魔王の世界征服日記
第42話 怪傑あおりぼん
サッポロ防衛軍対魔軍軍司令。
サッポロ防衛軍には、本来幾つかの軍隊が有ったと言われている。
だが、爆発的に膨れあがる魔物を狩るために組織を構成した際に幾つかを統廃合した。
それだけ魔物の影響が大きかったせいもある。
世界的に人類の脅威として魔物が蔓延り始めたのは何時の頃なのか。
少なくとも百年は既に過ぎてしまっている。
魔物が世界を覆う直前まで、人間は互いに戦闘状態にあったと言われている。
その中でも最大の戦力を保持していたのが――シコク。
「ナオ一兵卒及びキリエ一兵卒、特務につきます」
びしっと右腕を水平に、自分の胸の前で拳を作って敬礼をする。
元々は剣の柄を相手に向ける恰好から来たと言われている。
「うん♪」
司令も正装で、二人の前に立っていた。
その隣にはフユも居る。彼女は正式な『言霊師』の正装、簡単にいえば巫女装束だ。
「気を付けていってこい。キリエちゃんといちゃいちゃするなよ」
「するかっっっ!」
ハモって叫ぶ二人。
「んー、じゃああのふたりと」
「冗談はやめてくれアキ姉」
ふう、とため息をついて半眼でじろりと彼女を睨み付ける。
アキは笑いながらばんばんと彼の肩を叩く。
「生きて帰ってきなさい。フユも待ってるから」
こくり、と頷く。
アキの隣のフユは顔色も変えずに彼を見て、その様子を窺うだけ。
ふと。
キリエが自分を睨んでいるのに気がついて、すいっと視線を向ける。
するとびくっと彼女は視線を逸らして、アキに顔を向けた。
「シコクには、強力な魔物が住み着いている。それ以来あの地ではヒトが住まうには厳しい環境になっている」
世界でも有数の軍事力を持ってしても、魔物には敵わなかったのだ。
今では最も軍事力のない国で、魔物から守る術など皆無に等しい。
「魔物だって強力だけど、ユーカの話ではそこに勇者に関わる何かがあるって言う話だから。気を付けてね」
「はいっ!」
二人で揃えた敬礼で応え、くるりと背を向ける。
かつかつという靴音を立てて去っていく彼らを見送ると、フユはぽつりと呟いた。
「……何処まで情報を与えるのが正しいんですか」
何故か苦々しい表情でアキを見上げる。
「そうね。心配させない程度かな。そもそも、ユーカ自身何があるか判っていない状態だってこと、教えて良いと思う?」
フユの眉がきっと吊り上がって、怒りをあらわにする。
「初耳ですが?」
勿論判っててやってることだ。
アキはけろっとして口元に笑みを湛える。
「そうね、今初めて言ったから」
一歩下がってフユの方を向く。
「勇者に関わる内容が、卦(け)に、シコクと出てたから向かう。ユーカは性格からウソはつかないし、そもそも勇者には不確定要素が多い」
微笑みを湛えているが、目は笑っていない。
「喩え何もなかったとしてもそれは仕方がない」
「でもそれじゃ」
噛み付かんばかりの勢いのフユに、アキは右手で制して言葉を継ぐ。
「みゅいみっ」
舌を噛みかけて慌てて自分の口を押さえて右手を振る。
「今のなし、ノーカン」
「笑いますよ」
言葉だけで笑うことなく、フユはため息をついてがくりと肩を落とす。
「無意味じゃないのよ」
こほん、と一度咳払いをして続ける。
「魔物が戦略的に攻勢をかけてきた事が証拠。人間側からも行動しなければならない時期だと私は考える」
「……先刻のがなければ良い科白なんですけど」
あははと笑うアキに、フユは草臥れた言葉で返して。
「いちいちアキ姉さんに腹をたてていても仕方ないんですね」
「判ってる癖に」
ハイリスクハイリターン。今回の特務は、どれだけ認められるかで成功するかどうかが決まると言っても過言ではなかった。
「私達は、準備をしていい結果を残してくれることを祈るしかないの」
いい加減なようでいて、実行すべき内容を彼女は踏まえているつもりだ。
普段へらへらしていてもやらなければならない点だけはきちんと押さえて、指図する。
――こういう、姉さんですからね
フユはそれを支えるしかないんだろうと諦めるしかなかった。
トマコマイ砦へ向かう道は、彼らにとっては別段珍しいものではない。
過去には馬車が通っていた御陰で足場は悪くないし、なにより距離も丁度良い。
二人にとってはいつもの訓練用道路だ。
「……なあ」
「んだよ」
キリエは正装のまま背負子を背負っていた。
顔は真っ赤である。
「なんでその恰好のままなんだ」
「……五月蠅ぇ。これも軍服には違いないだろ」
意地を張っているようにも見えるが、最近の彼女のよく判らない行動の事を考えると黙るのが正解かも知れない。
