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魔王の世界征服日記
第30話 らぶこめ。


 そうやってナオを充分に堪能してからミチノリはナオを解放した。
「うーん、まんぞく♪」
「何だか、何にもしてないのに怖ろしくつかれたような気がする……」
 げっそりした表情のナオと対照的に、つやつやと妙に生きのいい肌をしたミチノリ。
 一応念のため、別に何かやましいことがあったとか、えなじーどれいんしたとかそう言うのはありません。
「失礼だなぁ、ナオちゃん。みっちゃんの抱擁は気力体力の回復と滋養強壮に効くんだよぉ」
「栄養ドリンクじゃ有るまいし」
 あきれ顔でため息をつくナオに、ミチノリは頷きながら両手を腰に当てる。
「さすがに滋養強壮には効かないよ」
 今自分で効くって言った癖に。
「いや、そうじゃなくて」
 あははと笑って右手で人差し指をぴぴんと立てる。
「まぁまぁ〜。でもぉ、そろそろゆぅちゃんもいいかなぁ。みっちゃん、キリちゃんに会うの楽しみにしてきたのにぃ」
 そう言って、少し離れた医務室の方に顔だけを振り返った。

 キリエは腕を組んで、片足を抱えるようにして難しい顔をしていた。
「深刻に悩む必要はないんだぞ」
「馬鹿野郎、悩むに決まってるだろうが!あのなぁユーカ、俺はお前のそう言うとこが嫌いなんだよ」
 そう言うと今度はがじがじと自分の爪までかみ始める始末。
「そうか、それは悪かった。今度から良く反省するから、爪を噛むのはやめろ」
「今度からじゃなくて今すぐ反省しろ」
 彼女の方を見ることもなくがじがじを続けるキリエ。
――あらあら、意外とちゃんと聞くところは聞いてるんだな
 肩をすくめてから、ユーカは体重を後ろにかけるように、両腕に体重を預ける。
「しかし悩むか?ただ『好きだ、つきあってくれ』って言うだけだろうが」
「いいかユーカ!俺はこれでも女だぞ?」
 と、顔を真っ赤にして片腕を振り上げて叫ぶキリエ。
 彼女の言い分はもっともである。
「そうか、では私はどうなんだ」
 ユーカは科白は違う物の、彼女の都合と彼女の意志でミチノリと結婚している。
 無論、生やさしい科白ではない。
『ミチノリ、どうだ、私の研究材料にならないか』
『んー?それってずっといっしょってことぉ?それならいいよぉ』
 こんな感じである。ちなみに研究対象でないこと注意しよう。
「お前と俺を一緒にするなっっ!」
「それもそうだ。失礼をした、これから気を付けよう」
 実はそんな感じで、散々っぱらキリエを煽っているところだった。
「――そういう冗談はともかくとして」
 そして、再びユーカはベッドから立ち上がると、キリエの方を向いて、帽子を取った。
 この帽子、実は頭の上の方が穴が開いた古びた印象を与えるが、出来上がった初めからこういう奇妙な形をしているのだ。
 ちょっとした理由があるらしいが……ともかく、ユーカはその穴に腕を通して腰に手を当てる。
「すまないな」
 そこで初めて、ユーカは表情らしき物を浮かべて一礼した。
 キリエは驚いて目を丸くすると、慌てて両手を自分の顔の前で振る。
「あああ、こらユーカ、お前が頭を下げると気持ち悪いぞ」
 酷い言いようだ――ユーカは脳裏に浮かんだ言葉に苦笑する。
 そしてその代わり、顔を上げて悪びれるように言う。
「それは失礼した。今度から御礼を言うのはやめることにするよ」
「改めろコラやめるな」
 キリエは言いながらも顔は笑っていた。
 少しだけ複雑な気分だった。
 ユーカはキリエより少なくとも五歳以上年上だったが、初めて会った時から二人の態度は変わっていない。
 そもそも、ユーカに噛み付いていったキリエの方が、それに比べるとおとなしくなった位だ。
 それに――今は、キリエは、ユーカの変化が少しだけ羨ましかった。
 自分は変わっていない。
 変わらない、と何故か思う。
 ユーカは初めて会った時はもう少し、どちらかというと感情の起伏の少ない人間だった。
 そもそも『好き嫌い』という感情に欠けていて、それが彼女を孤立させていたのもあった。
 そして数年前、キリエは軍に入り、それ以来会う事がなかった。
――そのせいかな
 久々だからかもしれない。彼女が、『感情』を感じさせるのは。
「まあ、退屈しないだろ?どうせ特務許可得てるんだろ」
 特務。サッポロ防衛軍で与えられるこの『任務』は、通常申告制で軍に認められた軍の任務の事だが、内容が内容だけにそうそう認可が下りない。
 特務の証であるサッポロ防衛軍の記章を象ったペンダントを、ユーカは胸元からちらりと見せる。
 これを見せればサッポロ防衛軍の施設は使いたい放題、休養施設だって割引までして貰える。
 さらに身分証の代わりになるときたものだ。
 しかし特務の最大の利点であり、認可が下りにくい理由は――
「そうだ。反魔剣士カキツバタ=キリエ、特務として同行を命じる」
「そんなご丁寧にお約束を読み上げないで良いよ」
 こうして、好き勝手に兵隊を協力者として同行させられる点にあるのだ。
 だから通常は異例だった。尤も、ユーカとミチノリは『非常勤』扱いの軍役として認識されている。
 魔術師というのはそう言う特権を持っていると思って貰って構わない。
「どうせおもしろいことやってるんだろ」
「面白いかどうかはともかく、当事者としてナオも連れて行くからな。チャンスは幾らでもあるぞ」
 口の端を吊り上げて、笑みの形でキリエを見下ろすユーカ。
 キリエはぎしりという軋みをあげそうな程身体を硬直させる。
 引きつった右手を、ゆっくりとユーカに向ける。
「あ、あ、あのさあ」
「大丈夫だ、何かあるときは向こう向いているぞ」
 ばん、とベッドを叩いて無言でユーカに掴みかかろうとして。

  がらがらがら

 途端、再び扉の開く音がした。
 二人はまず音の方に注意が逸れて、当然そちらに顔を向けた。
「きーりちゃーん」
「なっ――!」
 いつものように、何ともない状態なら良かった。
 キリエは思いっきりいつものようにたたらを踏んで、声なき絶叫を上げて。
「おっと」
 すぐ側にいたユーカに倒れ込むことしかできなかった。
「あーっ、ゆぅちゃんずるいぃー」
 ぱたぱたたと軽い足音を立てて駆け込んできたのはミチノリ。
 その後ろで呆れたため息をつくナオの姿が見えた。
 そして一瞬後に、薄暗くなって。
 むぎゅ。
「こらミチノリ!やめろ!」
「あぁんゆぅちゃんのいぢわるぅ、みっちゃんもキリちゃんをだきしめるんだぃ♪」
 むにっとした感触に挟み込まれる。
 それは人間の身体の感触ではないし、苦しい訳でもない。
「いいから離せっ」
 でもそれとは別で、やっぱり怒鳴っておかなければ離してくれないから。
「え〜」
 残念そうに声を上げて、渋々二人を解放するミチノリ。
「キリちゃん抱きしめがいのあるいぃからだしてるのにぃ」
「誤解を受けるような事を残念そうに言うな」
 ちなみに、何故かユーカが『ごごごご』という書き文字を背中に背負っていた事を付け加えておこう。


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