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魔王の世界征服日記
第31話 ああっゆうしゃさま♪


「それで、どこまでいくんだ?」
 ナオは目の前で繰り広げられている謎の痴話喧嘩を横目に、ぷるぷると震えるユーカにため息混じりに言う。
 すると、まるで我に返ったように彼女はくるりと振り返った。
「そ、そうだな。……おいミチノリ!まだ何も説明していないのか!」
 刺々しく声をかけると、ミチノリは間抜けな声を上げて首を傾げる。
「なーぁんにも説明していないよぉ。せいぜい何をするのかを教えたぐらいだからぁ」
 相変わらずほわんとした表情で、極々ゆるんだ声を出す。
 聞きようによっては挑発とも受け取れるが、慣れているのかユーカは大きくため息をついた。
「まあいい。どうせそんなことだろうと思っていたぞ」
 そして、ついと顔をナオに向け、右手を上に向けてみせる。
「……まずはサッポロをでる。すぐ南のシコク連合だ」
 シコク連合。
 トクシマ、エヒメ、カガワ、コーチからなる大型連合国である。
 過去に人類同士の争いが激化していたころ、世界を牛耳るとも言われた程の軍事国家だった。
 だがそれもつかの間、初代魔王が姿を現してからは没落する一方。
 今では娯楽の国シコクとしてその名を馳せている。
「……そんなとこ、何があるんだよ」
 初代魔王が真っ先に叩きつぶしたせいで対した軍事力もなく、それを立て直そうにもうじゃうじゃと現れている魔物の対応におおわらわ。
 気がついたらそれどころではなかったということだ。
 魔物達が蹂躙し尽くしてしまった大地だが、最小限度の自衛手段を持つことで人間のすむ街だけは確保されている状態。
 それが今のシコクだ。
 そして分断した国を何とか支えているものが――娯楽である。
 だがそのせいで世界でも最も魔物の生息数が多いとされ、場所によってはシコクにのみ生息するものもいるという。
 はっきりいってたちが悪い。調べ物をするにしても、たったこれだけの人数で行く物ではない。
 だがユーカはにやっと笑うだけで答えをはぐらかした。
「さあ?良いか良く聞け。そもそも水晶球や水鏡ってのははっきりした未来を予言する物ではないんだ」
 そう言って、今度は思い出したように首を僅かに捻る。
「しかし、行くことで動く事態を迎えることができる。そして、私の魔術で反応したと言うことは私の目的に合致するということだ」
「なんだか判らないんだかなんだか……相変わらずお前の言うことは理解できないよ」
 困った貌をして頭をかくナオに、くすりと口元を歪めて笑う。
「そう言うところは、全く持って好感を持てるぞ」
 ちぇ、とナオは舌打ちして肩をすくめる。
「別に嬉しくないやい」
 

