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魔王の世界征服日記
第41話 疑惑と困惑


 まおは難しい貌をして机の前で唸っていた。
 別に、書類仕事が難しいわけではない。
 そもそも彼女は作戦を作るわけでもないし、決して命令をするわけでもない。
 ただ魔王として魔王の玉座に座り、勇者を出迎えることが彼女の役割なのだ。
 逆に言えば。
――ゆうしゃってほんとにここまでこれるのかなぁ
 意外や意外、四天王と呼ばれるもの達はアレでもラスボス直前の中ボスである。
 目にも止まらぬ速さのリィ。
 幻惑魔法のカレラ。
 雄々しき戦士アール。
 だまし討ちのゼクゼクス。
 少なくとも、『勇者』でなければ彼らの相手などできない。
 ……はずになっている。最近まおも確認していないので判らない。
 ふと思い出すと、でもそれでも気になる。
 それにもう勇者は確定したのだろうか。
 もう一つ彼女が考えている事がある。
――ウィッシュなんかに邪魔されたくはないし
 この魔王城、実はまおでも迷う事がある。
 この間みつけたれこーでぃんぐるーむなんか、いきなり生えてきたのだ。
 実は魔城そのものも生きている『魔王』だとも言われていたりする。
 精確には判らない。
 まおは何も知らない。尤も知ろうともしないとも言う。
「とにかく」
 思わず口に出してしまって慌てて自分の両手で口をふさぐ。
――ここからでよう
 マジェストが帰ってきたから、何があるか判らない。
 でも先刻の科白を聞いて彼女はここに座っている事が苦痛に感じられるようになった。
 彼女は周囲をきょときょとと見回すと、ばん、と机を叩いて立ち上がる。
「をを魔王陛下、演説の真似事ですか?『萌えよ人民!』てなぐあいに」

  ずさささっ

 思わず思いっきり声から遠ざかるように後ずさるまお。
「な、なに!何だよいつもいってるのに、いきなりあらわれるな!」
「最近命令口調が激しいですな。何の影響何だか。おやつでございますぞ」
 とん、と机の上に置かれる銀色のお盆。きちんと隣に並ぶ、グラスに入ったストローとオレンジ色の液体。
 思わずじろ、とマジェストを睨みつける。
 何のことか理解できずに首を傾げるマジェスト。
「……どうかいたしましたか?陛下」
「おやつ」
 今の今まで、素直に何も言わずに出してくれたことはない。
 じとり。
「な、何でございますか」
「初めてだよね?」
 怪しい。
「いいえ。始めてではございません。以前にもケーキやジュースを」
「それって頼んだ時だけだよ。自分から持ってくることなかったよね」
 きらり。
 マジェストの眼鏡が光ると、ふむ、と彼は顎に手を当てて頷く。
「ですが魔王陛下、魔王陛下が自分で、私の居ない時に仕事をしていたのも始めてでございます。その御褒美なのですが」
 むう。
 まおは唸るとおそるおそる自分の机に戻る。
 かちゃりと、座った時に立てる音に、ごくりというつばをのむ音が重なる。
 目の前に横たわる銀色のお盆。
 上に載せられた蓋。
「……で、何が入ってるの?」
 にこり、と彼は笑う。
「おやつ、でございます」

  がたん

「もーいい」
「お待ち下さい陛下、まだ蓋を取るどころか座っただけではございませんか」
 まおは無言で机の向こう側へとずんずん歩くと、くるりと振り向いてマジェストを睨みつける。
「このパターンはもうあきたよ!どうせその中身に『おやつ。』とか書いた紙でもはいってるんだろ!」
 ぱちくりぱちくり。ぽむ。
「そうです、その手もありましたな」
 ぶちん。
「がー!」
 いつものように切れたまおは、そのまま執務室を飛び出していく。
「ああ、お待ちくださ」

  ばたん

 最後まで言葉を言いきる事が出来ず、まるで取り残されたいや文字通り取り残されたマジェストは一人。
「……折角チーズケーキを焼いたと言うのに」
 はあ、とため息をついて盆を開ける。
 ブルーベリーの香りが鼻をついて、その場に甘い香りが漂う。
 そこにはマジェストには珍しく、本当にチーズケーキが載っていた。
 しかも1ホール。上からたっぷりとブルーベリージャムがかけられている。
 一人で食べきれるようなサイズではない。ある意味それは嫌がらせにも近いかも知れないが。
 ともかく彼にとって確かに、自分でここまでしたことはない。
「普段の行いが悪すぎましたね」
 ふう、と彼はため息をつくと腕を組んで首を捻る。
「しかし……」
 彼にはまおの態度が良く理解できなかった。
 最後のまおの貌が何となく泣き顔だったような気もした。
 あくまで彼主観なので本当かどうか判らない。
 しかし、少し苦笑いを浮かべるとケーキをそのままにして彼は立ち去ることにした。

