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魔王の世界征服日記
第33話 うそ


「おお、陛下、たまには真面目にやっているものですな」
 マジェストの留守は結果的に丸一日だった。
 いつもの如く突如背後に顕れたかと思うと、さらりとそう言う事を言う。
「まじーぃ。今日というきょうはもうなんだか私赦せないかも」
 じろりというよりぎろりと彼女は貌半分を彼に向ける。
 彼女の後ろにはいつもと変わらないままのマジェストがいた。
 まおの正面には山積みの書類――でも、彼が現れるのと全く逆で、その書類の殆どは片づいていた。
 マジェストの言うとおりだった。
「失礼しました魔王陛下」
 だから彼女に対して頭を下げる。
「まじー。勝手に休んで何してたんだよ」
「はい陛下」
 そう言って、すいと箱を差し出す。
 何の変哲もない、白い箱。
 まおは不思議そうな顔をしてそれをうけとり、端に指をかける。
 ぺり。

  いょんよんよんよん

「……」
 じと。
「あっはっは。冗談でございます陛下」
 あかんべーをしたまおの顔が、箱の中から飛び出して揺れている。
 まおはその箱をぽいっと棄てると、マジェストはもう一個同じ形の同じ箱をだして見せる。
「またおんなじじゃないでしょーね」
「同じではございません。今度は私が」
 総て言い終わる前にまた投げ捨てようとするのを、慌てて箱を押さえて止める。
「今のも冗談でございます陛下、お願いですから中身を開けてください」
 はこ。

  いょんよんよんよん

「ばか」
 じと。
 じわ。
「あ、あわっ。わわ、のですね、その」
 焦ってマジェストはもう一度同じはこをだす。
「今度こそ同じではございません。ひらがなですから」
「ふんだ、もういいよ」
 相変わらずばねでふらふらと揺れるあかんべーのマジェストが載った箱をぽいすてする。
 本気泣き入り始めていた。
「いえ、どうぞ」
 仕方ないからマジェストは自分でそのはこを開ける。

  はこっ♪

 ひんやりした冷気が中から漂い、彼女の顔をなでる。
「…………」
 取りあえず涙は止まった。
 もう泣く事はないだろうけど、まだ顔はひねくれている。
 マジェストははこをそのまま差し出して顔に近づける。
「まじー」
 じろ、と少し赤くなった目で睨み付けて。
 でも気分は既にはこの中身にうつっている。
 ひんやりとした冷気は、このはこに敷き詰められた、雪のように細かく砕いた氷。
 そして、一つのカップ。
「はい魔王陛下。今回の『出張』の『おみやげ』でございます」
「またにせものなんでしょ」
 ぷいと口を尖らせる。
「そのとおりでござ待ってください」
 また総てを言う前に棄てようとする彼女の腕を押さえつける。
「でも二回あったことは三回だってやろうとするのがまじーだよ」
「そのとおりでございます。それが一番の醍醐味でございますから」
 酷い奴だ。
「ですがこれは本物です。溶ける前にどうぞお召し上がり下さい陛下」
 にこり。

 しゃくしゃくという氷の音だけが聞こえる。
 マジェストはにこにこと笑うまおを見ながら、少し嬉しそうに頷く。
――陛下は
 ちらり、と視線を外す。
 そこには岩しかない――床に敷き詰められた大理石。
 御影石を削った彫刻と、黒檀の机。

『マジェスト。あとは、頼んだぞ』

「まじー、それで何やってきたの」
 顔つきも、声も、そして外見年齢も違う魔王。
「はい陛下。陛下のためにシャーベットを購入して参りました。ちょっと手間取ってしまって一日かかりましたが」
 うそだ。
 さすがに頭も心も冷え切って落ち着いたまおは思った。
――まじーは本当のこと言わないから
 そして、彼の存在について疑問もわいていた。

  そもその疑問はわいてはいけないもの

 『魔王』という存在その物に対しても。
「ねーまじー。他の用事があったからでしょ。普段から経済云々いってるまじーが、私のためだけに動くことなんかなかったでしょ」
 今までに、何度虐げられたことか。
 魔王の側近であるはずのマジェストが、だ。
「当然でございます陛下。しかし、魔王陛下が腑抜けていてはダメに決まっていますから、そのために」
「私の為じゃなくて、魔王のためでしょ」
 責める口調ではない。
 勿論、つんけんと尖って拗ねるわけではない。
 ただ淡々と確認する。
 機械的に事務的に。
「無論でございます。陛下、陛下は一体なんだとお思いですか」
「私は魔王だよ。……ちがう?」
 確かめているようで。
 それは何かを探しているような問いかけ。
 感情もなく淡々と言葉を紡ぐ彼女に何の意志も感じられない。
 マジェストに仕掛けられたそれ――設定は、何の違和感もなく。
 だからマジェスト自身はそれに縛られることはなかった。
「陛下、何がご心配事が」
「……ううん」
 カップとはこを、先刻の箱と同じようにぽいっと棄ててしまう。
「まじーのことだから、きっと何か仕掛けをしてきたはずだもん」
 そう言うと、くるりと椅子を回して正面を向く。
 マジェストはそれに合わせるようにして、彼女の机の前に傅く。
「そもそもまじー。私に黙って私の側からいなくなることなんかなかったでしょ」
 これはこの数百年、彼女が魔王を始めて以来ずっとだ。
 初めてだったから、ひとりでふにゃーってなってたわけだが。
「と言うことは、絶対大事なことがあったはずでしょ。隠したって判るよ」
 マジェストはいつも通りの表情で、いつもと変わらない態度で応える。
「それは、言われずとも想像できるでしょう、魔王陛下。陛下が魔王をやめることが出来ないのと同じで私も魔王を補佐する役目があります」
 それは掛け値なしの行動。
「だから陛下の、ぐたーの原因を取り除くために少々手を加えさせていただきました」
 一瞬まおの顔が引きつる。
 顔を上げるまおの視界に映るのは、マジェストの眼鏡のランタンの反射光だけ。
 貌は見えない。
「原因?」
「――ウィッシュとヴィッツを使いました」

  がたん

 大きな彼女の座る、革張りの椅子が音を立てて揺れた。
 彼女の力ぐらいでは動きそうにない程、大きなそれが。
 足を床にたたきつけるようにして。
「まじー」
「嘘です」
 マジェストの口元が大きく歪み、笑みの形を作る。
「……と、言ったら、魔王陛下。……信用してくれますか?」
 但し、これが三回目の嘘かも知れませんがね。
 彼は言外に言葉を残し、うやうやしく一礼する。
「魔王陛下はこの場所で、勇者の到来をお待ち下さい。その時、勇者がふさわしくないとお思いでしたら」
 ちょん、と右手を自分の首元で水平に一閃する。
「やっても構いません。それはルールでございます、陛下」
「……その選択だけは、私は誰の邪魔もされずにできるわけね」
 まおはため息をついて机で両頬杖をついた。
「帰ってきたと思ったら、似合わないしりあすもーどなんか。……勘弁してよ」
「陛下には、よりふさわしい魔王としてあっていただきたい故、でございます」
 憂鬱。まおは久々に聞いた名前に少し頭がくらくらした。
 ウィッシュ=ニーオとヴィッツ=アレス。
 基本的に魔王軍の中でははぐれ者にあたり、彼らは『対勇者用魔物(たいゆーしゃようまぶつ)』として特別設計された設定と技術を持つ。
 実は彼らに限りまおがデザインしたものではない。
――まじーならホントに使いかねないからなぁ
 何のために、何故使ったのか。それは想像したくなかった。


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