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魔王の世界征服日記
第45話 それぞれのおもわく。


 結局、最初に見つけた宿場まで辿り着いたのは、日が完全に暮れてからのことだった。
「私達は別の部屋にしますね」
 と、さっさと3人部屋を確保したウィッシュ達が去った後。
「ゆぅちゃんといっしょー」
「待て待て待て待てっ、それじゃ三人分部屋を確保しなければいけないだろうがっ」
 二人部屋を二つ確保しようとするユーカに、まるで絡むようにして後ろからそうせがむミチノリ。
「えぇぇー。キリちゃんと一緒で良いじゃない」
「良くない!」
 キリエとハモりながら一息に否定する。
「じとー」
「な、何だよ」
 半眼で、普段見せないような視線をキリエに向ける。
 ミチノリはゆっくり顔を近づけながら――ちなみに、身体はユーカの背中に張り付いたまま――呟く。
「ついでにやっちゃえばいいじゃない」

  がすん

 全部言い終わる前に、ナオの容赦のない拳が凄まじい音を立ててミチノリの頭部を直撃した。
「俺とお前で同じ部屋だ。旅の最中にいちゃつかれてたまるか」
「そうか。しかしできれば今日中にお仕置きをしてしまいたいんだが」
「ユーカっ!お前次だって先刻言っただろうが!」
 ち、とあからさまに舌打ちするユーカに呆れた視線を向けながら、二人を押しのけてカウンターに向かう。
「二人部屋二つ!男二人と女二人で!」
 乱暴に叫んで宿帳にサインして差し出すと、主人は奇妙な顔で首を傾げた。
「あのう、お客さん」
「何」
 彼は四人を見比べるように見回してこう言った。
「失礼ですが、男はあなた一人ではないですか」

  かぽーん

 そんな音がする。
 ようするに風呂。
 この作品でお風呂のシーンが多いのは気のせいである。念のため。
「ぷふー」
 幸せそうに、風呂桶の中でとろけた表情を浮かべるのは、先刻女性に間違えられた、性別を間違えて生まれたミチノリ。
 ちなみに男風呂なので、隣にいるのはナオだ。
 一緒に入っているのは別に他意はない。
 ちなみに一緒に入ろうとねだったのはミチノリであることを附記しておこう。
 彼の(どっちだ)名誉のために。
「本当にお前、幸せそうだよなぁ」
 歳に似合わない程草臥れた表情で、ナオは呟いて背中を湯船に預ける。
「えー。これでも悩んでるんだよぉ」
「どこがだ」
 全く説得力に欠ける声で、にこにこと笑いながら応える。
 素早いナオの突っ込みにも全く揺るがないその貌。
 彼はそのままこてん、と首を傾げる。
「しかたないよぉ。みっちゃんは祈祷師だもん」
 祈祷師総てがそうであるわけではないが、確かに祈祷師という職業についている人間はかなりの確率でおっとりしたぽやんという雰囲気を湛えている。
 脳天気、という言葉がぴったり合う。
「なんだそりゃ。あんまり祈祷師には会ったことはないけどさ、みんなそうなのかよ」
 んー、と鼻から抜ける声で首を傾げると、頭の上に乗っていた手ぬぐいがぽたりと湯船の端に落ちる。
 彼はそれを拾わずに、そのまま頭をもう一度起こすとにこにこ顔を崩すことなく言う。
「みっちゃんみたいなのはいないよぉ。でも、祈祷師ってね、お祈りを捧げるのを力にするんだよ」
 魔術と一口に言ってもかなりの種類が存在する。
 実際に魔法と呼ばれる、神や魔の力は単純に1種類しかないと判断されていて、それを行使するための技術として魔術がある。
 人間が、神に近づく一つの手段。
 それが魔術であるが、魔法に至るまでの経路による差は実はかなり大きい。
「まあ、それは知ってるが」
 祈祷を行い何かを成す。
 それは一番魔法に近い方法。
「一番、回りくどい方法なんだよぉ。時間もかかるし何よりぃ、素質ぅ〜かなぁ」
「何が言いたいんだよ」
 ミチノリはふと笑みを消した。
 唐突に周囲に満ちていたものが張りつめ、ナオの背筋にも冷たい物が走る。
「判ったかなぁ」
 にぱ、と笑みを浮かべ言葉を継いだ途端、その気配が消えて元に戻る。
 直前までの気配がまるで嘘のような落ち着いたいつもの空気。
 何もしていない。何も起きてない。変わらない世界――ただ、側に彼がいるだけ。
 祈祷が世界を変える――それは精神的に世界の再構築を繰り返しているということ。
 下手に精神が動いただけで世界が変わる――それがどれだけ偉大な素質であるか。
 尤も実際には世界を塗り替えている訳ではない。
「結構大変なんだよぉ。ちょーっと揺らいだだけでこんな感じかなぁ」
 尤も、今はすぐ側にいるからだけど、と彼は付け加える。
 祈祷師は基本的に精神的に働きかけて、肉体治癒力の向上や、能力付与を行う。
 催眠術とあまり変わらない。根本的には違うが、効果としてはそれ以外望めない。
 より強力な催眠術と言っても過言ではない。
「あ、ああ」
「やろうと思えばぁ、ナオちゃんがみっちゃんを好きになるぅ、なーぁんて簡単にできちゃうよぉん」
「できなくていい、つーかやめてくれ、俺が悪かった」
 くふふと含み笑いをしてもう一度小首を傾げ、嬉しそうに湯船に背を傾ける。
 彼ら祈祷師は、どれだけ自分の言葉を信じられるか、どれだけ相手に信じさせるかがポイントなのだ。
 これっぽっちの疑いも赦されない、だから。
――難しいな
 奇跡ともいえる程の能力を持った祈祷師になるには、やはり奇跡に近い程の鍛錬が必要となる。
 それに耐えうる素質を持っていない場合、極稀に幼児退行、廃人になると言われている。
 何となく、ミチノリが早く結婚した理由が判った気もした。

