覚がなかったりする場合だ。
 勇者は血筋でもなければ特殊能力でもない。
 その引継は、条件を満たした人間の意思による。
 現状がどうなのかまだ判らない。だから。
 もし今回ターゲットの二人が勇者で有れば。
 籠絡してしまえば、彼らが老いて朽ち果てるまでの間勇者は『魔王の敵ではなくなる』。
 が、殺してしまった場合には、次の勇者がすぐに決定してしまう虞がある。
 それは魔王にとって得策ではない。
 人類にとっては――
「邪魔者はいなくなりますから」
 ついと目を細めて。
 ウィッシュは彼女を見つめた。
「魔王の世界征服の支障になる障害――勇者を『留める』ことこそが、本当の意味での始末」
 まおはごくりと喉をならし、彼女の視線から逃れようと顔を背ける。
「最初に申し上げたとおり。キリエさんとナオさんは、私達二人の『もの』にします。殺す訳じゃありませんから」
 だから。
 どうする?
 言外に彼女は質問を、まおに与えた。
――だから?
 まおは彼女が笑っている事に気づいて、眉を寄せて困ったように口を噤んだ。
「邪魔だよ」
「?」
「私はあんたらが邪魔だって思う。嫌だ。はいそうですかって渡せるもんか」
 まおが眉を吊り上げてウィッシュにそう伝えると、彼女は不思議なことににっこりと笑みを浮かべて。
 まおが訝しがるより早く、声を立てて笑った。
「じゃあまお様?ボク達は敵同士じゃない。ライバル同士って訳です」
 そう言って手を差し出して――気がついて首を傾げた。
「ああ、でも、だったらキリエちゃんだけ別かぁ。……ボクは一抜けかな?」
 くすり。
 笑った。
 脱衣所での会話。
 それは本当にそれだけで終わった。
 帰るというまお。
 風に当たるというヴィッツ。
 二人を見送ってからウィッシュは牛乳を買って、一人で飲んだ。


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