でもこれで既に何回目か。
仏の顔は三度まで。ほっとけ言えるのも三度まで。ちなみにほたてサンドはまおの大好物である。
貝柱がぼこぼこ入ったツナとマヨネーズのサンドイッチである。どうでもいいが。
どうでもいいが付け加えると、さらにチーズを挟んだほたてチーズサンドになるとまおは感激するらしい。
「お前。ここんとこずっと変だぞ?何かあったのか?」
びくっとするが。
そもそも、鈍感なナオ。絶対に気がついていないと自信満々である事が凄く哀しいキリエ。
実は少し嬉しかったりする。
「何が変だよ」
だからすねたように言って、じろっとナオを見返す。
「何がって……」
思わず『今は着てるものが変だ』と言いそうになって思わず考え込んで誤魔化す。
――変なんだ。こいつ、こんなに……
きょろ。じろり。
びく。
思わず見られて引くキリエ。
「お前、何かにつけて反抗的で、言うこと聞こうとしないだろ。最近お前の笑った顔見たことねーから」
びく。彼女はいちいちびくつく。
何をどう言って良いのか、まずそれに困る。
どの言葉でどう表現しようか。彼女がない知恵絞って考えている最中にそれは起こった。
できれば、彼女にとっては起こって欲しくなかったに違いない。
まず真っ先に何が起きたかというと。
「ナオ――さんですね」
二人の、女性が現れた。
勿論ナオにもキリエにも見覚えのない二人。
「……誰だ」
ナオは訝しげに二人を睨み付け、足下の砂利を踏みしめてかき鳴らす。
キリエに至っては斬魔刀を下げて、既に戦闘態勢に入っている――一応言うが、相手は人間に見えるのだが。
人の恋路を邪魔するからには、馬に蹴られない場合は斬って棄てるという覚悟満々と言うことだ。
「いえ、あやしいものですけど」
髪の長い女性はにこにこと不穏当な事をさらりという。
「……姉さんみたいな奴だな」
「ちょっと、油断するなよナオ」
何時でも噛み付かんばかりのキリエを、逆に制しながら、ナオは油断なく二人を見る。
見たところごく普通の女性だ。
――こんな町はずれで、いきなり現れるんだから
普通じゃないだろう。
「判ってるって」
だから、彼女が戦闘態勢になっているのも判る。
「そうやって構えないでください。私達にも話し合いの好機を与えてくれても良いのではないですか」
女性は言うとにこやかな笑みを二人に向ける。
後ろの女性は、怯えているのかおどおどとナオを見るだけで何も言おうとしない。
「じゃあ、まず名乗れ」
「キリエ、剣を突きつけて名乗れはないだろ?」
ぷっと頬を膨らませて、彼女を腕で制する彼を睨み付ける。
勿論彼は動じない。
「私はウィッシュ。こっちはヴィッツ、魔法使いです。どちらに向かわれるのかは存じませんが、出来得ればお力になりたくて探して参りました」
丁寧に述べてぺこりんと頭を下げる。
それに合わせて、慌てて一緒に頭を下げる――ヴィッツ。
キリエは面白くない。彼女の目には、きっちりヴィッツの貌が見えていた。
――何、あの娘
間違いなく頬が赤い。
第一キリエの方には少しも視線を向けようとしない。
それだけで、既に殺害対象に含めてもおかしくない状況だった。
「――それで」
ナオは一瞬ユーカとミチノリの姿が目に浮かんだ。
「何故だ?」
しかし、彼女達と結びつく何かが足りない。第一、胡散臭い。
警報は鳴りっぱなしだ。
と、その時。
「てんがよび、ちがよび、ひとごよみ」
甲高い、奇妙な声がその周囲に響き渡る。
二人の女性はびくんと身体をすくませる。
「悪をたおせーっとひとまず睨む」
「っっ、どこだっ、姿を現せっ」
長髪の、ウィッシュと呼ばれた女性が髪を振り乱して見回す。
「こっこだーっ」
何故か。そう何故か声は遙か上の方から聞こえて。
小さな影が、ナオと女性の間に割り込むように降ってくる。
「おまえらのあくぎょーざんまい!喩えだれかがゆるしてもおかみはだまっちゃーいない!」
びしっ
飛び出てきた小さな人影は、元気良く右の人差し指で二人を指して。
頭にまいた、どっかでみたような飾り布が揺れてる事に、ナオは気づく。
「怪傑あおりぼん、参上!」
「って、お前まおだろ」
びくん
慌ててナオを振り返る、怪傑あおりぼん。
「ど、どーして!」
いや、それだけびっくりしてりゃ、隠してもばれてるって。
「その頭に巻いてるつーか、顔隠してる布。フユ姉手製で、どこにも売ってないからな」
「わわわ、わたしはーっ」
ぶんぶんと腕を振り回すと、壊れた人形のようにもう一度振り返ってずびしと二人を指さす。
「ゆるさーん」
もう訳が分からなかった。