 普段であれば。すぐに戻ってこなくてもその席は、まおの為にある席だから。

 でも今日は普段じゃない。
 マジェストはかなり油断していた。久々というか初めて良いこと(?)したから。
 その隙を逃さないまお――というよりも、そこまで計算してやれる魔王ではない。残念ながら。
 まずは感情的に飛び出して、ばたばたと走っていたんだが。
 ふと気がついて、そのまま足を緩めずに走った物だからまあ。
「…………ここ、どこ?」
 とりあえず、迷ってしまった。
 普段魔城から出る時は、何かしら案内かマジェストが側にいることが普通だ。
 見送りと言う奴である。
 そして何故か、そう言う時はすぐに出られるから不思議だ。
 今日は同じようにまっすぐ直線で走り続けたというのに、何故出口とか行き止まりがないのだ。
 まおはまだ果てしなく続く廊下の端に思わずため息をついた。
「どうなってるのよぉ〜」
 ここは魔城。魔王の居城。迷子で、しかも餓死などしたらギャグではすまない。
 勇者がやってきて、屍を調べて、『へんじがない。ただのしかばねのようだ』ったらしゃれにもきつい。
 少しその結果に貌が青くなったが。
 ぐ。
 まおは拳を握り込んできっと決意の表情をあげる。
 悲壮感どころか、何故か悔しそうな子供にしか見えなかったあたり、まおなのだが。
 ともかくー。
「何としてもここからでてやるんだ!」
 がっつぽーず。
 そして彼女はずんずんと奥へと歩いていった。

 良く晴れた朝、小鳥のさえずりが視線をよぎっていく。
 差し込んでくる朝の日差しが、斜めに部屋にコントラストを付けて浮かび上がらせる中。
 きゅ、と心地よい澄んだ音を立てて、絹でできた紐を縛っていく。
 絹というのは滑りが良く丈夫さにかけるため、礼装にしか使用されていない。
 だからこうやって着込む際は非常に違和感を覚える。
 戦闘装束に、何故儀礼的な部分があって、実用性に欠けるのか。
 常々ナオはその疑問を抱いていた。
 最後に鉢金を止めて終わり。
 サッポロ防衛軍の正装で、彼は荷物を見下ろして部屋の真ん中に立っていた。
 昨晩のままの荷造りに、今の恰好が妙に不釣り合いな気がして肩をすくめる。
 彼はその恰好のまま、荷物をおいて外に出た。
「よぉ」
 寮を出た瞬間真横から声をかけられた。
 そこには、やはり正装した――女子がいた。
 ストレートにおろした髪に、僅かに細い鉢金を巻いている。
「似合わないな」
「五月蠅ぇよ」
 キリエだ。
 出発前の報告に向かう為に、わざわざ正装してきたわけだが。
――こうして見ると、やっぱり……
 別にどうという事はないはずなのだが。
 サッポロ防衛軍の正装は、男女の差異がある。
 普段は男にしか見えない上、彼女に似合いの服なんかない。
 訓練しているか、略装でふらふらしているのが関の山だ。
 似合わないとはいえ、女の子の恰好というのは有る意味新鮮で、驚きだった。
「さ、いくぞ」
「ああ」
 特務に出発する報告。
 司令に一言言うだけだが、正装はあくまで礼儀だ。
「そういえばさ」
「ん?」
 一つだけどうしても言っておきたいことがあった。
「お前、今日起こしに来るんじゃなかったのか?」
 ひょい、とのぞき込むように首を傾げると。
 何故かぼんっと顔を真っ赤にして、きっと睨み返してくる。
「五月蠅い。次言ったら殺す」
 そう言ってぷいっと顔を背けると、ぶちぶちと小声で何か呟き始めた。
 彼にはよく判らなかったが、どちらにせよあまり面白くなくて、ため息をついて放置することにした。
 放置された方はというと。
「くそー、何で覚えてやがるんだよ、それにこんな日に限ってくそぉ」
 寝坊したわけではない。
 むしろいつもより早く起きて準備を万端に整えたつもりだった。
 それが仇になって、時間を間違えてしまったのだ。
 鏡を見て、着替え直して、髪を整えているうちに起こす時間などとうに過ぎて。
――間に合うには間に合ったけど
 既に司令の下に行かなければならない時間。
 起きて準備を済ませているはずのナオの元に行く暇など、あってないようなもの。
 で、入口で待ちかまえていたと言うわけだった。
――この借りは必ず返す!
 いや、借りじゃないと思うが。


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