魔王の世界征服日記
第43話 同行
ぼろんぼろんになりながら、魔城の罠をくぐり抜けて、迷いの回廊を抜けたのが三日前。
「や、やたー、外だ、そとだーっ」
とまるでダンジョンから抜け出れた歓びに満ちあふれた冒険者のように、まおは涙を流しながら空を仰いだ。
何故か、夜明けだった事を彼女は記憶している。
ともかくそんな、誰も知らない努力の末に今の彼女があるのだった。
まおは外に出てから真っ直ぐサッポロに向かって来たのだが、一つだけどうしても判らない疑問が残った。
――どうして、まじーは迷わず外に出られるんだろう
閑話休題。
「それで、まおはあの二人知ってるのか」
キリエは油断なく斬魔刀を構えている。
それが判っているから、出来る限り知っているまおには声をかける事にした――一応、怪しいことこの上ないから。
「だ、だからっ」
それでもまだ怪傑あおりぼんを貫き通そうとあたふた口ごもるまおに一歩近づいて。
しゅるり。
「ほら、まおじゃねーか。……ちょ、なんで泣くんだよ」
それは、そうだろ。
恥ずかしさとか、巧くいかなかったこととか、まあ初めから間違っていたとしても胸張って堂々とでてきたからには。
失敗したことが一番、彼女にとってくやしかったから。
「ないてない!」
ずびし。
でもまだ中身はあおりぼんのようだった。
ナオの眼前に再び右手人差し指が踊る。
「あの二人は、知ってるもなにも……」
だが、まおが言葉を継ぐより早く、ウィッシュはヴィッツと目配せしてその場に跪いた。
「まお様!」
びくっ。
今度は彼女達の大声に驚いて再び振り返る。
はっきりいって、いいとこなし。
また目尻に涙を浮かべている。
「ななー、なんだよぉ」
「失礼いたしました我が君。我が君御前において挨拶遅れました非礼、お詫びいたします」
ぬ。
まおは眉を寄せて顔をしかめる。
これは先制攻撃だ。
わざわざ魔王が、それと判らないように(ばればれだが)出てきたとあってはせめてそこには触れられたくないはず。
どうせ邪魔しに来たのなら、むしろ手の内に引き込んで置いた方がよい。
第一まおに駆け引きはない。まおはほぼ間違いなく、ヴィッツの直感と同時に論理的核心とともに彼らの知り合いである。
否、どうやら彼だけだ。
であれば、まおが説明するだろう。
ウィッシュはそこまで考えての行動だった。
案の定、困った顔をして否定することも肯定することも出来ないまおに、背中から声がかけられる。
「やっぱり知り合いだったんだ。……て、まおって、もしかして」
ナオには思い当たる節があった。
あの、風呂で会った時に居た後ろの男。
態度がおかしかったが――あれは執事か?
「貴族?侯爵とか、もしかして公爵令嬢だったのかよ!」
「えとー、あの、違う違う、違うからそんな引かないでよ。こらー、ウィッシュにヴィッツもー」
否定をしながら、慌てて振り返り間延びした棒読みで二人に言うまお。
「いえ、まお様」
一つだけ安心したのは、魔王ではなく、陛下でもなく、『まお様』と呼ぶ二人だったことか。
それに配下の連中と違い、支配力も通じにくい。
むしろこの二人で有ればごまかしなどいくらでも――まおはそう思った。
「公爵令嬢がこんなこまっしゃくれで、あんな真似するはずないだろ」
「そそーって、何だよ何酷いこと言ってるんだよおまえ!」
さらりと酷いことを言われて、思わずずびしっと人差し指を突きつけるまお。
「ふん、本当の事じゃないか」
じろり。
キリエは一瞥して、手元の斬魔刀を腰に戻した。
取りあえず切り伏せることは出来ないようだったから。
「で、と。うしろのー」
「はいはいはいっ!後ろの二人は、私の弟子なの!ちょーっと騎士道入っててお堅い奴でさー」
弟子。
弟子は良いが騎士道ってなんだ。
再びウィッシュとヴィッツは目配せする。
「はっ、ナオさん、我々はまお様に魔術を習っております」
まおは複雑な表情で振り返る。
――いまのは助けられたのか?