「さて、じゃあはっきりさせとこーかな」
 ぱたん、と軽い音を立てる扉を確認するように振り返り、まおはウィッシュとヴィッツを見比べるように視線を向ける。
 最初に部屋に入ったウィッシュは荷物をぽてぽてとベッドの下に置き、そのままベッドの上に腰掛ける。
 ヴィッツは既に上着を脱いでくつろぎモードに入ろうとしている。
「なんですか。早く温泉に行きましょう、まお様」
「はなしをきけー」
 殆ど聞く気なし以上無視未満で応対する二人に、思わず棒読みになるまお。
 ふうとため息をついて両手を腰に当てると何となくそれらしくなるように眉を吊り上げてみたりする。
「話ですか。私達は別にまお様に話はないですが」
「だからっっ!ええぇい!牢屋に永久封印してるはずの二人がどうしてこうして暢気にしてるっ!」
 思わず二人は顔を見合わせて、互いに首を傾げたりして。
「マジェスト様に牢からだして戴いたんですが」
「そーじゃない、あのねー。……いいや端的にいう。私もお風呂行きたいや」
 色々と言いたいことがあるし聞きたいこともある。
 でもなんだか全部のらりくらりと逃れられそうだと思った彼女は、一番大事な一番聞きたい事だけに絞ることにした。
「今何を企んでいる」
 しん、と一瞬静けさがその場を覆う。
 挙動不審にウィッシュがヴィッツとまおを見比べている。
 ヴィッツは、こちらは対照的にまおを睨み据えている。
「企んでなかったらどうするおつもりですか」
「うそー。嘘だよそれ。すぐに判る嘘じゃん、なんで私の邪魔をするように言われてるはずのあんたらが、私の仲間の振りをするの」
「仲間の振りをした記憶はありません。――はっきり言うと、まお様を利用させて戴きました」
 びく。
 がたん。
 驚いたのか、まおは一歩後ろに下がって、ドアにぶつかってしまう。
 ヴィッツの目は真剣で、睨み付けているように
「やっぱりなにかたくらんでるぢゃん。利用したんでしょ、私を。魔王であるこの私を」
「ああ、まお様。すみませんが魔王陛下を利用したわけではなくて」
 ウィッシュはにこやかに、両腕を大きく広げて立ち上がるとヴィッツの背をちらりと見て言う。
「人としてのまお様を利用させていただいたのです。どうやら、あの方とお知り合いのようでしたので」
 まおは頭の上に大きな?を浮かべて眉を寄せ、首を傾げる。
「望姉さん」
「ヴィッツは黙ってて。そして、目的は彼らの籠絡。そも――」
 にたり。
 彼女は口元だけでいやらしく笑みを形作る。
「魔王陛下?陛下がお知り合いだという彼らは、勇者ではないのでしょう?」
 う。
「ま、まだ決まった訳じゃないっていうか、そのー」
「私達は何故永久封印されましたの?」
 特別調整され設定を加えられた対勇者用魔物。
 彼女達の目的は勇者の殲滅ではない。
 勇者の周囲にいる人間に紛れて、内側から勇者のパーティを全滅に誘い込むのが目的だ。
 『誘い込む』のが目的なのだ。
「……勇者が未熟なうちは、最大の難関だからでしょ。二人とも容赦ないから」
 すくなくともまおは、自分にあたる前の最大の難関というか。
 勇者に会う確率が減るから、こいつらを封印しておきたいと感じていた。
 それは――ほぼ記憶と間違いはない。
「違います」
 だが、封印されていた本人はそれを否定した。
「私は――」
「任務には何の間違いもない。まお様の言われる通り。でも、それなら私達は何だと思われますか」
 まおは何も言えなかった。
 何の言葉も思いつかなかった。何故なら、『対勇者用』……その言葉の真意は。
「直接勇者を攻撃することもなく、ただ危険な場所へと導く私達は、今まで常に何処にいたのか判っていますか」
 ヴィッツの言葉を遮って、まおが黙り込んだのを良いことにウィッシュは言葉を続けた。
「――まお様、あなた様亡き後勇者の最も近い場所にいるんですよ。だから」


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