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魔王の世界征服日記
第44話 うたぐる・ふたぐん (wtagl fhtagn)


 当初の予定通りナオが総てを説明した。
 すなわち、彼女達はシコクへ向かうのだということ。
 魔術師であり、一緒に向かうのが得策だと言うこと。
 一応、占い云々や手伝うため云々は避けておいた。
 何となく言いたくなかったというか、そんな感じで。
 それがどれだけ伝わったのか、相変わらずの表情でじっとユーカは彼を見つめる。
 実は本当に眠いだけなのだが、その草臥れたような目で微笑む様は、まるで何かを見破ったようにも相手に感じさせる。
 彼女のルックスは、そう言う意味で『魔術師らしい』といえるのかも知れない。
 良いことである。……多分。
 でも実は何も判らなかった。ただ、面白そうと思って笑っただけだった。
「そうか」
 別に実はどうでもよかった。
 彼女自身、占いによって今の進退を決したのだ。
 水鏡や水晶球の占いではっきりするのは、流動する未来。
 ある選択が正しいとか、これから起きる未来が見える訳ではない。
 ある意志に対し、どの事象がどう動くのか。それが曇り具合や光の反射具合で決まる。
 どの選択が、最も期待する動きを産むのかを選択した結果が――これだ。
――こんなにイレギュラーが入ってくるとは思わなかった
 それが正直な感想だった。
 過去に水晶占いである旅を決定した時にはここまで事態が動かなかった。
 というか、動きすぎである。
「まあ、良いだろう。別にたまたま同じ方向に行く人間を、遮る趣味はない」
 何となくユーカは嬉しそうに答えた事に、ナオは不思議そうに目を丸くした。
 普通、妙な邪魔が増えれば嫌気がさすものだ。
 それも得体の知れない(ユーカに言うときっと文句を言うだろうが)魔術師の三人組だ。
 怪しさも倍増どころか三乗増しと言うべきだ。
 増えすぎである。
「そ、そう?」
 何故かまおが嬉しそうに答えてえへへと笑う。
 もうまおは先刻から笑いっぱなしで、まるで壊れた人形のようだ。
「ん、キミの知り合いは、わざわざ自分の側に居るヒトに嫌がらせをする趣味でもあるのか?」
 あは。
 あははははー。
 まおは、何故かさらに声を大きくして、冷や汗を浮かべながら笑い続けた。

 そして、ようやくメンバー全員が揃ったという事で。
「では、いこうか」
 ユーカの言葉によって、全員シコクに向かうことになった。
 シコクはここトマコマイから南へ向かい、一旦陸づたいにサイタマへ向かう。
 サイタマからチバにあるオオアライ港へ、あとは海路である。
「シコクまでは結構距離があるよなぁ」
 空は抜けるような青い色、見える大地は、怖ろしく広いサッポロらしい大地。
「今日は天晴れだよねー」
「それを言うならニホン晴れだ」
 ナオの呆れた声にてれてれと笑って返すまお。
「あ、そーだっけ。そーとも言うね」
「そうとしか言わねーだろうが」
 今度はやたらとドスの利いた、苛々した声でキリエが言う。
 でもまおの顔は変わらない。
 その後ろをウィッシュとヴィッツが並んで歩いている。
「ほぉ、独学で錬金術を」
「はい。まお様には魔術を習っておりますが、どうしても自分で学習すべき物も」
 殆どウィッシュとユーカしか会話していないが、彼女達は結構馬が合うみたいである。
 一応なりとも魔術に関する知識は半端ではない。
 ……というか、魔そのものでもあるんだが……。
 キリエ、まお、ナオ、ヴィッツと言う感じで、まおより後ろにヴィッツが居る。
 歩き始めてからもヴィッツだけは無言だ。
 ただその場所を譲ろうとはせず、ナオの後ろを歩いている。
――ううん
 ナオは少し困った顔を正面に向けた。
 総勢七人、普通に会話をできるのはよくて三人。
 キリエは他の連中の会話には参加しないだろうし、ミチノリはふらふらと予想外の行動をしている。
 今は道ばたにいきなりしゃがみ込んで花を摘んでいた。
「お前、放っていくぞ」
「えーキリちゃん生理ぃ〜?」