 ほぼ同時刻、フユは怒りをあらわにして階段を駆け上っていた。
 無論行き先は司令官の下。
「姉さん!」
 勢いよくばたりと扉を開くと、丁度湯飲みの底が見えた。
 思いっきりお茶を飲んでいる所に出くわしたらしい。
 声に気づいているのかいないのか、なかなか湯飲みの底は下に下がろうとしない。
「……姉さん」
「ぷは♪」
 息継ぎなのか、声がして湯飲みが机の上にとん、と乗る。
 湯飲みが降りると幸せそうな顔のアキが、眉を吊り上げたフユを見ていた。
「やっぱり季節は麦茶よね。どう?冷たく冷えたのがあるよ?」
 季節も何もない。サッポロはいつでも冬だ。
「それどころじゃないでしょ、姉さん。カサモトとクガが来てるでしょう」
 既に机の向こう側から大きめのポットを出そうとしていたアキは、寂しそうな顔でそれを戻す。
 そして小首を傾げる。
「来たよ。また特務だってね」
 フユは噛み付きそうな勢いで、のほほんとした表情のアキに怒鳴りつける。
「何故!許可を出したんですか!」
 彼女の言い分は尤もだった。
 実際に特務の許可を与える権限があるとはいえ、そうそう気安く与えて良い物ではない。
「彼らには、正当な理由と権限を与えているから、では不満のようね」
 そう言うと、アキは引き出しを開いて一枚の紙を取り出した。
 それは、ユーカが持ってきた書簡であり、今回の特務の申請用紙だった。
 彼女は見やすいようにくるりと手元で反転させて、フユに差し出してみせる。
 フユは触れずに視線だけ書類に向ける。
「……姉さん」
「そ。判ったかな。――勇者探索の為、だそうよ」
 勇者。
 響きこそ有名だったが、ここまで『いい加減な物』は他になかった。
 数々の伝承もある、が、歴史的事実であるとは誰も信じていなかった。
 確かにそれは世界を救ったこともあったが、その存在はまだ立証されていなかった。
「不満のようだけど」
「当たり前です。巫山戯てるんですか姉さん」
 どん、と軽いが明らかに力を入れたと判る音が、彼女の拳と机の間で響く。
 アキはフユの様子に顔色も変えず、のほほんとした貌で彼女を見つめたまま、小さく笑う。
「まさか。……彼女の言葉を借りて、簡単に説明しましょうか」
 アキは机から立ち上がると、ポットを持って部屋の反対側へ向かう。
 そこには小さなソファと机がおいてあり、客が来た時に使われているようだった。
 フユぐらいの階級でここで話すことは、本来まずないことなのだが――アキはフユの上司の上司である、本来は――何故か通い慣れていた。
 アキも特に注意する事はなかったし、結構その辺はオープンなようだ。
「はいお茶」
 ソファに座るフユに、まず彼女は――やはり冷えた麦茶を差し出した。
「……姉さん」
「なに?」
 ジト目でアキを見上げる。
「なんとしても飲ませたいんですか」
「あ、わかったー?」
 わからいでか。
 フユの無言の抗議を無視して、彼女はコップを彼女の前に置く。
「さてと、どっちにせよ、飲み物はそれしかないからね。……でね、フユ、あなたにも無関係じゃないから」
 向かい合わせに座ったフユは少し目を大きくして、驚いてみせる。
「あらあら、その様子じゃ本当にナオの事だけで来たんだ」
「まさかっ!」
 と裏返った声で叫んで、慌てて自分の口を塞ぐが――にたりと笑みを浮かべるアキに、先刻より本気の視線で睨み据える。
「ふふふ。なーにをいまさら。良いわよ、わたしの責任で、結婚しちゃっても」
「……いつか姉さんを黙らせる言霊を身につけて見せます」
 そう言って咳払いすると、フユは口元に手を当てて、小首を傾げる。
「駄目駄目ー、どうせ思いつかないから。ユーカの話だと、原因があなたの『ナラク』にあるらしいのよね」
 訳が分からない、と言った表情を返しす彼女にアキは続ける。
「判らないけど、あのナラクの後から『勇者』が顕現したらしいのよね」
「顕現?ナラクを撃ったせいで?」
 訝しげに眉を寄せるフユに、小さく二回頷くと右手で机をとんとんと叩く。
「勇者がこの世に現れると、必ず世界が歪むらしいんだ。で、それは尾を引くようにのこっちゃうんだって」
 伝承に残されている勇者は、確かに彼らが生まれた時に逸話を持つ物も決して少なくない。
 馬小屋で、単一生殖で生まれた人外とか、空が七色に輝いてて何時地震が起きたんだーとか。
 あまつさえ赤ん坊の癖に空を指さして言葉を残した勇者もいると言われている。
「勇者が現れたということは、魔物の元凶を必ず潰すはずでしょ。勇者はそのためだけに現れるんだ」
 彼女はフユの様子を窺いながら言葉を続ける。
 フユは、時々視線を彷徨わせるようにアキから目を逸らす。
「でも、必ず勇者は一人だけ。……もし勇者が量産できたら、魔物なんかあっという間でしょ」
 勇者で構成される勇者の軍団。確かにそんな物があるんだったら便利なことこの上ない。
「……何を考えているのですか」
「それを知りたいのはわたしの方よ。だから、許可したの」
「だからといって、ナオを連れて行くのは私が赦せません」
 真剣な表情で、即座にそう言葉を継いだフユにアキは肩をすくめて微笑んだ。
「ほら。やっぱりナオちゃんの為なんじゃないの」


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