いやいや、君は利用されているんだ。
「あー、あーあーあー」
ぽむ。
結構失礼な事を思いついて合点がいった顔のナオ。
「成程ね。んだったら、三人はどうして、俺の手伝いをするって決めたんだよ」
ぐ。
まおは『既に二人の仲間』扱いされていることが気にくわなくて顔を歪めた。
まあただ困っているようにも見えたかも知れない。
「我が魔術を、この世の為に使うために。占術によれば、ナオさんの手伝いをすることが最も最適であると」
まただ。とナオは思う。
「魔術師ってのはいつもそうなのか?その、占いだとか訳の分からない理由で……」
そう言って首を傾げると、ウィッシュは口元を歪める嗤いを見せる。
「……それ以外の理由を、お教えさしあげましょうか……」
にたり。
「っわわ、なんて事!あんまり魔術師がぺらぺらしゃべっちゃだめっていってるでしょ」
ぶんぶん。
二人の間に入って腕を振り回し、大慌てで遮る。
「な」
「まお様、ただシコクに向かうという理由ぐらいは構わないでしょう」
にこり。
「あ、あう」
既にまおには、逆らうだけの能力はなかった。
初めからあおりぼんで貫き通して、取りあえず二人を排除できれば問題なかった。
総ていれぎゅらーな(彼女にとってだが)理由によって、もうなすがままだったのだ。
「え?うーん」
今断ったとしても、彼女達は一緒にシコクに向かうのだろう。
ナオの頭の中では、単純な式が浮かび上がっていた。
「…じゃあ、まあ、道連れって奴か」
む。
彼の言葉に貌を歪めるキリエ。
今から――まあ二人きりではないが――旅に出るというのにおまけが付くのは戴けない。
思わず斬魔刀に手が伸びるのを止めようともしない。
「あー、はははー」
一番の理由を何とか達成できたのだから満足するべきだろう――まおはそう結論づけて、総て笑って誤魔化すことにした。
でもまだ一つだけ気になることがある。
わざわざあのマジェストが関わろうとしたこと。
ここまで積極的に、それもこの封印していた二人を起こしてまで関わろうとしていた理由を、まおは知りたくなった。
だから。
「丁度同じ方向に行くんだから、ついでに手伝うのは問題ないでしょ」
もっとも有る意味厄介なことになっている事を、まおは理解していないようだ。
「でもシコクに何の用事があるのかはないしょ。それだけは言えない」
言えるわけがない。本当は用事がないだなんて。
でも何を快く了承したのか、ナオは嬉しそうに頷いた。
「ああいいよそれは。じゃ、旅の主催者にも紹介しなきゃいけないよな」
ちらり。
そこで初めてキリエに目を向けるナオ。
無論キリエは、ものすごく嫌そうに顔を歪めて、斬魔刀に伸びた手は誤魔化す。
「……まあ、ナオがいいって言うなら、全部ナオのせいにしてナオが説得しなよ」
ぷい。
キリエはタコ口のように尖らせて貌を背ける。
「ああ?いいぜ」
ぶ つん
ひゅ か
「あのなー、客人の前で危ない真似はするなよ」
落ち着き払った声で、神速の抜き手で下から放たれたキリエの斬撃を、まるで読んでいたように斬魔刀で受け止める。
ナオの貌と声こそ落ち着いていたが実はかなり冷や汗ものだった。
――こいつ本気で振り抜きやがった
事実、殆ど全体重をかけていたというのに、刀身が揺れて手を添えなければならない程それは強力だった。
とはいえ。
「……手加減したから」
それだけで落ち着いたのか、彼女は斬魔刀をしまうとふいと背を向けた。
すたすた、何も言わず歩き始める。
「では行きましょうか」
何の意にも介さないウィッシュとヴィッツ。
何となく判ったのか、おろおろとナオの側で慌てるまお。
「あ……あ」
釈然としなかったが、置いて行かれるわけにはいかないと思い直したナオ。
色んな想いが交錯したまま、シコクに向かう事が決まってしまった。
まだ肝心の、思惑を持って現れた二人に話をする前から既に混乱は始まってしまったのだった。
――水晶の示した『運命の動き』なんて、小さなことかもしれない
最初にそう思っていたユーカですら。
「ナオ?これはどういうことだ。納得いくように説明して貰えるってことだな」
さすがにここまでおかしなことになると眉を顰めざるを得ないようだった。
「ああ。全部俺が悪いんだよ」
そう言って肩をすくめるナオに、俯いたキリエ。
笑ってごまかしつづけるまおに、どこか紅潮したヴィッツとにこにこ笑うウィッシュ。
「遠足じゃ、ないんだぞ」
ちなみに待ち合わせにしたこのトマコマイ砦跡もおいそれと遠足するような場所ではない。
念のため。