  ぶちん

「あ」
 修羅の形相でミチノリに飛びかかるキリエ。
 笑いながらひょいひょい逃げ回るミチノリ。
「なにやってるんだかぁ……」
 ナオが気づいた時には既に抜刀して襲いかかるところだったので、足を止めて後頭部をかく。
 それに合わせるように、ヴィッツも足を止める。
「ヤキンとポアズに関する論文は?」
「まだそこまでは……。実はその辺はさわりほどしかやってませんので」
 ウィッシュとユーカの二人は、既に誰もついていけない(まおも魔術は全く判らない)ところまで話を盛り上げている。
 歩き始めて数分でこれだ。
「あの」
 ヴィッツがおずおずとナオの側まで近づいて、彼を見上げる。
「ん?」
 ストレートの綺麗なショートカットがさらりと揺れる。
 背が低いのでどこか幼い印象を受けるその仕草に、ナオは『妹が居たらこんな感じかな』と思った。
 何せ、姉ばかりいた家族だったからだ。
「……ご迷惑じゃ、ないですか?」
 どこか怯えたように見える彼女に、ナオは力一杯否定する。
「いやまさか!」
 ぶんぶん、と両腕を目の前で振ると、大きく腕を広げて――でも残念にも笑顔は無理だったが――応える。
「ユーカも退屈してないみたいだし、キリエとミチノリは、ありゃいつものことだ。むしろ人数が多くて賑やかでいいよ。うん」
 半分ほど冷や汗ものだが、まま間違ってはいない。
 道場で殴り合いをやりかねないキリエとミチノリに、破天荒なユーカ。
 結構長い付き合いではある物の……物静かに落ち着いた事は一度もない。
 自慢ではないが。
「本当ですか?良かったです……」
 そう言ってヴィッツは俯く。
――むしろそうしていられる方が、迷惑だったりして
 先刻から無言で真後ろについているのがどうにも気になって仕方がない。
 まだぎゃーぎゃー騒いでいる連中の方が、五月蠅いだけで気にならないのに。
――先行き、暗いなぁ……
 がくん、と彼は肩を落とした。
 サイタマまではしばらくかかる。普通に陸路を歩いて二日ほど。
 良くて一泊、街道沿いの宿場か、間に合わなければ野宿になるだろう。
「――ユーカ」
 ふとそれに気づいて振り向く。
 既に置き去り全開の魔術談義から、ユーカは顔を上げた。
 つられてウィッシュも目を向ける。
「泊まりか?ああ、悪いが宿泊費は一切貰ってないからな、全部野宿だ」
「まてまてまてっ、待てぃ!お前、路銀なしでどうやってここからチバまで行くつもりだっ!」
 全くである。
 オオアライまで下手すれば一週間ではすまない旅程である。
 馬車を借りるにせよ、宿泊するにせよ、何にしたって金はかかる。
「ふむ」
 しかし、ユーカはその言葉が理解できていないのか、相変わらず眠たそうな顔でナオを見返す。
「ではナオ、幾ら持ってきた」
「あ……ああ、一応旅費になるぐらいは持ってきた」
 ちらり、と彼女はウィッシュに目を向ける。
「ああ、おかまいなく。同じ部屋に泊めて貰えるなら安く上がりますし、助かりますが」
 ぽむ。
「それだな。ああ、いや、ナオ。金を一切持っていないわけではないから大丈夫だ」
「……先刻の会話でそれを理解しろと?」
 そう言うと、にやりとユーカは口を歪める。
「アキの奴はけちんぼだからな、特務の予算がないそうなのだよ。全部ポケットマネーって奴だ」
 う。
 なんだか虐められているような気がして、ナオは眉を寄せる。
「あー、なんだ、そのー。……もしかして結構怒ってる?」
「いや怒ってなぞいない。自分のお金で旅をするのは普通だからな」
「そぉだよぉ、ゆぅちゃん怒ったら怖いんだもんねぇ」
 だき。
 いつの間にかキリエの攻撃を避けたミチノリが、ユーカの真後ろから思いっきり抱きつく。
 ひょこっと彼女の後ろから顔を出したのだが――何だか、彼の巨大な手袋に二人が抱きしめられているようにも見えなくない。
 その、二人分並んだ顔のうち、一人分が段々蒼くなっていく。
「……ミチノリ?」
「ご、ごめんなさぁい……ナオちゃん、ゆぅちゃん怒ってるよ……」
「怒ってなどいない」
 ずるり、べちゃ。
 力無く拘束を解かれたユーカの後ろへ、ぐらりとバランスを崩したように倒れていく。
「大丈夫だナオ、私は怒っていないからな」
「いたぃいたぁい痛ぃいぃ」
 ぐりぐりぐり。
 倒れ伏して、おなかを抱えるように蒼い顔で震えるミチノリを、容赦なく踏みにじるユーカ。
 顔は晴れやかに笑っている。
「ナオには」
「あ、そですか」
 ふと目を向けてみると、キリエが肩でぜいぜい息をしていた。
 さすがに剣を鞘に収めて、目も落ち着いている。
「落ち着いたか?」
「……何とかな。……クガ!今度なんかやったら今度こそ覚えてろよ!」
「私もからだ、ミチノリ。次、『他の女』に何かやったらお仕置きだ」
 あー。
 ナオは何となく理解できたような気がして、両手を合わせて彼を拝んだ。
――成仏しろよ、ミチノリ
 まさかそれが、自分に降りかかってくるなどとは夢にも思っていないナオだった。


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